• ネガティブな感情に悩んでいませんか?ブログ「思考の余白」では、脳科学や心理学の知識をヒントに、小さな習慣で自分を好きになる思考法を発信しています。

    ドーパミン依存

    Vol.05 ドーパミン依存から脱却する脳科学的アプローチ⑵
    Vol.05 ドーパミン依存から脱却する脳科学的アプローチ⑵ 1024 1024 HAKU

    前回のブログで触れたように、あの頃の私は、ストレス対策として毎日お酒に頼りきりだった。飲んでも満たされないのに、ただひたすらその繰り返し。現状維持をしているつもりもなかったが、気づかないうちに足元の地面は崩れ、そのまま沼に埋まりつつあるような状態だった。

    そんな中、茂木健一郎氏の『脳の話』で、ドーパミンの存在と仕組みについて、さらに深く理解することができた。

    ドーパミンには「光」と「闇」の側面がある。ドーパミンは、自己成長や達成感を感じられる「光」の側面を持つ一方で、人間の欲求を暴走させやすい「闇」の側面も持つホルモンなのだ。仕事や勉強で成果を出すのは難しいため、お酒やギャンブルといった「すぐ得られる快楽」に人間は流されやすい。これこそが、依存症の罠だ。

    依存のメカニズム:「意志の弱さ」ではない脳の真実

    気づけば私の周りの友人は、お酒でつながっている人ばかりだった。お酒を飲まない状態で会うことは、まずない。そのため、「お酒×美味しいご飯」、「お酒×会いたい人」というのは、私にとって人生の外せないキーワードだったのだ。

    この気づきを踏まえて、私はある本質的な問いに行き着いた。「自分を変えるには環境や付き合う人を変えるしかない」とよく言われているが、果たして本当にそうだろうか。お酒を完全にやめて、友だちと疎遠になり、その環境を自分が本当に求めているのかを考え直した。

    私は大好きな友人とお酒を飲みながら話したいことも、一緒に行きたいお店も沢山ある。お酒が人生の全てではないけれど、人生の楽しみになっている部分も多かった。だからこそ、依存を克服するためにすべてを断ち切るのは、根本的な解決策ではないと結論づけた。

    幸福の劣化を防ぐ:「制限」による代替報酬戦略

    仕事や勉強といった「すぐには結果が出ない、手間のかかる報酬」よりも、お酒といった「即効性のある報酬」を脳は優先的に得ようとする。この快楽を繰り返すことで、神経回路が強化され、自らの意志ではコントロールできない依存症の罠にハマるのだ。だが、お酒を完全に断つのではなく、ドーパミンの「光」の部分に焦点を当てることで、今より楽しめると知り、本で紹介されていたある方法を取り入れた。

    それは、ドーパミンがもたらす幸福感を劣化させずに長く楽しむために「制限する」ことだ。制限することで「楽しい」と感じる能力が復活し、幸福度や満足度がアップするという。

    そこで私は自分なりのルールを決めた。「お酒は週に2回まで」という、回数を制限しただけのシンプルなルールだ。週末に飲む約束やイベントがあると意識すると、平日は飲まなくても平気になった。使えるカードは週に2枚しかない。それをどう使うか。この「制限」という考え方一つで、行動が変わったのだ。

    支配からの解放:自己肯定感への習慣化 

    依存の原因は個人の意志の弱さにあるのではなく、脳の仕組みが関係している。そして、その仕組みを理解することで、私たちは自分をコントロールし、より良い選択ができるようになる。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。 これは、アメリカの哲学者ラルフ・ワルド・エマーソンが遺した言葉だ。

    「自分自身を信頼せよ。あなたの心の中にある、その聖域に頼るのだ。」

    「自分を変えたい。」そう思ったとき、まず自分の脳を知ることから始めてみよう。自分の行動を客観的に捉えることで、解決策は必ず見つかる。変われない自分を嫌わず、まず最初に、そんな自分に寄り添ってあげよう。

    vol.07 受動的な時間からの脱却:「内発的動機」で人生の主導権を握る
    vol.07 受動的な時間からの脱却:「内発的動機」で人生の主導権を握る 1024 1024 HAKU

    私には、年の離れた姉がいる。大学を卒業するまでの間、私の人生は姉が監修・仕切っていた。

    姉は、両親よりも私の進路に対して現実的で、影響力のある存在だった。やりたいことも夢もなかった私にとって、自分で道を切り開くより、姉の言う通りに進路をなぞる方が確実で安全だった。

    そして何より、そう選択する方が悩まずに済む、一番「楽」な方法だったのだ。

    大学に入るまではよかった。ドラえもん的存在から守られ、のび太のように特に努力せずに生きてこられた。しかし、大学3年生頃から周囲の様子が変わり始めていた。同じ年の子は就職活動のため、スーツ姿で授業を受けたり、キャンパスへ来たりしていたのだが、それに気づいても私は全く焦ることもなく、勉強した記憶がほとんどないほど遊び倒していた。

    結局、なんとなく時間は過ぎ、就職どころか「そもそも無事に卒業できるのか?」という切実な問題に直面した。4年の秋頃からやっと焦り始め、結果毎日卒論に追われることになった。

    家族依存と虚無感:外部のレールに乗った23年間

    そんな私を見ていても、姉は「就活どうするの?」とは言わなかった。それどころか私の家族は、私だけ過保護に育てながらも、当時最も重要だった人生の岐路(就職)には一切口出しをしないという、極めて矛盾したスタイルだった。

    父は末っ子の私をすごく可愛がっていたので、手元におきたかったのだろう。卒論が終わり、気だるそうにパソコンで求人サイトを検索する私を見て、「HAKUは就職しないで家にいたらいいんじゃないか」と父から言われた。「それはさすがにマズイだろう」と、逆にこっちがドン引きし、焦るきっかけになったのを今でも覚えている。専業主婦の母は、なぜだろう。就活には全く関与してこなかった。

    そんな中、祖父がICUに入るほど身体を悪くし、入院退院を繰り返していた。家族の話し合いの末、我が家で最期を過ごすことが決まり、祖父、両親、私、姉との五人暮らしが始まった。

    私は祖父が大好きで、幼い頃からとても懐いていた。夏休みに従兄弟が遊びに来ていても、祖父から一番愛されているのは私だと信じていた。小学生の頃、姉の前でわざと祖父に「お姉ちゃんと私、どっちが好き?」と聞くような性格の悪い妹だったのだが、姉に気を遣いながらも「HAKUが一番だなぁ」とビールを片手に照れながら言ってくれる祖父の姿が大好きだった。

    そんな祖父があと数ヶ月しか生きられないということを母から伝えられ、就活がさらにどうでも良いものとなり、考えることを完全にやめた。できる限り祖父の近くにいたかったのだ。同時に、祖父が家にいる限り、まだ自由が手に入るとさえ思っていた節があった。

    覚醒の瞬間:内発的衝動が人生の転機を作る

    姉としては、妹がこのまま何もしないのはまずいと思っていたのだろう。中途採用に有利になるようにと、IT系のスクールを探してくれた。もちろん私は行きたいわけではなかったのだが、面接で「卒業後は何をしていましたか?」と聞かれた場合、答えに窮してばつが悪いことはわかっていた。そのため、姉から提案された時はすんなり言うことを聞き、当然お金も出してもらった。だが、真剣に勉強していたかと言うと、全くしていなかったのは言うまでもない。

    祖父が他界したあとに、「この会社に入って仕事したい!」と強く惹かれる求人を1件見つけた。勤務場所は東京だ。受けるなら引っ越しせざるを得ない。実家暮らしで、社会に出て働いたこともない私には、想像もできない未来だった。

    「さて、どうする?」ここから私の人生は一変する。

    求人へ応募する前に、両親と姉を説得するという最大の難関が待っていた。「どうしてもここじゃなきゃ嫌だ、ここで働くためならなんだってやる!」と、その情熱を、履歴書ではなく、まず家族に訴えるところから就活を始めたのだった。

    今でも覚えている。心惹かれた瞬間の、心臓がバクバクする感覚を。生まれて初めて湧き上がった「内発的な衝動」が、私を「受動的なレール」から引きずり出した瞬間だった。

    私はこの時、「内発的動機」に突き動かされていたことを、歳を重ねて初めて理解した。行動してきた中で読んだ、沢山の本の知識を得て初めて、あの時の突き動かされるような衝動が何だったのか、今では明確に言語化できるようになった。

    ドーパミンの真実:受動的な時間は脳を殺す

    内発的動機とは、「やりたい」「面白い」「好き」という、自分の内側から生まれるやる気のことだ。外発的動機とは、「親や上司に褒められるから」といった外部からの働きかけによって湧き出てくるやる気のことである。

    学生時代まで、私は「外発的動機」でしか物事に取り組んでこなかった。やりたいこともなく、言われたことをその通りにする方が楽だったからだ。しかし、生まれて初めて、自分の中から湧き出て、溢れてとまらないほどやってみたい仕事を見つけた。

    結果的に内定をもらい、家族の協力のもと東京に引っ越せた。全てうまくいくような流れを作れたのは、自分から生まれた「内発的動機」が大きかったからだ。一番行きたい会社に就職が決まったことも嬉しかったが、それ以上に、姉の言うことよりも自分のしたいことを初めて優先できた体験が、ものすごく大きな付加価値となった。

    それまでの、家族のいうことを聞いているだけの状態は、本当の意味で生きていない受動的な時間だった。やりたいこともなく、大事な時間をただ溶かしていた頃は、身体は動かせているのに、脳は死んでいるような状態だったのではないだろうか。

    星 友啓氏の「全米トップ校が教える自己肯定感の育て方」という本には、成績や他人の評価、お金やステータスといった外発的報酬は内発的満足度とは対照的で、おまけの報酬にすぎないと書かれていた。これらは短期的には強いが、長期的に依存していると心身ともに悪影響を及ぼすそうだ。

    内発的動機による行動は、ドーパミンを内側から持続的に分泌させ、フロー状態(集中しているが時間が経つのを忘れる状態)を生み出す。一方、外発的動機は、ストレスホルモンであるコルチゾールを伴うため、疲弊しやすく、長続きしない。遊んでドーパミンは出ていたものの、すぐに消えてしまい持続しなかったことが、私が学生時代に感じた虚無感の正体であり、ドーパミンの枯渇だったと言える。

    行動変容の鍵:あなたのやる気は、外から?中から?

    もしやりたいことがわからない人や、今の状態が合っているかわからない人は、一度立ち止まって考えてみてほしい。その物事に対するやる気が、「内発的動機」か「外発的動機」かを見つめ直してみるといい。

    「親に言われたから」「世間体が良いから」といった外発的動機で動いている限り、あなたの人生の主導権は他人にある。

    親や周りにはちょっと理解されないかもしれないが、「これをやってる時が最高に楽しい!」という感情こそが、あなたの人生を動かす真の内発的動機となる。自己分析を通じて、様々な気づきを得るだろう。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。 アメリカの哲学者ラルフ・ワルド・エマーソンが遺した言葉だ。

    「最も大事なことは、自分の心の声に耳を傾け、その声に従って生きることだ。」

    あなたの内側から湧き出る「やりたいこと」は、一体何だろうか。その炎こそが、人生の困難を乗り越える確かなエネルギー源となるだろう。