• ネガティブな感情に悩んでいませんか?ブログ「思考の余白」では、脳科学や心理学の知識をヒントに、小さな習慣で自分を好きになる思考法を発信しています。

    言葉

    Vol.03 なぜ嫌いな人が頭から離れない?メタ認知で解くネガティブ感情の正体
    Vol.03 なぜ嫌いな人が頭から離れない?メタ認知で解くネガティブ感情の正体 1024 1024 HAKU

    嫌いな人ができると、まるで報われない片思いのように、毎日頭の中で繰り返し思い出しては、その人を呪っていた。何年か前に、この思考が自分の心を著しく疲弊させていることに気づいた。そこで、「もう絶対に嫌いな人は作らない!」と子供のように力強く心に決めた時期があった。

    そう思っていても、ママ友付き合いや職場等で「この人何か嫌な感じだな」と思う人は次から次へと湧き出てくる。そのたびに、昔大嫌いだった人たちまでカムバックして思い起こすことになった。朝起きては思い出し、寝る前も嫌いな顔が頭をよぎる。無意識に朝から晩までその人のことを考え続けていた。その結果、寝ても覚めても心の囚人のような状態が何度もあったのだ。

    誰かを嫌う感情が絶えずあり、日々を過ごしている。この状態は私だけなのだろうか。そのネガティブな感情は途切れることなく続き、まるで椅子取りゲームのように順番に私のことをイラつかせてくる。私だけがこんな日々を過ごしているのなら、正直怖い。なぜなら、ネガティブ感情は、私たちの生活の質を著しく低下させるからだ。

    ネガティブ感情の正体:サバンナ脳の仕組み

    ネガティブな感情は、なぜあるのだろうか。その問いに、以前の私なら「日本人は心配性の遺伝子が多く備わっているから?」と答えたかもしれない。しかし、その答えは、私に「不安や心配性は仕方ない」「そういう性格だから」という甘い結論を与えていた。結果として、「だからしょうがない」と問題解決から目をそらし、自分自身を決めつける思考に繋がっていたのだ。

    しかし、『ストレス脳』という本で、その考え方は間違っていると気づいた。そもそも私たちの脳は、大昔からほとんど変わっていない。脳の目的は、「生き延び、子孫を残すこと」だ。新しい行動をとると死んでしまうリスクがあり、危険から身を守るためにネガティブ感情が発生するようになっている。それゆえに、私たちは常に幸せな気分でいられるようには作られていないのだ。

    この事実に気づいた時、私は大きな衝撃を受けた。脳は感情を使って私たちを支配し、危険から守っている。なぜなら、私たちの脳が今でもサバンナで狩猟採集をして暮らしていると思っているからだ。昔と今、変わりすぎた時代に脳は追いついていない。だからこそ、おかしなことが起きている。まずは、この本質から、自分の脳を理解する必要がある。私たち人間の脳は4万年前から変わっていない。すべては、ここから始まる。加えて、このネガティブ感情の仕組みを理解することが、自己肯定感を高めるための第一歩になる。

    メタ認知の鍵:「人間とは何か」の歴史的探求

    脳や行動認知療法を学ぶ過程で、私は人間の本質について、まだ知らないことが多いと気づいた。実際、それがきっかけとなり、子供と図書館へ行った際に、人類の歴史をテーマにした、ベングト=エリック・エングホルム氏の『こどもサピエンス史:生命の始まりからAIまで』という本を見つけた。そこには、情報がない時代、試行錯誤を繰り返して生きてきた私たち人間の物語が綴られていた。ネアンデルタール人とサピエンスの戦いや、架空の物事を信じて大きな集団を作り、お金や科学といった概念を生み出し、文明を築き上げてきた歴史の流れが描かれていた。

    その一方で、科学が加速度的に進化する現代において、私たちは「何になりたいのか」「どうやってそれを実現するのか」を真剣に考えなければならない時代にきている。過去の歴史を知ることは、現代の複雑な社会で自分を見失わないためのメタ認知に不可欠だ。したがって、情報過多の中で思考の軸を保つには、「人間とは何か」という根源的な問いを理解する必要がある。

    幸福の循環:アウトプットの科学的効果と自己成長

    私がこのブログを始めたのも、その自己成長の一環だ。誰かに伝えるというアウトプットの場を持つことで、学んだ知識がより深く脳に定着し、自分の行動がより明確になった。さらに、その過程で、かつて自分が苦しんでいたのと同じように悩んでいる人がいるかもしれないと考えるようになったのだ。

    これは単なる経験則ではない。例えば、アメリカの心理学者、ヘンリー・ローディガー博士らが提唱した「テスト効果」は、情報をただ読むよりも、「思い出す(アウトプットする)行為自体」が、記憶を強化する現象であることを実証している。また、コロンビア大学の研究にある「生成効果」は、情報を自分の言葉で説明することで、記憶がより強固になることを示している。

    私は、自分の知識や経験を通して、そうした人たちの悩みを解決する手助けをしたい。そして何より、自己成長を続けながら、その輪を広げていきたいと強く願っている。ブログというアウトプットは、誰かの役に立ちながら、私自身の成長も加速させる、最も効率的な学習ツールとなった。

    誰かの役に立つことで、自分自身も満たされる。この幸福の循環こそが、私が今、ブログを続ける最強の理由(イシュー)だ。実際、この循環こそが、ネガティブ感情を打ち破る力となる。

    脳の進化と幸せへの道

    現代社会は情報過多で、何が正しいか見極めるのが難しい時代だ。だからこそ、自分の内側に目を向け、何が自分にとって本当に重要なのかを見つけることが不可欠なのだ。重要なのは、誰かの真似をすることではない。真に大切な行動は、あなた自身の根源的な欲求に基づき、内側から生まれてくる。この真理を忘れてはいけない。

    なぜなら、私たちはネガティブな感情から逃れられない。しかし、その感情が私たちの進化の過程で身を守るために生まれたものであると理解することは、自己を深く知る第一歩となる。そして、自分の脳を理解し、正しい知識と行動を組み合わせることで、私たちは困難な時代を生き抜く力を手に入れることができる。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。 古代ギリシアの哲学者ソクラテスが遺した言葉だ。

    「自分を知らない者は、自分の人生を生きることができない。」

    あなたのネガティブな感情の源を知り、行動を変えること。 それが、より豊かな人生への道なのだ。まずは、自分の脳の仕組みを理解するところからスタートしよう。

    vol.07 受動的な時間からの脱却:「内発的動機」で人生の主導権を握る
    vol.07 受動的な時間からの脱却:「内発的動機」で人生の主導権を握る 1024 1024 HAKU

    私には、年の離れた姉がいる。大学を卒業するまでの間、私の人生は姉が監修・仕切っていた。

    姉は、両親よりも私の進路に対して現実的で、影響力のある存在だった。やりたいことも夢もなかった私にとって、自分で道を切り開くより、姉の言う通りに進路をなぞる方が確実で安全だった。

    そして何より、そう選択する方が悩まずに済む、一番「楽」な方法だったのだ。

    大学に入るまではよかった。ドラえもん的存在から守られ、のび太のように特に努力せずに生きてこられた。しかし、大学3年生頃から周囲の様子が変わり始めていた。同じ年の子は就職活動のため、スーツ姿で授業を受けたり、キャンパスへ来たりしていたのだが、それに気づいても私は全く焦ることもなく、勉強した記憶がほとんどないほど遊び倒していた。

    結局、なんとなく時間は過ぎ、就職どころか「そもそも無事に卒業できるのか?」という切実な問題に直面した。4年の秋頃からやっと焦り始め、結果毎日卒論に追われることになった。

    家族依存と虚無感:外部のレールに乗った23年間

    そんな私を見ていても、姉は「就活どうするの?」とは言わなかった。それどころか私の家族は、私だけ過保護に育てながらも、当時最も重要だった人生の岐路(就職)には一切口出しをしないという、極めて矛盾したスタイルだった。

    父は末っ子の私をすごく可愛がっていたので、手元におきたかったのだろう。卒論が終わり、気だるそうにパソコンで求人サイトを検索する私を見て、「HAKUは就職しないで家にいたらいいんじゃないか」と父から言われた。「それはさすがにマズイだろう」と、逆にこっちがドン引きし、焦るきっかけになったのを今でも覚えている。専業主婦の母は、なぜだろう。就活には全く関与してこなかった。

    そんな中、祖父がICUに入るほど身体を悪くし、入院退院を繰り返していた。家族の話し合いの末、我が家で最期を過ごすことが決まり、祖父、両親、私、姉との五人暮らしが始まった。

    私は祖父が大好きで、幼い頃からとても懐いていた。夏休みに従兄弟が遊びに来ていても、祖父から一番愛されているのは私だと信じていた。小学生の頃、姉の前でわざと祖父に「お姉ちゃんと私、どっちが好き?」と聞くような性格の悪い妹だったのだが、姉に気を遣いながらも「HAKUが一番だなぁ」とビールを片手に照れながら言ってくれる祖父の姿が大好きだった。

    そんな祖父があと数ヶ月しか生きられないということを母から伝えられ、就活がさらにどうでも良いものとなり、考えることを完全にやめた。できる限り祖父の近くにいたかったのだ。同時に、祖父が家にいる限り、まだ自由が手に入るとさえ思っていた節があった。

    覚醒の瞬間:内発的衝動が人生の転機を作る

    姉としては、妹がこのまま何もしないのはまずいと思っていたのだろう。中途採用に有利になるようにと、IT系のスクールを探してくれた。もちろん私は行きたいわけではなかったのだが、面接で「卒業後は何をしていましたか?」と聞かれた場合、答えに窮してばつが悪いことはわかっていた。そのため、姉から提案された時はすんなり言うことを聞き、当然お金も出してもらった。だが、真剣に勉強していたかと言うと、全くしていなかったのは言うまでもない。

    祖父が他界したあとに、「この会社に入って仕事したい!」と強く惹かれる求人を1件見つけた。勤務場所は東京だ。受けるなら引っ越しせざるを得ない。実家暮らしで、社会に出て働いたこともない私には、想像もできない未来だった。

    「さて、どうする?」ここから私の人生は一変する。

    求人へ応募する前に、両親と姉を説得するという最大の難関が待っていた。「どうしてもここじゃなきゃ嫌だ、ここで働くためならなんだってやる!」と、その情熱を、履歴書ではなく、まず家族に訴えるところから就活を始めたのだった。

    今でも覚えている。心惹かれた瞬間の、心臓がバクバクする感覚を。生まれて初めて湧き上がった「内発的な衝動」が、私を「受動的なレール」から引きずり出した瞬間だった。

    私はこの時、「内発的動機」に突き動かされていたことを、歳を重ねて初めて理解した。行動してきた中で読んだ、沢山の本の知識を得て初めて、あの時の突き動かされるような衝動が何だったのか、今では明確に言語化できるようになった。

    ドーパミンの真実:受動的な時間は脳を殺す

    内発的動機とは、「やりたい」「面白い」「好き」という、自分の内側から生まれるやる気のことだ。外発的動機とは、「親や上司に褒められるから」といった外部からの働きかけによって湧き出てくるやる気のことである。

    学生時代まで、私は「外発的動機」でしか物事に取り組んでこなかった。やりたいこともなく、言われたことをその通りにする方が楽だったからだ。しかし、生まれて初めて、自分の中から湧き出て、溢れてとまらないほどやってみたい仕事を見つけた。

    結果的に内定をもらい、家族の協力のもと東京に引っ越せた。全てうまくいくような流れを作れたのは、自分から生まれた「内発的動機」が大きかったからだ。一番行きたい会社に就職が決まったことも嬉しかったが、それ以上に、姉の言うことよりも自分のしたいことを初めて優先できた体験が、ものすごく大きな付加価値となった。

    それまでの、家族のいうことを聞いているだけの状態は、本当の意味で生きていない受動的な時間だった。やりたいこともなく、大事な時間をただ溶かしていた頃は、身体は動かせているのに、脳は死んでいるような状態だったのではないだろうか。

    星 友啓氏の「全米トップ校が教える自己肯定感の育て方」という本には、成績や他人の評価、お金やステータスといった外発的報酬は内発的満足度とは対照的で、おまけの報酬にすぎないと書かれていた。これらは短期的には強いが、長期的に依存していると心身ともに悪影響を及ぼすそうだ。

    内発的動機による行動は、ドーパミンを内側から持続的に分泌させ、フロー状態(集中しているが時間が経つのを忘れる状態)を生み出す。一方、外発的動機は、ストレスホルモンであるコルチゾールを伴うため、疲弊しやすく、長続きしない。遊んでドーパミンは出ていたものの、すぐに消えてしまい持続しなかったことが、私が学生時代に感じた虚無感の正体であり、ドーパミンの枯渇だったと言える。

    行動変容の鍵:あなたのやる気は、外から?中から?

    もしやりたいことがわからない人や、今の状態が合っているかわからない人は、一度立ち止まって考えてみてほしい。その物事に対するやる気が、「内発的動機」か「外発的動機」かを見つめ直してみるといい。

    「親に言われたから」「世間体が良いから」といった外発的動機で動いている限り、あなたの人生の主導権は他人にある。

    親や周りにはちょっと理解されないかもしれないが、「これをやってる時が最高に楽しい!」という感情こそが、あなたの人生を動かす真の内発的動機となる。自己分析を通じて、様々な気づきを得るだろう。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。 アメリカの哲学者ラルフ・ワルド・エマーソンが遺した言葉だ。

    「最も大事なことは、自分の心の声に耳を傾け、その声に従って生きることだ。」

    あなたの内側から湧き出る「やりたいこと」は、一体何だろうか。その炎こそが、人生の困難を乗り越える確かなエネルギー源となるだろう。

    Vol.08 「幸せ」を掴む習慣化の鍵:ウェルビーイングをイシューにするメタ認知術
    Vol.08 「幸せ」を掴む習慣化の鍵:ウェルビーイングをイシューにするメタ認知術 1024 1024 HAKU

    子供を育てていると、「自分」という存在が希薄になる瞬間がある。

    自分が何をしたいのか分からなくなるのではない。日々の忙しさに追われすぎて、その問い自体を心の奥底に埋めてしまっていた状態だった。たとえ時間があったとしても、お酒やスマホに流されて、その問いに向き合うことを拒否する始末。あの頃の私には、問題に向き合うための余裕も、それを許す心の余白も全くなかったのだ。

    母としてではなく、「私」として使える考える時間が欲しかった。

    しかし、1人になる時間があって考えたとしても、結局自分の幸せが何かわからない。何を目的に生きるのかが見えていない間は、何をやっても面白いと感じられず、多くの時間と労力を無駄にしていた。

    ただ頑張るのではなく、どこを目的に、何から始めるかをその都度考えなければいけない。これは、何が大切かもわからなかった私が、唯一無意識のなかで作り出していた行動の鉄則だった。

    メタ認知が導く:「私」の人生の目的

    そんな学びの渦中に、私は二冊の重要な本に出会った。安宅 和人氏の『イシューからはじめよ』では、本当に取り組むべき課題を見極める力(イシュー)の重要性を知った。また、岡崎 かつひろ氏の『お金に困らない人が学んでいること』からは、知識はアウトプットすることで記憶効率が上がり、人に見られると行動が加速することを学んだ。

    ノートに書き写している最中、この二つの知識が結びつき、私はパッと手を止めた。

    「そのために何に取り組むべきなのか?」「今までのやり方と、これから私がすることは何が違うのか?」この二つの問いを深く、何度も繰り返し紙に書き出した。

    そして、今までのノートを読み返し、自分は何を求めて行動を続けていたのか、それが誰の役に立つのかを自問自答し続け、一つの結論にたどり着いたのだ。

    最高の課題(イシュー)の発見とウェルビーイング

    沢山の本を読み進めた結果、「人は、常に幸せな状態を求めている」という真理にたどり着いた。そして、この真実を誰よりも切実に必要とし、行動していた私は、自分の人生の究極のイシュー(取り組むべき課題)として設定したのだ。

    これは、まさに時代が求めるウェルビーイング的生き方と言える。ウェルビーイングという「幸せ」の定義は、単に一時的な喜びではない。心身ともに健康で、人間関係が良好であること。自分の人生に意味や目的を感じ、目標に向かって成長できる、といった持続的な状態を指す。

    私自身の行動と学びを共有することで、ネガティブな状態から抜け出し、ウェルビーイングという持続的な幸せを、他の人でも掴めると私は信じている。このブログは、その信念と全ての想いを込めて行動を発信していくための決意表明なのだ。

    幸福度ランキングが示す「イシュー設定」の必要性

    World Happiness Report(世界幸福度報告書)という調査がある。これは、GDP、健康寿命、社会的支援、自由度、寛大さ、そして腐敗の認識といった要素を考慮して幸福度を算出している。2025年の調査で、日本の幸福度ランキングは147カ国中55位。前年よりも4ランク下落している。さらに、G7の中では最下位だという。経済的に豊かで治安も安定している一方で、精神的な幸福度が低いという事実に、私は驚きを隠せなかった。

    私たちは今すぐにでも立ち止まって、自分自身の幸せについて真剣に考えるべき時なのだ。「イシューからはじめよ」という問いかけは、もはや個人的な成長目標ではなく、国民的な課題だと捉える方が賢明なのかもしれない。

    習慣化と行動:幸せを創造する鍵

    「自分は今、常に幸せな状態だ」と心から思える人が増えれば、この世界はより良くなるはず。

    そのために私はこのイシューを言葉にし、毎日行動し続けなければならないと感じている。それは、個人の幸福追求にとどまらず、より良い社会を創るための静かなる挑戦なのだ。そして、この方法は誰にでも始めることができる。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。 これは、精神科医ヴィクトール・フランクルが遺した言葉だ。

    「ただ願うだけではだめだ。行動し、その行動に意味を与えることこそが、幸せの鍵だ。」

    あなたの行動こそが、あなたの人生を定義する。その一歩に意味を見出し、幸せな状態でいられるよう行動し続けよう。あなたが今日得たこの知識は、もう誰にも奪えない。あなたの人生は、今、あなたがどんな行動をとるかという「日々の行動の積み重ね」で決まるのだ。

    vol.15 行動を加速させる「言語化」で習慣化を成功させる方法
    vol.15 行動を加速させる「言語化」で習慣化を成功させる方法 HAKU

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    職場のDr.から運動の必要性や、実行した結果のポジティブな効果について具体的に教わっていた。しかし、私は「へぇ、そうなんですね」と、どこか他人事のように聞き流すことを1年も続けてしまっていた。行動の必要性は頭では理解しているのに、何からすべきか分からない。その思考が、私をずっと立ち止まらせていた。

    そんな中、仕事中に行動を言語化することの重要性を痛感した出来事があった。それは、ふとした瞬間に職場のスタッフに「筋トレと有酸素運動の違いって何ですか?」と質問された時だった。頭の中にイメージはあったものの、論理的に言葉で説明できなかった。「筋トレは筋肉をつける運動で、有酸素は歩いたり走ったりする運動かな」と、普通すぎる答えしか返せなかった。

    この時の私は、すでに筋トレやランニングを始めていたにもかかわらず、これほど簡潔な回答さえできない自分が恥ずかしく思えた。

    質問に答えたものの、仕事を終え帰ってからも自分の中で腑に落ちないモヤモヤが残った。私は昔から人に説明することが大の苦手で、話した後に相手に伝わっていないことを察するたびに、自己嫌悪に陥るタイプの人間であることを思い出してしまった。

    そこで、帰宅後すぐにインターネットや本で筋トレと有酸素運動の違いに加え、それぞれのメリットを調べ、専門用語を避けて誰が見てもわかるよう手書きのメモにまとめ、それを翌日そっと彼女に渡したのだった。

    「なんとなく」を言語化する力

    この行動は、彼女のためだけではなく、私自身のためでもあった。

    ぼんやりしていた知識を、言葉にすることでハッキリと整理され、頭の中にちゃんと定着する感覚があった。つまり、誰かに教えるというアウトプットが、新しく知った情報というインプットを、もっとしっかり覚える手助けをしてくれたのだ。そして、この経験がきっかけで、私は運動や脳科学の学びをノートにまとめる習慣を始めた。これは、メタ認知(自分を客観視する力)を高めるのにも役立ったと思う。


    行動と知識の習慣化ループ

    「誰かに何か聞かれたときに、すぐに答えられるようになりたい。」

    この気づきが、私を動かす原動力になった。得意なことをただ頭で理解するだけでなく、人にわかりやすく説明できるほど深く知る。この決意が、私にとっての自己成長の大きな一歩になった。

    行動すると知識が増えて、知識が増えるとまた行動したくなる。
    この好循環が、私の脳内をどんどん変えていった。

    朝の時間を使い、本や動画で学んだ内容を、自分の言葉で表現する練習を繰り返した。この習慣のおかげで、考えがまとまり、仕組みを理解できるようになった。それから「自分は説明できる」という自信もついてきた。これは、認知行動療法の核となる「思考→行動→感情」の良いループが機能し始めた証と言えるだろう。


    言語化が自己成長と思考に開く道

    この経験から、私は確信した。言葉にする力は、コミュニケーション能力の向上だけではない。自分自身の考えを明確にし、自信に繋がるための強い力となる。「なんとなく」を言語化することで、行動の理由が明確になり、より建設的な選択が可能になる。そして、それが次の行動へと力強くつながっていくのだ。

    このブログは、私自身が学びを深めるための「アウトプットの場」でもある。
    自分の過去の経験や、そこから学んだことを言葉にすることで、私自身がもっと深く自分を理解し、成長を感じられるようになった。そして、その気づきを皆に伝えることで、同じように悩んでいる誰かの役に立てるとしたら、それに勝る喜びはない。


    あなたの成長を加速させるヒント

    もし、あなたの中に「なんとなく」とか「モヤモヤ」した気持ちがあるなら、それを言語化するところから始めることを勧めたい。ノートに書き出してもいいし、信頼できる誰かに話してみるのもいい。言葉にすることで、その「なんとなく」の正体が明らかになり、次の行動が驚くほど明確に見えてくるようになる。

    知識を得るだけでなく、それを誰かに伝えられるレベルまで深く理解すること。
    この意識を持つだけで、あなたの学びの質は格段に向上する。それは、あなたが自身の人生のあらゆる領域で、より良い判断を下すための、確かな指針となるはずだ。

    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    これは、ドイツの詩人・劇作家であるヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテが遺した言葉だ。

    「知識だけでは十分ではない。それを適用しなければならない。意欲だけでは不十分ではない。それを実行しなければならない。」

    行動を続けながら、言葉で「思考の余白」を埋めていくこと。
    それが、あなたの人生の意欲を実行へと変える前向きな習慣になっていく。あなたの成長は、あなたの行動、そして言語化の積み重ねの先にも必ず存在する。

    vol.18 「完璧主義」を乗り越える女性ホルモンに負けない継続術
    vol.18 「完璧主義」を乗り越える女性ホルモンに負けない継続術 150 150 HAKU


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    行動し始めてから2週間も経つと、今度は逆に「今やっていることをやめられない」と強く感じるようになっていった。さらには、「やらないと気持ち悪い」と脳が変化した。

    特に生理前はイライラして、帰宅後の筋トレがいつも以上に面倒に思えた。生理が始まったら始まったで、今度は食べ物のことばかりで頭がいっぱいになり、毎月女性ホルモンに振り回されては、決壊しそうな自分を必死に繋ぎ止めることを、月の半分ほど強いられていた。

    「生理前だから仕方ない」「生理中だから好きなだけ食べてしまえ」と考えるのは、過去の自分、つまり休肝日がなかったあの頃に戻ってしまう。毎月来るものだからこそ、行動を止めないため、その日の気分や体調を手帳に記録し続けた。

    完璧主義と女性ホルモンが作る習慣化の最大の壁

    行動を始めた当初は、毎日すべてを完璧にこなそうとしていた。
    しかし、体調や気分に左右される日々の中で、私のような完璧主義者はすぐに壁にぶつかることになった。特に女性ホルモンに振り回される周期は、自分の意志とは関係なく、身体の不調から行動がそのものがストップしてしまいそうになる最大の壁だった。

    そこで私は、習慣化するまで自分なりにルールを作った。それは、気分が乗らなくても1日1個は、3つの選択肢の中から選んでやるということだった。

    3つの選択肢とは、①勉強、②朝ランニング、③筋トレである。

    行動経済学の応用:「止まらない」ためのサブルール

    習慣化しようとしている最中に、胃腸炎になり体調を崩した日もあった。そんな日は無理をせず、身体に負担がかからなそうなこの3つの選択肢の中から「勉強する」を選んだ。

    生理が重い日には、「上半身の筋トレを10分だけして、今日はここまで」と思うようにした。胃腸炎になった日も筋トレをしてみたのだが、腹筋中にだんだん胃がモヤモヤしてきたので、すぐに切り上げた(我ながら、真面目すぎて笑えてくる)。

    土日は朝ランニングをする日でもあり、お酒を楽しむ日でもある。「生理中でも、軽いランニングは血行改善や生理痛の緩和に繋がる」という記事を読んだので(参照)、そういった日はペースを落として無理なく走るようにしていた。

    このように、何もしない日を1日も作らないようにした。どうしてもできない場合は、3つの選択肢から出来そうなものを1つ選んでやる。出来そうなことだけやればいい。難しければ時間や内容を変えても良い。

    結果として「今日も行動し続けられている」と思えるように、自分の中でサブルールを作って選択肢を増やしたのだ。この方法は、元ゴールドマンサックスの田中渓氏の行動からもヒントを得た。彼も朝の選択肢を作り、その中から行動しているようだ(日常では、25kmランニング、60kmバイク、7000mスイムのいずれかを毎日行うという)。

    継続のための「柔軟な思考」と小さな行動の価値

    そこで、頭でっかちの私にぴったりの本を見つけた。外山 滋比古氏の『やわらかく考える』という本だ。その本に書かれていた「動き続ける」というメッセージが、私の心に深く響いた。人間は行動し続けることをやめてしまったら、そこで成長が止まってしまう。そして、やめてしまった途端、活力をどんどん失い、腐っていく。

    たとえば、今日からスクワットを1日1回始めてみる。あるいは、1ページ多く本を読み進める。

    大切なのは、毎日「動く」ことだ。それが今、私には3つの選択肢として存在している。1日1個だけの日もあれば、2個行動できる日もある。それでいい。「自分は今、毎日行動し続けている」と、実感することが大切なのだ。

    これは、生理や体調不良といったコントロールできない外部要因に振り回されず、自分のペースで成長を続けるための、私なりの解決策だ。完璧を目指すのではなく、どんな日でも「自分は行動を止めていない」という事実に目を向ける。それが、ストレスを溜めずに習慣を定着させ、未来を創るための、建設的な方法だと実感している。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    それは、古代ローマのストア派哲学者セネカが遺したこんな言葉だ。

    「困難なのは始めることではなく、続けることである。」

    完璧を目指すあまり、立ち止まってしまうのはもったいない。 大切なのは、100点満点の日をたまに作ることではなく、どんな日も「0点」にしないこと。完璧ではなくても、柔軟な心で継続すれば、必ず未来は変わる。

    揺れ動く自分をまるごと受け入れて、今日もまた、小さな一歩を。

    vol.20 「高次脳機能障害」から学ぶ共感力:自己嫌悪を断ち切るメタ認知術
    vol.20 「高次脳機能障害」から学ぶ共感力:自己嫌悪を断ち切るメタ認知術 150 150 HAKU


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    私が勤めるクリニックは、身体の不調だけでなく、目には見えない問題を抱えた人々が通う場所でもある。何度説明しても薬の名前を覚えられない人、予約時間にいつも遅れる人、毎回同じ検査をしているのに部屋の場所が覚えられない人、そして感情のコントロールが苦手な人。

    心の奥で「もう、勘弁して」というため息を飲み込むのが、私の日常だった。

    特別な検査や手術の説明は、時間というより体力をじりじりと削り取っていく。 少しでも分かりやすく、と「説明用マニュアル」を片手に、言葉を噛み砕いて伝える努力を重ねるけれど、それでも相手の脳に届かないもどかしさ。 その果てしない反復に、私のエネルギーはいつの間にか空っぽになっていく。

    予約よりずっと早く来院しておいて「待たされた!」と激昂される理不尽に、冷めた目で耐え、常に時計の針に追い立てられる外来。 気持ち良く仕事ができる日なんて、一年に数日あればいい方。そんな喧騒の中で、私の心はいつの間にか、カラカラに乾いていた。

    そんな毎日の中で、心の片隅にチクチクと刺さる小さなトゲがあることに気づいた。

    「優しくありたいのに、それができない自分」への嫌悪感。

    相手は、何らかの不調を抱えてここに来ている。頭ではわかっているのに、どうしても冷ややかな温度でしか接することができない。 すり減った心で、不調を訴える人へ冷や淡な態度を返してしまうたび、私は自分のことが、どうしようもなく嫌いになった。

    見えない苦しみ:高次脳機能障害が引き起こす行動

    そんな時、私は鈴木 大介氏の 『貧困と脳』という本を知った。読み進めるうちに、今まで私が「理解力がない」と決めつけていた人たちの裏側に、見えない苦しみがあることを知った。

    この本には、脳の機能低下が様々な行動に影響を与えることが書かれていた。脳梗塞やうつ病など、様々な原因で引き起こされる高次脳機能障害。見た目には分からないけれど、彼らは質問を理解しようと必死で頑張っていたのだ。だがその努力は、外からは見えない。

    脳の機能が低下すると、短期記憶に大きな影響が出る。数秒から数時間といった短い間の記憶ができなくなってしまう。その結果、遅刻が増えたり、約束を守れなかったり、当たり前のことができなくなったりする。さらに、不安を感じると頭の中に霧がかかったように言葉が聞き取れなくなったり、文字が読めなくなったりすることもあるという。

    見た目は普通なのに、私は毎日、そうした「見えない壁」と戦う人々を相手にしていたのだ。

    「もしかしたら、あの患者さんも。あの人も」 そうやって脳の機能低下という可能性を自分の中に受け入れたとき、私を支配していたイライラは、静かに別の感情へと形を変えていった。

    共感力の重要性:オキシトシンがもたらす幸福の循環

    この本は、私たちに想像力を身につけることの重要性を説いている。「明日、自分がそうなる可能性がある」と想像すること。そうなった時に、「死んだほうがましだ」と思う社会より、「生きていてよかった」と思える社会の方が良いと。

    さらに、脳機能が低下した人々は、安心できる相手といるとできることが増えるという。この事実を知ってから、私は行動を変えた。患者さんが本当は何を知りたいのか、何が欲しいのか、焦らせないようにじっくりと聞くようにした。質問された時は、ゆっくり、はっきり、分かりやすく伝えることを心がけた。検査中、先生の診察前にあらかじめ聞きたいことを教えてもらうようにして、患者さんが緊張せずに診察を受けられるように工夫をした。

    相手の気持ちに寄り添い、理解しようと行動することは、脳内でオキシトシンという神経伝達物質の分泌を促す。オキシトシンは「幸せホルモン」とも呼ばれ、ストレスを軽減し、安心感や幸福感を高める作用がある。

    ハーバード大学医学部の研究では、他者への親切な行為や共感的な行動が、自身の幸福度を向上させることが示されている。相手を理解することで信頼関係が深まり、そのポジティブなフィードバックが、巡り巡って自分自身の心の健康を支えるのだ。

    行動変容と外部記憶:脳の負担を減らすサポート

    安心できる相手は、いわば「外部の脳」のような役割を果たしてくれる。イリノイ大学の研究者たちは、介護者が患者の認知機能を補う現象を「外部記憶」と名付けているそうだ。例えば、患者が薬の飲み方を忘れても、介護者がスケジュール管理をしたり、複雑なタスクを簡単なステップに分けたりすることで、本人の脳にかかる負担は大幅に軽減される。

    これは、認知機能リハビリテーションの重要なアプローチの一つらしく、認知症患者の研究でも、信頼できる家族や介護者との安定した関係性が、「日々の生活能力(ADL)」の維持に繋がることが示されている。

    私の仕事は、特にそうした目に見えない悩みを抱える人々が多い場所だ。以前は、作業を早く終わらせることが最優先だったけれど、この本を読んでから、物事の優先順位が変わった。相手によって、やるべきことは違う。この気づきによって、私の視野は大きく広がった。

    自分の嫌な部分を変えるためには、まず相手のことを理解する必要がある。
    それは、単に親切にするという話ではない。他者の行動の裏にある見えない原因に想像力を働かせ、根本から理解しようとすることだ。それは、ビジネスでもプライベートでも、人間関係を円滑にし、より良い結果を生むための、最も重要なスキルの一つだと私は考えている。

    私たちは皆、完全ではない。 その不完全さゆえに、目には見えない壁にぶつかり、音もなく立ち尽くしている人がいる。

    その壁の存在に気づき、寄り添うことで、私たちはより強く、より賢くなれる。そして、そうした理解と行動こそが、自分自身を成長させ、他者にもポジティブな影響を与える。見えない苦しみを理解すること。 それが、自分の可能性を広げることでもあり、自分を好きになれるきっかけにもなるだろう。

    自己嫌悪からの脱却:メタ認知による可能性の拡大

    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    それは、ドイツの哲学者ショーペンハウエルが遺した言葉だ。

    「われわれは自分を愛するように他者を愛さなければならない。他者はわれわれの半身であるからだ。」

    そ他者への共感は、結局、自分の内面を理解することから始まる。 自分のネガティブな感情の源を知り、思考のレンズを掛け替えること。それが、目の前の景色を変える最短ルートなのかもしれない。

    相手の苦悩の裏側を読み解き、共感という人間らしいスキルを磨いていく。 そのプロセスこそが、私に本当の「余白」を運んできてくれる。

    vol.24 「すぐやる」習慣化:作業興奮を呼び起こす行動経済学
    vol.24 「すぐやる」習慣化:作業興奮を呼び起こす行動経済学 150 150 HAKU

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    「勉強できる環境じゃないと、捗らない」 「すぐに痩せるわけじゃないなら、やる意味がない」

    完璧な環境が整わなければ、始める意味がない。かつての私は、そうやってやる前からとにかく諦めがちだった。言い訳という名の鎧を纏って、一歩も動けずにいたのだ。

    その理由は、ただ一つ。

    自分を信じていなかったから。 成功した未来の姿を、どうしてもイメージできなかった。

    ただそれだけで、私は自分の可能性に自ら蓋をし、一歩も動けずにいた。

    この考え方で、人生において何か一つでも良い事があっただろうか?

    行動したくない理由を山ほど抱えて、動けなくなっている自分を守るための鎧はあまりにも重すぎる。そんな自分の心と向き合い続けた結果、ようやく気づいたことがある。 準備万端だから始めるのではない。始めていくから、準備が整っていくのだ。

    すべては、行動できないための言い訳にすぎない。
    まずは、その事実に気づくことが大前提なのだ。


    「作業興奮」の仕組み:すぐやる脳が教えてくれた脳科学

    言い訳ばかりしている中で、ある本を読んだ。菅原 道仁氏の『すぐやる脳』という本だ。

    この本で、私は「作業興奮」という言葉に出会った。これは「やる気がなくても、やり始めれば次第にやる気が高まってくる」という脳の仕組みのことだ。具体的には、側坐核(そくざかく)という脳の部位が刺激されることで起こる現象だ。やる気を迎えにいくつもりで、まずは小さな一歩を踏み出すことが大切なのだという。

    ランニングを始めたときは、特に準備らしい準備はしなかった。家にある無地のTシャツと短パン、そして持っている靴の中で一番走りやすそうなスニーカー。「何事も最初が肝心」というけれど、その考え方が行動を妨げるなら、最初は肝心じゃなくてもいい。そのくらいフラットに、ハードルを極限まで下げて始めることこそが、本当の意味で最初の一歩なのだ。

    今までは、新しいことを始めるために、完璧なウェアやシューズを買い揃えることに全力を尽くし、準備が整うのをひたすら待っていた。

    しかし、それは脳が巧妙に仕掛けた「ホメオスタシス(現状維持機能)」という名の言い訳にすぎなかったのだ。

    完璧な準備という甘い誘惑は、行動を先延ばしにするための最大の罠なのである。 私はようやく、そのカラクリを悟った。

    行動経済学の真実:時間は「資産」である

    あれこれ考えている時間が、とにかくもったいない。時間は資産だ。考えているだけで行動できなくなるような思考を、そもそも作る必要なんてない。

    準備しすぎなかったおかげで、私はすぐに走り出すことができた。
    そして走り続けるうちに「この靴の方が脚に良さそう」「汗を吸収するサラッとしたTシャツが欲しい」と、今の自分に必要なものがだんだん見えてきた。

    これは、行動経済学でいう「プロスペクト理論」の応用とも言える。完璧な準備で得られる「利益」よりも、早く始めなかったことによる「損失の回避(時間を失う損失)」に焦点を当てた結果だ。

    大切なのは、自分が動けなくなる状態を、自分自身で作り出さないことだ。頭でっかちになり、考えれば考えるほど行動できなくなる状態は避けよう。行動するまでの時間を最小限にすることが、何かを始める上で最も重要なこととなる。

    思考の余白をなくす習慣化戦略

    仕事を終え、疲れて帰ってきてソファに座り込んだ瞬間も、自分にとって危険な時間だった。この「区切りの合図」を「行動のスイッチ」に切り替える必要がある。帰宅後はすぐ運動、仕事がない日の朝はランニングといったように、行動の前に余計なことを考える余地を与えない。こうすることで、ダラダラする時間を作らないようにした。

    「あと30分、やっぱり1時間後にやろう」と考えても、時間が近づくほど実行したくなくなるのが人間の脳だ。思考を遮断するイメージで、筋トレやランニングなどの行動そのものを嫌だなと思ったらすぐにやる。脳内に「面倒くさい」が蔓延する前に、行動でネガティブ思考を食い止めるのだ。

    この戦略こそ、私の脳を「考えるモード(DMN)」から「実行モード」へ強制的に切り替える手段であった。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    ドイツの哲学者ニーチェが遺した言葉だ。

    「計画は実行しながら練り直せ。」

    完璧な計画を立ててから行動に移すのは、時間の無駄になるかもしれない。まず始めてみて、うまくいかないところは微調整しながら進めばいい。この柔軟な思考こそが、習慣化を成功させる鍵となる。

    vol.25 「言葉の力」で自己受容を創る:思考の整理と習慣化術
    vol.25 「言葉の力」で自己受容を創る:思考の整理と習慣化術 150 150 HAKU

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    5年に1度、私には「ビックバン」状態が訪れる。

    叶えたい夢や目標で頭がいっぱいな時ほど、飲み会の締めはラーメンではなく「決意表明」だった。それを言えない飲み会には、行く意味がないとさえ思っていた。

    これは大人になってから手に入れた、私なりの「思考のハック」だ。

    今思えば、ただ流されるだけの日常に抗い、自分の本音を言葉にするあの時間こそが、私にとっての真の「思考の余白」だったのかもしれない。

    このブログを書きながら、あの頃の私と今の自分、その根底にある熱意が同じ温度であることを再確認して、ホッとしている。

    しかし、この胸の内にある熱い感情をどう表現すればいいのか、ずっとわからずにいた。 溢れる想いに、自分の語彙が追いつかない。言語化する術を持たないもどかしさは、それこそ何とも言えないものだった。

    そんな霧がかった日々の中で、私のこれまでの歩みを力強く肯定してくれる一冊の本と出会ったのだ。

    言葉が未来を創る:自己否定を避ける習慣

    その本とは、ゲイリー・ジョン・ビショップ氏の『あなたはあなたの使っている言葉で出来ている』である。タイトルからして、もう響く。

    この本には、「自分にどんな言葉をかけるかで、行動が変わる」と書かれている。
    自分に肯定的な言葉を使うことで、気分が良くなり、自信が増し、行動力まで上がる。シンプルかつ、とてもパワフルなメッセージだった。

    私は今まで、自分を信じることはできなくても、「自分にはできない」と思ったことはあまりなかった。なぜなら、自分を否定する言葉を、たとえ無意識下であっても自分自身に向けたくはなかったからだ。
    社会人になってからは、意識的に自分を奮い立たせる言葉を選び、積極的に使うようにした。

    例えば、「私はこう思っていて、これをやり遂げる。いついつまでにここまでやる必要があって、それをこのくらいのスパンで終わらせる。そのために頑張ります!」といったような感じだ。

    酔っ払いながらそう友人に宣言し、今までそれを全て叶えてきたつもりだった。

    周りからは「なんでそんなに頑張れるの?」と聞かれていたが、自分ではそれほど頑張っているつもりはなかった。私はただ、脳に「やる」と言い聞かせ、その通りに無意識に行動していただけだ。

    まさに、made in JIBUN。

    私という人間は、私自身が発する言葉という素材で組み上げられていたのである。


    脳の仕組み:プライミング効果とモチベーション

    私たちの脳は、自分が発する言葉を、誰よりも近くですべて聞いている。そして、その言葉の力をトリガーにして、脳は静かに、けれど確実に動き出す。 まるで、私の意図を完璧に汲み取ってくれる最高のパートナーのように。

    「どうせ無理」と言い続ければ、脳は「ああ、無理なんだな」と判断し、行動するためのエネルギーを止めにかかる。でも、「うまくいく」と語りかければ、脳は「じゃあ、どうしたらうまくいくか?」と動き始める。

    これは科学的にも証明されていて、脳には「プライミング効果」というものがある。プライミング効果とは、先に受けた刺激(言葉)が、その後の行動や思考に影響を与える現象のことだ。例えば、「赤」という言葉を聞くと、無意識にりんごや消防車、情熱といったイメージが頭に浮かぶように、私たちが発する言葉は、脳に特定のアクションを促すシグナルを送っているのだ。

    ネガティブな言葉は、脳に「危険」「停止」のサインを送る。すると、脳はリスクを回避するために、行動を起こすことをやめさせようとする。

    逆にポジティブな言葉は、「Go!」のサイン。
    脳は目標達成のために、新しいルートを探したり、必要な情報を集めたり、モチベーションを上げるためのドーパミンを分泌したりしてくれる。脳をあなたの味方につけることで、驚くほど簡単に思考も行動も変わっていくはずだ。この「言葉」による自己へのインプットは、あなたの潜在意識にまで影響を及ぼし、行動を後押しする土台となる。これが、私たちが無意識的に「自己受容」を築き上げていくための、最も基本的な仕組みなのだ。


    行動変容の鍵:知は力なりという哲学

    変われないと思っている人にこそ、気づいてほしい。脳の潜在意識を呼び覚ますのは、いつだって自分自身だ。自分の発する言葉が、あなたの未来を創っていく。誰かに言われた言葉ではなく、あなたがあなた自身に語りかける言葉で。

    子どもの頃、何かに挑戦しようとするときに、親や先生から「あなたならできる!」と言われた経験はないだろうか?あの言葉が、私たちに勇気を与えてくれたように、今度はあなたが自分の脳にとっての「親」や「先生」になる番かもしれない。

    あなたの「思考の整理」や「行動の習慣」は、すべて自分に語りかける言葉から始まっていく。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。 それは、イギリスの哲学者フランシス・ベーコンが遺した、こんな言葉だ。

    「知は力なり。」

    この「知」は、知識だけじゃない。自分の心をコントロールする術を知ることだ。脳の仕組みを知って、それを味方につけること。そして、言葉が思考を変え、思考が行動を変えるという「知」こそが、真に人生を切り拓く力となる。

    あなたが今、「どうせ」「私なんか」という言葉を口にしているとしたら、それは本当に心から思っている言葉だろうか?もしかして、諦めるための言い訳にしているだけじゃないだろうか?

    もしそうだとしたら、少しだけ言い換えてみてはどうだろう。「どうせ無理だと思ってしまうが、考え方ややり方次第でうまくいくかもしれない」「私なんか無理だと思うけど、もしかしたら私なんかでもできるかもしれない」と。

    この意識的な「言葉の修正」こそが、ネガティブな思考パターンを断ち切るための正しい行動になる。

    vol.26 感情バイアスを乗りこなす「思考の訓練」と習慣の力
    vol.26 感情バイアスを乗りこなす「思考の訓練」と習慣の力 150 150 HAKU

    運動が日常の心地よいリズムとして習慣化し始めた頃。 私は、5月に幕張で開催される「THE BEACH 2025」というイベントに、友人と行く予定を立てていた。

    最高のコンディションで、爆音の中、砂浜で踊り狂う。

    その瞬間をイメージして積み上げてきたトレーニングは、日ごとに熱を帯び、私の準備はこれ以上ないほど完璧だった。
    ところが、イベント前日の夜に届いたのは「イベント中止」のメール。
    先に現地入りしていた友人は、お金も時間も無駄になったと、ひどく落ち込んでいる様子だった。

    ところが、イベント前日の夜に届いたのは「イベント中止」のメールだった。先に現地入りしていた友人は、お金も時間も無駄になったと、ひどく落ち込んでいる様子だった。

    一方、私はまったく逆のテンションだった。「どうしよう?どこ行く?何する?」と、むしろワクワクしていた。なぜなら、イベントが中止になった分、遊ぶ時間が増えたと考えることができたからだ。結局、翌日は急遽プランを書き換え、豊洲エリアで、2人で気の向くままに食べ歩きを楽しんだ。

    ネガティブ感情をチャンスに変える行動経済学的思考

    以前の私だったら、間違いなく絶望の淵に立たされていたはずだ。 友人と共に「お金も時間も無駄にした」と嘆き、その苛立ちを家族にぶつけ、周囲の空気まで最悪に染め上げていたに違いない。

    ところが、この時の私は自分でも驚くほど、真逆の思考の地平にいた。

    なぜなら、2ヶ月間積み上げてきたトレーニングの価値は、イベントの有無に関わらず、私の肉体と精神に刻まれていると知っていたからだ。 運動を通して、私の脳はすでにポジティブな回路へと再編されていたのである。

    この出来事の後に読んだ、岡崎 太郎氏の『億万長者のすごい習慣』という本に、「起きてしまったことは変えられないのだから、気持ちを切り替えて次の行動に移る」という考え方があった。それは、今回の私自身の経験と重なり、とても腑に落ちた。

    物事に良いも悪いもない。
    良くも悪くも、どう考えるかは自分次第だ。

    起きてしまったことを変えられないのであれば、なおさら意識して別の方向に切り替えることが大切になる。イベントは中止になってしまったけれど、この日感じた行動と思考の変化は、私にとってとても有益な体験であった。

    脳科学:気持ちの切り替えと「感情バイアス」の仕組み

    気分や感情の切り替えが、実は私たち自身の脳の機能に深く関係している事を知っているだろうか?

    脳には、物事を良いか悪いか、ポジティブかネガティブかで判断する「感情バイアス」という仕組みがあるらしい。これは、私たちが生き延びるために進化の過程で身につけた機能で、危険を察知したり、リスクを回避したりするのに役立つものとなる。

    しかし、この感情バイアスがネガティブな方向に偏ってしまうと、些細なことでも「最悪だ」と感じたり、過去の失敗をいつまでも引きずることになる。せっかくの人生を、このまま無駄にしてはならない。

    そこで役立つのが、この「気持ちを切り替える習慣」だ。これは脳の感情バイアスを上手にコントロールするトレーニングとなる。

    たとえば、ネガティブな出来事が起きた時、まず一呼吸おいてこう考えてみる。
    「この出来事から学べることは何だろう?」
    「この状況でも、楽しむ方法はないだろうか?」

    こうやって意識的にポジティブな問いを自分に投げかけることで、脳は新しい解決策や可能性を探し始める。ネガティブな感情でいっぱいだった頭の中に、空間が生まれる。これこそがまさに「思考の余白」であり、新しい風が吹き込むような感覚なのだ。

    思考の余白:良い習慣が人生にもたらす自己成長

    運動が私に与えてくれたように、良い習慣は、思わぬところであなたの思考を変え、人生を好転させてくれるものとなる。それは、毎日5分の瞑想かもしれないし、寝る前の読書かもしれない。あるいは、朝起きて最初に窓を開けて、新鮮な空気を吸い込むことかもしれない。

    どんな小さなことでも、それが「あなたにとって良い習慣」であるなら、必ずあなたの心と脳に良い影響を与える。なぜなら、習慣が行動を、行動が思考を、思考が感情を変えるという認知行動療法のループを作り出すからだ。

    「気持ちの切り替え」を習慣化することで、あなたの脳はネガティブな情報をシャットアウトし、ポジティブな情報を優先的に集めるようになる。この思考の再プログラミングこそが、自己成長の最大の加速装置なのだ。

    今、あなたが続けようとしている「良い習慣」は何なのだろう?
    きっと継続するうちに、それは未来のあなたを助けてくれるものに変わるだろう。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。 古代ギリシアの哲学者アリストテレスが遺した、こんな言葉だ。

    「我々は、繰り返し行うことの集大成である。それゆえ、優秀であることは行為ではなく、習慣なのだ。」

    良い習慣を続けることで、感情の波に飲まれない冷静な自分を築くことができる。
    そして、それはやがてあなたの人生そのものを、柔軟な思考と前向きな気持ちに満ちたものに変えてくれるものに、必ずなるはずだ。

    vol.28 「承認欲求」を断つ!無関心が育む内発的動機の習慣
    vol.28 「承認欲求」を断つ!無関心が育む内発的動機の習慣 HAKU

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    新しいことを始めるとき、誰かに「もうやった?」「どうだった?」なんて聞かれると、途端に興が削がれ、一気に熱が冷めてしまう。それは、自分だけの聖域に土足で踏み込まれるような感覚だ。それは、誰かに評価されたいという動機ではなく、純粋に「好き」という気持ちだけが行動の源になっているからなのだ。

    特に私は、昔から一人で完結する活動が好きだった。

    知的作業なら、読書、文章を書くこと、想像すること。身体活動なら、水泳や剣道、ランニングなど、全てシングルプレイの競技ばかりを選んできた。誰かの目を気にすることなく、自分のペースで、自分のために。この「一人で完結させる」時間こそが、私の内発的動機を守る手段だった。

    早朝の勉強を始めたときもそうだった。
    夫は毎朝、私が机に向かっている姿を見ていたはずだが、一度も「何してるの?」とは聞いてこなかった。その無関心が、当時の私にとっては本当にありがたかった。もし「何やってるの?」「頑張ってるね」なんて言われていたら、きっとカタツムリが殻に閉じこもるみたいに、そっとやめていたかもしれない。

    良い意味での無関心が、心を解き放つこともあるのだ。

    無関心という最高のサポーター:本心と時間の使い方

    この習慣を2ヶ月ほど続けた後、私から初めて「実は今、朝早く起きて勉強してるんだ」と夫に話した。すると彼は、その分野のおすすめのPodcastや情報をシェアしてくれるようになった。

    佐藤 舞氏の『あっという間に人は死ぬから』という本に、「有意義な人生を送るには、自分の本心、価値、勘にしたがって時間を使うべき」とあった。

    誰かに褒められたいからやるのではない。誰かに見られているからやるのでもない。誰にも知られなくても、誰も見ていなくても、それでもやりたいこと。それこそが、自分の本心からやりたいことなのだと気づいた。

    褒められることを期待せず、誰かに承認されることを目的としない。そんな私にとって、夫はまさに「良い意味での無関心」という最高のサポーターだった。彼の存在が、私のクリエイティブな時間を守ってくれたのだ。この考え方は変だと思われるかもしれない。

    でも、私は変な人が好きだし、自分も変な人間であることは知っている。

    内なる承認の育て方:承認欲求の依存から脱却

    誰にも邪魔されず、ただひたすらに自分の世界に没頭できる時間。
    外部の評価や情報から切り離されることで、心の中に静寂が生まれる。それこそが、私たちの心を豊かにする「思考の余白」なのだ。

    私たちは、誰かに認められたいという欲求を本能的に持っている。しかし、その承認欲求が強すぎると、本来の目的を見失ってしまうことがある。

    たとえば、SNSで「いいね」をもらうために写真を撮ったり、誰かに褒められるために努力をアピールしたり。そうした行動は、一時的な満足感は得られても、本当に満たされることはない。それは、外からの評価という不安定なものに、自分の価値を委ねてしまっているからだ。

    本当に大切なのは、自分の心が感じる「内なる承認」となる。誰かに評価されなくても、「自分はこれが好きだ」「この時間が楽しい」と、心から思えることなのだ。

    思考の余白:小さな芽を育てる継続の習慣

    「好き」という気持ちは、まるで小さな芽のようなのかもしれない。
    最初はとても繊細で、少しの風で揺らいでしまう。だからこそ、静かで安全な場所で、じっくりと水をやり、光を当ててあげることが大切なのだ。

    誰かに話すのは、その芽がしっかりと根を張り、自分の中で確信に変わってからでいい。それまでは、静かに、誰にも気にされないような場所で、あなたの「好き」をじっくりと育てていこう。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    それは、フランスの哲学者アランが遺した、こんな言葉だ。

    「幸福を遠ざけるものは、多くを望むことではなく、自分が何者であるかを人から認められようとすることである。」

    誰かの評価に縛られることなく、自分の心の声に耳を傾けること。

    自らの行動そのものを報酬とすることで、習慣は揺るぎないものになる。あなたの人生の豊かさは、あなたが誰から認められたかではなく、あなたがどれだけ自分の本心に従いそれに対して行動できたのかで決まるのだ。

    vol.29 感情の波を鎮める利他行動:自己肯定を築く脳科学的習慣術
    vol.29 感情の波を鎮める利他行動:自己肯定を築く脳科学的習慣術 HAKU

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    毎日を自分らしく、幸せだと感じられるような日々を過ごしたい。

    そう思っていても、なぜか気分が沈んでしまう日がある。メイクをする気力さえ湧かず、鏡に映る機嫌の悪そうな自分を見てはため息が出る。

    そんな日は人と会うのを避け、下を向いて歩いてしまう。
    スーパーのレジの店員さんが丁寧すぎることにさえイラついてしまい、一日の質が音を立てて崩れていく。

    そんな「気分の波」に振り回されるたび、お気に入りの音楽やポッドキャストを聴くのだが、それでも気分を紛らわせられない時は、とことん全てがどうでも良く思えた。

    けれども、今ならわかる。その「不調」は、私自身が自分を受け入れられていないサインなのだ。 誰かに気分を上げてもらおうと期待する受け身の姿勢では、本当の意味で人生を乗りこなすことはできない。

    自己肯定感の真実:利他行動が世界で好かれる理由

    星友 啓氏の『全米トップ校が教える自己肯定感の育て方』という本を読んで、私はハッとさせられた。この本には、「優しくて相手を許容できること」が、世界中のどの文化圏でも最も好かれる性格だと科学的に証明されていると書かれていた。さらに、「人に優しくしている自分は、周囲から受け入れられている」ということに気づくという話も印象的だった。

    正直に言うと、私は利他的なマインドを1%も持ち合わせていない、完全に自己中心的な人間だ。その日の気分で感情がコロコロ変わるため、常に自分の感情を優先し、人に優しくできない。できたとしても、それはたまたま機嫌がよかっただけの話だ。利他的なマインドを持つというのは、かなり辛く厳しい苦行のような考え方だと感じた。しかし、この本を読んでから、意識して実行するようにした。

    クリニックでの習慣化:心のフィルターを外す優しさ

    まず、患者さんへの接し方を意識的に変えてみた。

    1. カルテを見るのではなく、必ず患者さんの目を見て、体調の変化がないか聞くようにした。
    2. 耳が聞こえにくい人にも、わかりやすい挨拶や相槌を心がけた。
    3. 話しかけやすい雰囲気を作るようにした。

    たったこれだけのことだが、驚くべき変化があった。「診察室では言えなかった不安」や「家庭の事情」を、患者さん自ら打ち明けてくれるようになったのだ。 私が心のフィルターを外し、柔らかな雰囲気を纏うだけで、閉塞していた人間関係の空気が一気に解き放たれていく。

    誰かを救おうとして始めた行動が、実は、誰よりも私自身の凍りついた心を救っていたのだ。利他とは、自己犠牲ではない。 それは、自分自身を深い愛で満たすための、最も理にかなった「戦略」だった。検査中に話せる時間は限られているが、それでも、患者さんの言葉の端々から、彼らが抱えている悩みを拾い上げ、医師にスムーズに伝わるようカルテに記入した。

    いつも怒っているように見えた人が、私が丁寧に接するだけで、絞り出すように「ありがとう」と言ってくれた。その時、彼の中にあった「誰かに大切にされたい」という痛いほどの渇望に、私は初めて触れた気がした。

    また、いつも上の空だった人が、私の真摯な眼差しを感じた途端、家族の介護で十分に眠れていない過酷な日常を打ち明けてくれた。

    私の纏う空気が柔らかくなったことで、彼らの心の重荷が、ほんの少しだけこちらに預けられたのかもしれない。

    この経験は、私自身の心を大きく揺さぶった。 それまで私が世界に向けていた「不機嫌」という名のフィルターが、いかに歪んでいたかを思い知らされたのだ。

    優しい行動がオキシトシンを呼び、自己肯定感という栄養になる

    「人に優しく接する」という行動を続けた結果、嫌な人にもそれぞれ理由があったことを知った。そして、悩みを打ち明けてもらったことで、「人に優しくしている自分は、周囲に貢献できている」と実感できるようになった。その結果、自分は相手に受け入れられているのだと確信できた。

    利他的なマインドは、「私はあなたの味方です」というメッセージを相手に送る行為なのかもしれない。実際、そのメッセージを受け取った相手が心を開くことで、自分は社会の中で受け入れられているという感覚が生まれ、それが自己肯定感に繋がることがようやくわかった。

    こうして自己肯定感が上がると、仕事中の対応がとても楽になった。他者への優しさが、巡り巡って自分の心を軽くしてくれたのだ。朝嫌なことがあって仕事前に気分が乗らない日でも、誰かに優しくするという行動が、自分自身を喜ばせることにつながった。

    心理学では、「利他行動(altruistic behavior)」が幸福感や自己肯定感を高めることが広く知られている。誰かのために行動することは、脳内で幸福ホルモンであるオキシトシンやセロトニンを分泌させ、ストレスを軽減する効果があるという。つまり、誰かに優しくすることは、自分の心を満たし、人生の質を底上げするための、極めて合理的で科学的な方法でもあるのだ。

    継続のメタ認知:感情の波を鎮めるための科学的習慣

    もしあなたが、今人と関わることに難しさを感じているなら、まずは小さな行動から始めてみてはどうだろう。職場で人に優しくする、電車で席を譲るなど、どんな些細なことでも構わない。

    「自分は優しい人間だ」と意識して行動してみる。

    その思考が、いずれ大きな自信となってあなたを支えてくれるだろう。ストレスを管理し、自己成長を促すための「優しさ」を実践できるような習慣を身につけること。大切なのは、個人の性格や相性を責めるのではなく、健全な行動習慣を築けるような環境を自分自身で整えることにある。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    これは、古代ローマの哲学者セネカが遺した言葉だ。

    「善を行う者は、それ自体が報いである。」

    誰かのために行う親切は、見返りを求める必要がない。
    なぜなら、その行為そのものが、あなたの心を満たし、自己肯定感を育む最も確実な方法だからだ。誰かの心を温めることが、巡り巡って自分の心を温めてくれる。優しい行動が、あなたの心の基盤を豊かにし、揺るぎない自己肯定感を築き上げてくれるだろう。

    vol.30 「自分を愛する」セルフケアが思考の余白と自信を創る方法
    vol.30 「自分を愛する」セルフケアが思考の余白と自信を創る方法 HAKU

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    朝の時間を活用し、運動が習慣化して自分を客観視できる余裕が生まれてきた頃。カズレーザー氏による「見た目がいい人は中身もいい」と語るショート動画が、ふと目に留まった。

    そのフレーズは、驚くほどストンと私の腑に落ちた。 クリニックで日々多くの患者さんと接する中で、私自身も同じことを肌で感じていたからだ。

    外見に「品」や「余裕」が漂っている人は、内面も驚くほど優しく、穏やかであることが多い。 それは、造形が整っているとか、高価なブランドを纏っているということではない。

    自分の心身を丁寧に扱い、大切にしているという「自愛」の姿勢が、その人の佇まいとして外側に溢れ出しているのだ。

    自己報酬系の強化:「愛すべき部分」を磨く自己投資習慣

    私は気分が乗らない日があると、とことんネガティブの沼に沈んでいくタイプだった。そんな時、田中 克成氏の『自分をよろこばせる習慣』という本で、「自分の顔の1パーツを溺愛しよう」という言葉に出会った。

    最初は、そんなことだけで変わるのかと半信半疑だったが、試してみることにした。私が実践したのは、「コンプレックスだったパーツを、愛おしい部分へと変える」ことだ。私の場合は、顔の中ではダントツ「歯」がコンプレックスだった。長年のコーヒー習慣と赤ワインで着色した歯は、鏡を見るたび落ち込むほど黄ばんでいた。

    当時、子供に読んでいた長谷川 摂子氏の絵本『めっきらもっきら どおんどん』に、「もんもんびゃっこ」というキャラクターがいた。その妖怪は、顔は真っ白なのに歯は真っ黄色という、目をひく姿だった。読み聞かせている最中に、子供がその妖怪を指差し、「これお母さん!」と言われた時は、リアルにショックだった(ひどい)。

    仕事中はマスクの着用が欠かせないが、プライベートでは基本的にマスクはしないようにしている。だからこそ、歯に自信をつけるため、ホームホワイトニングと年一回のオフィスホワイトニングを試すことにした。その結果、周りから「歯が白いね」と言われるようになり、笑顔の写真を見返すと明らかに過去の私とは表情が違っていた。

    「友達と心から笑うための下準備」「赤いリップをつけたい」のように、自分を喜ばせるための行動として捉える。この習慣を続けると、驚くほど心が上向きになり、自分を認める力が強まっていくのを感じた。ストイックになりすぎず、「たまにはホットコーヒーもいい」「今夜は赤ワインを楽しもう」と、ゆるく考えることも大切だ。

    完璧主義を捨て、柔軟な「余白」を持つ。
    これこそが、行動を軽やかに続け、自分を好きでいられる秘訣なのだ。

    脳科学が証明:ドーパミンとセロトニンの習慣化

    では、なぜこうした「自分を喜ばせる行動」が、これほどまでに心を上向きにさせるのだろうか。

    それには、脳科学的な理由がある。私たちの脳には、何かを達成した時に「ドーパミン」という報酬系のホルモンが分泌される。歯が白くなったり、二の腕が引き締まったりといった変化を鏡で確認するたびに、脳は「頑張ったね、偉いね」とご褒美をくれるのだ。

    このドーパミンが、やる気を引き出し、自己肯定感を高めてくれる。

    さらに、自分を大切にすることは、「セロトニン」という心の安定に関わるホルモンの分泌も促してくれる。好きな香りのボディクリームを塗る、お気に入りの歯磨き粉を使う、そういった五感を満たす行動は、脳に安心感を与え、穏やかな気持ちにさせてくれるのだ。

    つまり、コンプレックスを愛おしい部分へと変える行為は、単なる美容習慣ではなく、脳の「自己報酬系」を能動的に強化するトレーニングなのだ。これこそが、気分の波に振り回されない、揺るぎない自信を育む土台となる。

    未来の自分を創る:自己肯定感の積み重ね

    この習慣が身につけば、気分の波に振り回されることは減るだろう。鏡に映る自分を見て、ため息をつく代わりに、小さな自信を積み重ねることができる。

    メイクをしていない日でも、深く被った帽子やマスクに頼らなくても、あなたは堂々と歩けるようになる。なぜなら、人からどう見られるかではなく、自分が自分を愛せているという確信が、あなたの内側から輝きを放つからだ。

    この自己投資は、やがてあなたの「思考の余白」を大きくしてくれる。

    外からの評価を気にしたり、自分を責めたりするネガティブな思考が減り、本当に大切なことにエネルギーを使えるようになる。例えば、新しい趣味に挑戦したり、大切な人とじっくり向き合ったり。自己肯定感が低いと、これらの行動に踏み出せないことが多い。しかし、自分を大切にすることで、その一歩を踏み出す勇気が湧いてくるのだ。

    誰かの正解を生きるのではなく、自分で自分を喜ばせる術を知っている人は強い。毎日を豊かに生きるための、自分だけの「自己投資メソッド」を手に入れたあなたは、これからどんな人生でも創り出していける。

    習慣化の第一歩:ソクラテスに学ぶ行動

    本書とは異なるが、それは顔のパーツでも、身体のパーツでも、どこだっていいはずだ。
    コンプレックスだった部分でも、元々好きだった部分でも構わない。「ここを育てれば、私は気分が上がる!」と、自分の本心がワクワクする場所を見つけることなのだ。

    まずは鏡を出して、自分をみつめてみよう。
    一番最初に、あなたが「ここを育てたら最高かも」と思うのは、どこなのだろう?

    そのために、自己投資したい場所を見つけ、一歩を踏み出してみよう。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    それは、古代ギリシアの哲学者ソクラテスが遺した、こんな言葉だ。

    「自分を愛せない者は、他者を愛せない。」

    誰かを喜ばせるためには、まず自分自身が満たされている必要がある。
    そして、自分を愛するための第一歩が、日々の小さな「行動」という習慣で作られる。自己肯定感を高めることは、自分を大切にすること。それが、他者への優しさ、そして自分らしくありたい生き方へと繋がっていくはずだ。

    vol.31 「説得力」は数字と感情のハイブリッド:行動の可視化戦略
    vol.31 「説得力」は数字と感情のハイブリッド:行動の可視化戦略 HAKU

    目次

    • 行動の可視化:2kmと5kmの数字が語る評価のギャップ
    • 数字が語る努力と成果:習慣化による減量の可視化
    • 真の説得力:感情と論理(数字)のハイブリッド

    • 「人に対して説得力が欲しい。」

      そう思うようになったのは、私が運動を始めてからだ。

      「どんな運動をしてるの?」と聞かれることが増え、メニューや距離は答えられるようになった。けれど、「筋トレは絶対やったほうがいいよ」といったアドバイスを、私はどうしても断言できずにいた。自分の中でまだ確実な変化を確信できていないことに加え、その効果を数字で裏付け、論理的に説明する「言語化」が追いついていなかったからだ。

      そんなとき、2km走れるようになった喜びを夫に報告したら、「たった2kmでしょ」と一蹴された。私にとっては、ゼロから一歩を踏み出した大きな成長だった。別にそれを褒めてほしかったわけではない。ただ、2kmを走りきったという「事実」を共有したかっただけなのだ。そのとき覚えた軽い苛立ちは、自分の主観的な自信を、他者の物差しで測られたことへの拭いきれない違和感でもあった。

      その一言に一瞬、心が沈みかけた。けれど、私はすぐに思い直した。1kmも走っていない人の物差しで、自分の努力を測り、落ち込む必要なんてどこにもないのだ。

      面白いことに、不思議と「見返してやるために、次は5km、10km走ってやる!」というような反骨心すら湧いてこなかった。面白いことに、不思議と「見返してやるために、次は5km、10km走ってやる!」というような反骨心すら湧かなかった。なぜなら、このランニングは誰かに見せるためのパフォーマンスではないからだ。

      誰の目も気にせず、誰の評価も求めない。 走ることは、純度100%の「自分のための行動」なのである。

      この本質的な考え方は間違っていないと、確認できた瞬間でもあった。

      行動の可視化:2kmと5kmの数字が語る評価のギャップ

      しばらくして、年内目標だった5kmを達成した。夫がどう反応するか少しの好奇心を持って報告してみると、返ってきたのは「すごいじゃん!」という言葉だった。

      以前の私なら素直に喜べたのかもしれない。けれどその反応とは裏腹に、私の心はどこか冷めていた。「前は『たった2km』って言っていたのに、なんで5kmはすごいと思ったの?」と聞くと、「いや、5km走るのはなかなか辛いでしょ」という、どこか表面的な答えが返ってきただけだった。

      私にとって、大人になって初めて走った2kmは、果てしなく遠く、苦しい距離だった。だからこそ、走りきった自分を心の底から誇らしく思えた。対して、その後の2ヶ月で2kmから5kmへと距離を伸ばした時間は、すでに走る体力がついていたせいか、あの時ほどのハードルは感じなかった。

      本気で挑んだ「2km」が軽視され、慣れ始めた「5km」という数字が称賛される。他者の評価がいかに適当で、自分の内側の熱量や苦労を反映していないか。その事実に触れたとき、私の中で言葉にしがたい違和感が、確信へと変わった。

      この違いを明確にするために、AIにも聞いてみた。
      漠然ではあるが、「2km走ることは凄くない。しかし、5kmはすごい。なぜ?」と尋ねてみた。

      AI:『2kmを走ることは、多くの場合健康維持や運動不足解消の第一歩であり、特別な能力を必要としない一方、5kmの走行は、ある程度の持久力と体力の必要性、そしてランニングという運動の一般的な目安としての意味合いがあるため、より高いレベルの挑戦と捉えられやすいからです』

      夫は徹底して客観的で、物事をロジックで捉える人だ。彼にとって数字とは、個人の感情を挟まない「誰の目にも明らかな事実」だったのだ。それがわかると、不思議とスッキリした。彼の評価基準は私の努力の「プロセス」ではなく、あくまで提示された「数字」にある。それは単なる「見方の違い」に過ぎないのだ。

      数字が語る努力と成果:習慣化による減量の可視化

      習慣の輪は、ランニング以外にも広がっていった。筋トレや縄跳びを取り入れ、さらに食事管理や飲酒習慣も見直した。一気にやらず、一つひとつの習慣を地層のように重ねていった結果、最終的に8kgの減量に成功した。これも夫に報告すると、やはり5kg減より8kg減の方が反応は格段に良かった。

      2kmから5kmへの距離、そして5kgから8kgへの減量。 どちらも「3」という数字の差だが、他者に伝えた時の反応は驚くほど異なっていた。もちろん私も、人から聞かされたら絶対値の大きい方により強いインパクトを覚えるだろう。

      だが、実際のプロセスを振り返れば、ゼロから一歩を踏み出した「0から2km」の地点こそが最も凄まじい変化であり、そこからさらに距離を伸ばした「2kmから5km」も、本来なら驚くべき進化なのだ。数字は頭の中をクリアにしてくれる便利な道具だが、その評価は常に受け手の物差しに委ねられている。

      「数字って、なんて面白いんだろう」

      そう思ったのは、人生で初めてのことかもしれない。 誰かに褒められるために設定した目標ではなかったが、運動や減量のメリットを正しく、力強く伝えるためには、説得力を生み出す「数字」という共通言語が不可欠なのだと理解した。

      これは、ビジネスのプレゼンテーションと同じだ。 どれほど情熱的に夢を語っても、具体的な数字という裏付けがなければ、相手を動かすことは難しい。情熱は共感を生み、数字は客観的な事実として納得を運んでくる。

      「私」という人間が抱く熱い感情と、達成した数字という事実。この二つが揃って初めて、他者を説得し、周囲を動かす力になるのだ。

      真の説得力:感情と論理(数字)のハイブリッド

      運動や減量は、私にとって「自分のためにやる行動」だ。誰かの評価を求めるためのものではない。だからこそ、夫に「たった2kmでしょ」と言われた時も、心が折れることはなかった。しかし、自分の内なる変化を他者に伝えるためには、主観的な感情だけでは不十分な時がある。

      「どれだけランニングが気持ちいいか」「どれだけ身体が軽くなったか」。それは私だけの至福の感覚であって、相手には直接伝わらない。だが、そこに「5km」「8kg」という数字が加わることで、私の変化は初めて具体性を帯びる。数字は、私の感情を他者に届けるための共通言語であり、確かな証拠になってくれるのだ。


      最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
      これは、古代ローマの哲学者セネカが遺した言葉だ。

      「我々の能力は、それを試すことによって、いや、むしろ、実行することによって発見される。」

      夫の言葉に一喜一憂することなく、私はただ黙々と努力を続けた。その結果として刻まれた数字は、私の情熱と能力を、何よりも雄弁に、そして力強く証明してくれた。

      誰かの評価という不確かなものに振り回される必要はない。大切なのは、いつだって自分自身の「行動」に目を向けることだ。あなたがコツコツと積み上げてきたその歩みは、やがて数字という揺るぎない形となって、あなた自身を支える盾になる。

      他人の言葉に心を乱される前に、まずは自分の足跡をじっと見つめてみてほしい。その一歩一歩の積み重ねこそが、あなただけの物語を創り上げる、かけがえのない糧となるはずだ。

    vol.35 集中力は資産 : デジタル断食で思考の余白を創る時間術
    vol.35 集中力は資産 : デジタル断食で思考の余白を創る時間術 HAKU

    目次


    自分のやりたいことが見つかると、スマホでの連絡が途端に億劫に感じるようになった。今までは全く気にしていなかったはずの通知が、届くたびに私の平穏を乱し、かすかな苛立ちを連れてくる。

    母からのメールにさえ、「朝から猫の写真、送ってこなくていいんですけど」と、またしても沼地からライフル銃をかまえた自分が、ぼそっと耳元で囁くようだった。

    1日の中で、私には朝しか自由に使える時間がない。
    そのため、この時間で最大限の活動をする必要がある。

    誰にも邪魔されたくないという「朝」への執着が増すにつれて、私の決意はより強固なものになっていった。

    「今」に集中:スマホの通知は時間を奪う敵

    しかし、自分のやりたいことが明確になってからは、時間に対する考え方が180度変わった。「今」という一瞬一瞬が、未来の自分を作っている。そう考えると、スマホの通知は、私から大切な時間を奪おうとする「敵」のように感じるようになった。

    特に朝の時間は、私にとって最も重要な時間だ。
    この「思考の余白」は、外部情報に支配されない、自らの意志で使うための静かな空間だ。そんな貴重な時間を、スマホの通知に邪魔されたくないと思うのは、ごく自然なことだった。

    集中力は現代の資産:メールストレスの科学

    よく「成功者は返信が早い」と言われる。 けれど、その言葉を鵜呑みにして自分に当てはめれば、私も彼らに近づけるのだろうか。

    思考を止めて盲信する前に、私は一瞬、立ち止まって考えた。

    私は比較的メールの返信は早い方かもしれないが、LINEで仕事の連絡をすることはない。それならば、家族の緊急性のある連絡に対してだけ素早く返し、その他は自分のタイミングで良いのではないかと結論が出た。仕事ができる人は、それが「仕事」だから早いだけ。 あるいは、成功者と呼ばれる人たちは、プライベートの境界線が仕事と溶け合っているだけなのかもしれない。

    そうした仕事で人間関係が回っている人たちの真似を、今の私が貴重な朝の時間を使ってまで無理してやる必要があるのだろうか。自分にとって本当に大切な人との関係は、通知の速さで決まるわけではない。むしろ、質の高いコミュニケーションを、お互いが心地よいタイミングで取る方が、ずっと豊かな関係性を築けるはずだ。

    グロリア・マーク氏の『アテンションスパン デジタル時代の集中力の科学』という本には「私たちが1日に使える集中力は限られている」と書かれていた。メールに費やす時間が長ければ長いほど、人々が受けるストレスは増大するという。多くの現代人は、メールの処理だけで一日の集中力のタンクを使い切ってしまっているのだ。この事実を知り、私はさらに警戒を強めた。朝の貴重なタンクを、緊急性のない連絡で枯渇させるわけにはいかない。

    デジタル断食:ゴールデンタイムを守るための賢者の孤独

    夜は21時までに寝てしまうので、その間に届いていたメールは朝一で返信した方がいいとは思うが、私の起床時間(4時)に連絡を返すのは気が引ける。結局、よほどの緊急性がなければ家を出る前か出勤中に返信する程度で十分なのだ。

    朝のゴールデンタイムは、試行錯誤しながらも自分のために作り出した大切な時間である。
    このわずかな時間に使える集中力を、緊急性のない連絡に削る必要はない。必要な情報と、そうでない情報は見る時間をはっきりさせる事が重要だ。本当に緊急で連絡がほしい時は、相手に電話をすればいいだけの話なのだ。このルールは、相手にもあらかじめ伝えておくことも大切である。

    これは、自分の時間を守るための「デジタル断食」のようなものかもしれない。不必要な情報を遮断し、本当に大切なことにだけ注意を向ける。そうすることで、心にゆとりが生まれ、集中力も高まのだ。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    それは、ドイツの哲学者ショーペンハウアーが遺した、こんな言葉だ。

    「賢者は孤独を愛し、凡人は孤独を恐れる。」

    私たちは、つい孤独を避け、他者とのつながりを求めがちだ。しかし、本当に大切なのは、一人になる時間の中で自分と向き合うことなのだ。そうすれば、他人の評価や連絡の速さに振り回されることなく、自分の時間を自分のためだけに使えるようになるだろう。

    vol.41 会話力を覚醒。「伝わらない」をなくす脳科学的思考法
    vol.41 会話力を覚醒。「伝わらない」をなくす脳科学的思考法 HAKU

    私は、話すことが大の苦手だ。
    特に物事を順序立てて論理的に説明するのが、最も苦手である。

    そんな私に対し、夫はいつも容赦なかった。「何が言いたいのか伝わってこない」「一体なんの話をしているの?」。以前の私は、その言葉を聞くたびに「文脈から察する能力が足りないからわからないんでしょ」と、伝わらない原因のすべてを相手に押し付け、心の扉を閉ざしていた。

    しかし、医療関係で働くうちに、話が相手に伝わらないのは、自分に原因があるのではないかという、残酷な真実に気づき始めた。

    伝わらない原因:会話のボトルネックと論理構成

    「言葉の使い方が美しい人」として一番最初に思ったのは、過去に総合病院で働いていた時に会った消化器外科のN医師だった。 患者さんが途切れた診察室から漏れ聞こえる彼の話し方は、驚くほど整理され、流れるように綺麗だった。

    医師という立場から、患者さんに説明するスキルが求められるのは当然だが、そうではない医師も多いのが現状だ。

    自分の知識だけで完結しているような説明では、患者さんの理解度が極端に低くなり、医療における情報格差を生む。実際、勤務医の約3割がトラブルを経験し、医療事故の約7割近くがコミュニケーションエラーから発生しているというデータもある。このようなデータからも、医師の真のスキルは経験年数ではなく、患者への想像力に依存すると強く感じる。

    結局、「伝わらない」のは相手の理解力が低いからではなく、「伝える」側の論理と構成が甘いからだと、この時期に痛感したのである。

    共感の鍵:「例えば」が作る想像力

    消化器外科のN医師は、専門用語は一切使わず、とにかくわかりやすく話していた。そして話の度に「例えば」を使って、誰にでも思い浮かべられるイメージを作り、相手に柔らかくボールを投げるように言葉を発していた。

    同じ空間で聞いていた私にもよくわかる内容のもので、ずっと喋っていて欲しいと感じるほどだった。

    現在の職場であるクリニックのDr.も、まさにその話し方をする医師だ。子供からお年寄りまで、本当にわかりやすく話している。

    例え方のレパートリーも多く、難しい言葉は一切使わず、相手のための言葉を選びながら説明している姿を見ると、心から尊敬する。

    難しいことを、難しそうな顔で話すのは簡単だ。しかし、本当に知性が高い人は、相手に合わせて言葉を「翻訳」することができる。知識の量や語彙の豊富さをひけらかすのではなく、相手が今何に困り、どんな言葉なら受け取れるのかを徹底的に想像する。コミュニケーションの質とは、語彙力の多寡ではなく、相手への想像力の深さに比例するのだ。

    メタ認知:頭が良い人の「話す前の思考」

    安達 裕哉氏『頭の良い人が話す前に考えていること』という本で、今話題に出した2人のDr.のことが多く書かれていた。彼らの話し方は、まさに「頭が良い人の話し方」を体現していたのだ。

    • 相手のために言葉を使う
    • 相手のレベルに合わせてわかりやすく伝える
    • 感情的にならず冷静に話す
    • 話す前に相手の求めている結論を考える

    これらの要素が一致していたからこそ、多くの患者さんが「先生に診てもらいたい」と訪れるのだろう。信頼と影響力は、言葉の選び方に多く含まれている。

    私も近くで勉強させてもらいながら、その影響を強く受けている1人である。
    伝えるべき内容を「相手の視点」で考えることは、メタ認知(自分の思考を客観視する力)の訓練にもなる。話す前に相手の頭の中を想像し、「この人は何に一番困っているのか?」「どんな結論を求めているのか?」を先回りして考えることで、会話の無駄を極限まで減らせるのだった。

    この「話す前の思考」を習慣化することは、認知行動療法の観点から見ても、コミュニケーションの不安を軽減し、冷静さを保つことにつながる。感情的にならずに論理的に話すことで、相手の脳に負担をかけずに情報を受け渡すことができるのである。

    行動変容:ロールプレイングで会話力を習慣化する

    もし、あなたも私と同じく説明が苦手で、人との会話が億劫に感じるとしたら、一つ視点を変えてみてはどうだろう。

    身の回りで話の流れが綺麗な人がいないか見て、もしいたら少しずつ真似をしてみる。なりたい人をイメージして、その人が言うように自分もやって見る。まずはそこから始めてみよう。

    意識するのは「あの人ならどんな風にこの内容を相手に伝えるだろうか?」という視点だ。イメージが湧くと、それを演じるような振る舞いができてくることだろう。

    これは、自分の脳を「伝わる話し方」モードに切り替えるための、最も簡単な認知行動療法である。あなたの周りにいる「話し方が綺麗な人」こそが、あなたの自己成長を加速させるための最高の教材になるはずだ。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    20世紀ベルギーの哲学者、ハイム・ペレルマンが遺した言葉だ。

    「話し手は、話しかけようとする相手に順応しなければならぬ。」

    あなたの言葉の伝え方を変えることは、人間関係の質と仕事の成果を劇的に変える、最も強力な自己投資となる。今日から、相手の「聞く準備」に合わせて、話し方を設計してみよう。相手のために言葉を選ぶ習慣こそが、あなたの信頼と影響力を高める。どんな言葉を選ぶか考えることから、あなたの世界はゆっくり変わり始めるはずだ。

    vol.42 「身銭を切る」自己投資が現状維持バイアスを打ち破る
    vol.42 「身銭を切る」自己投資が現状維持バイアスを打ち破る HAKU

    上の姉兄たちから大きく年の離れた末っ子として生まれた私は、父にとって常に「手元に置いておきたい存在」だったようだ。

    小・中学生時代、父に「宿題はやったのか?」「将来何になりたいんだ?」と聞かれた記憶はほぼゼロに等しい。大学を卒業してもなお、「HAKUは就職はせずに、この家にいたらいいんじゃないか」と本気で提案されるほど、私は徹底して甘やかされて育った。

    大人になって「今度資格を取るんだ」と宣言した時も、父は「HAKUはいつも頑張っているから」と茶封筒に資金を入れて手渡してくれた。資格や学びについてお金に糸目をつけない父は、子どもたちが何歳になろうが、口は出さずにお金を出す。そんな人物であった。

    けれど、私はアラフォーになり、父は70歳を過ぎた。

    いつまでも私を子供だと思われていては困るのだ。「末っ子には永遠の可愛さがあるのだから」と、ぬるま湯に浸かったカエルにはなりたくなかった。変化に気づかぬまま茹で上がってしまう前に、この危機感を行動のエンジンに変えなければならない。

    そう強く思う瞬間が、今まで何度もあった。

    親の庇護からの脱却:「身銭を切る」覚悟

    父の愛は、兄弟の中で私にだけ断トツ甘くて深い。
    その甘すぎる愛こそが、私の「自己成長」のストッパーになっていたのかもしれない。

    親の庇護下にある心地よさは、自分の人生の責任を放棄していることと同義だ。私は、父がいなくなった後も、自分の力で立ち、自分の人生を切り開いていける人間になりたい。いや、ならなければいけない(皮肉なことに、親に甘やかされた人ほど、その危うさを察知するメタ認知能力が育つのではないか、とさえ思う)。

    そんな頃、自分の誕生日に欲しいものができた。
    ブログを書くための、ノートパソコンだ。

    新品じゃなくていい。自分で買える金額の範囲内のスペックで十分だった。夫に協力してもらい、中古のパソコンをメルカリで探して購入した。修理が必要だったので、落札時の価格よりも少し高くついてしまったが、「自分で全額を支払う」ことに最大の意味があった。結果的に、人生で最も満足度の高い買い物となった。

    誕生日が近かったことから、購入前に夫から「俺がプレゼントするよ」と提案されたのだが、丁寧にお断りした。「人の好意を無下にした」と思われても、この価値観だけは譲れなかった。自分で払ったものに価値があり、それを自分が一番感じたかったからだ。

    最高の贅沢:経験的優位性がもたらす持続的な幸福

    自分のやりたいことに身銭を切ろうと思ったのには、明確な理由がある。

    それは、「パソコンを買う」「本を買う」「大学に行く」など、自己成長のための「身銭を切る行為」が、単にモノや知識を得る以上の心理的・認知的なメリットをもたらすことを知っていたからだ。特に、この投資が「知識や経験」に変わる時、その効果は絶大なのである。

    コーネル大学の研究が示すように、人は物質的な「モノ」よりも「経験」に支出した方が、より長く、より深い幸福度を得られるという「経験的優位性」が確認されている。

    パソコンを購入し身銭を切ることで、その購入は単なる所有物ではなく、自己のアイデンティティの一部となる。経験は記憶として残り、時間が経っても価値が薄れにくいため、幸福感が持続するのだ。

    そのパソコンで、毎日ブログを書いたり調べ物をしている。
    自分のお金で買ったものを使うことで、日々やりたいことを実現できているという現状に、小さな幸せを感じている。

    脳科学:身銭を切る行動が自己効力感を強化する理由

    なぜ、誰かに買ってもらうのではなく「自分で支払う」ことが重要なのか?
    それは、脳が支払いのコストと、得られた経験の価値を強く結びつけるからだ。

    自分が働いて作り出したお金(時間と労働力)を投じることで、脳はその成果をより強く「自分のもの」として認識し、大切に扱うようになる。これが自己効力感を高め、次のモチベーションに繋がるのである。

    この行動は、ポジティブ心理学の観点からも非常に合理的だ。グロービス経営大学院などの調査では、働く社会人において、1日あたりの勉強時間(自己成長への投資)が長いほど、主観的幸福度が高いという相関が示されている。つまり、身銭を切る行為は「私は成長にコミットしている」という意識を強化し、結果として幸福感の向上という形でリターンをもたらすのだ。

    もし、あなたも自分にとって必要なもの、それが自分自身を成長させてくれるものだと解っている場合、身銭を切ることでより強く身につくだろう。

    人間とは、そういうものなのかもしれない。
    自分の幸せが何かわかると、それを自分で手に入れたくなるのだ。

    自己決定:幸せは、誰かに与えられるものではない

    誰かに幸せにしてもらうことももちろん重要だが、結局は自分次第だと感じる。その真実を「身銭を切る」という体験を通して、より強く実感できるだろう。

    大切なのは、「必要なものに、自分が投資している」という感覚なのだ。

    この感覚こそが、自己成長のエンジンであり、親からの依存的な庇護から卒業し、自立した大人として生きるための行動である。メタ認知を通じて、自分の真の目的を見極めることが、正しい投資先を見つける鍵となる。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    アメリカの哲学者ラルフ・ワルド・エマーソンが遺した言葉だ。

    「自分自身を信頼せよ。あなたの心の中にある、その聖域に頼るのだ。」

    父の深い愛に感謝しつつも、今回初めて私は自分の足で立ち、自らの手で知恵を勝ち取る道を選んだ。

    あなたにとって、身銭を切ってでも手に入れたい未来は何だろう?
    自分にとって、価値のあることに気づくことから始めてみよう。