• ネガティブな感情に悩んでいませんか?ブログ「思考の余白」では、脳科学や心理学の知識をヒントに、小さな習慣で自分を好きになる思考法を発信しています。

    習慣化

    Vol.01 プロローグ : 思考の余白
    Vol.01 プロローグ : 思考の余白 1024 1024 HAKU

    ※このブログは、2025年2月から私が自分を変えようと必死に向き合っていた時期のリアルな行動記録です。 自己肯定感は高いのに超ネガティブ思考という矛盾を抱えたまま、過去を振り返り試行錯誤しているため、話が急に小学生の記憶に飛んだりすることもあります。それも一つのリアルとして、楽しんでいただけたら嬉しいです。


    「最近幸せそうな人を見ると、その幸せを壊したくなるんだよね」

    この話を初めて友人にしたのは、確か2月の、暗く寒い日だった。
    その日は仕事が休みだったにもかかわらず、夜明けから腹痛で目が覚めてしまうほど体調が悪かった。なんとか朝のルーティンをこなし、子供を学校に送り出した後、胃の辺りをさすりながら近所の内科へと向かった。

    胃腸炎と診断され、薬を処方されたが痛みは一向に治まらない。
    原因が分からず、ただひたすらに前日の行動を振り返っていた。食事が原因じゃなかったとしたら、精神的なものかもしれない。そう思い、この数ヶ月の自分を改めて客観的に振り返ってみると、夫や仕事、子育てなど、身の回りのあらゆることに常にイライラしていたことに気づいた。


    毎日怒りに支配され、それを発散する何かを探している状態だった私は、自分自身に意識を向ける余裕なんて1ミリもなかった。

    そんな中、突然の激しい腹痛で、誰かの助けを借りなければいけないほど心細い状態になってしまった。ソファに横になりながら何となくLINEの友だちリストを眺め、子供がいない空間でゆっくり喋りたくて、一番仲の良い友人に電話をしていた。

    2時間ほど話しただろうか。会話の中で、私は冒頭の言葉を友人に言った。すると、彼女は静かにこう言った。

    「それって、幸せじゃない人が思うことだよ。」

    例えるならば、胃の痛いところにプロレスラーからエルボーを食らった感覚だ。「え?どういうこと?それヤバくない?」と、笑いながら精一杯のツッコミを入れたが、内心ものすごいショックを受けた。なにせ、20年来の付き合いで、どんな時も私の幸せを心から願ってくれるような彼女が、わざわざ残してくれた大切な言葉だ。

    その言葉は、そのままの意味だとわかっていた。この強烈なパワーワードが胸に突き刺さり、窓から見える晴れた空が、一瞬にして土砂降りになりそうな雲の色に変わっていくように見えた。

    この話をブログに書いたのは、彼女を悪者にしたいからじゃない。
    むしろ「彼女は私のために悪者になってくれたのだ」と、今この文章を書きながら、自然と涙がこぼれてきた。


    過去の私は、自分自身を信じることができなかった。
    毎日身勝手な感情に振り回され、些細なことでイライラし、周囲の誰かに冷たく当たってばかりいた。原因は自分だとわかっているのに、問題に向き合いたくなくて毎晩のようにアルコールに逃げていた。その結果、自分でも手に負えないほど最低な状態に陥っていた。

    定期的に来る負の感情もあった。仕事も家族も周囲の全て、みんな嫌い。ライフル銃を抱えて、手当たり次第そこら中打ちまくる。怒りが暴走すると、そんな風に周りが敵だらけに見えてしまうのだ。その結果、さらに自己嫌悪を募らせ、自分の首を絞め続けていた。沼にどっぷりハマるというより、浸かった状態で周りの様子をみながら、自分がいつでも戦闘体制になれる準備をしているタチの悪い人間だった。


    最初、友人から言われた言葉の真意が理解できなかった。
    私は周囲から「HAKUはいつもちゃんとしているよね」「しっかりしてるわ」「大したもんだ」と言われて育ってきた。ネガティブな言葉をかけられた経験がなかったため、周りの暖かい目や肯定的な言葉から、何の疑いもなく自分は幸せな人間だと勘違いしていた。しかし、現実はそうではなかったようだ。

    もし「あなたの人生のターニングポイントは?」と聞かれたら….
    鬼の速さで林修さんのモノマネをして「この時でしょ!」と叫ぶだろう。

    彼女の一言をきっかけに、私は心の中で問いかけ始めた。
    「私にとって、本当の幸せって一体何なのだろうか。」

    私の思考や行動が動き始めたのは、まさにこの瞬間からだ。答えのない問題を解き続けるような、正解や出口のない場所にいる夢を見ているようだった。向かう先が全然わからなかったにもかかわらず、不思議と怖くはなかった。


    そこから、私の「幸せ探し」が始まった。
    数ヶ月間、進路に悩む高校生のように、自分に合うものは何かを探し続けた。脳科学、認知行動療法、人間心理に関する動画や本を読みあさって得た知識を、日々の生活で試した。学んだことをノートに書き写したり、小さな目標を立てて達成感を味わうトレーニングも行った。すぐには効果を感じられなかったけれど、継続するうちに、心の景色に少しずつ変化が現れ始めた。

    私はバカなのではなく無知であったことを理解し、自分を責めることをやめた。
    そして、運動が脳に良いことを知り、筋トレやランニングを始めた。
    さらに、ドーパミンの「光と闇」を知り、お酒との付き合い方や考え方を変えた。
    そして、早起きを習慣にして、朝のゴールデンタイムを学びの時間に充てた。

    この小さな行動の一つひとつが、結果として、私自身にとても大きな変化をもたらした。


    約一年間の行動を続けた結果、大切なことに気づいた。世間の基準ではなく、自分の心の声に耳を傾け、目標に向かって行動し、日々成長を感じること。この方法こそが、人を幸せにする唯一の道なのだとわかった。

    以前の私は、ネガティブな思考でいつも頭の中がパンク状態だった。しかし学びと実践を繰り返すうちに、少しずつそのモヤモヤが解消され、心に「思考の余白」が生まれてきた。

    その余白こそが、新しいアイデアが生まれたり、予期せぬ発見があったりする大切なスペースなのだ。だからこそ、「思考の余白」を持つことで、私たちはもっと広い視野で物事を捉えられるようになる。感情に無鉄砲に反応するのではなく、一呼吸置いて、より賢い選択をすることができるようになるのだ。


    このブログでは、昔の私のように「変わりたいのに変われない」と悩んでいたり、自信を持てずにいる人へ、私の実体験から見つけた「思考法」や「行動のヒント」をシェアしていきたい。

    脳科学に基づいた思考の整理術、幸せを感じられる小さな習慣、そしてモチベーションを継続する方法。これらの知識が、あなたの人生をデザインしていく上での、ガイドラインになれたら最高に嬉しい。

    いくつになっても遅くはない。 変われる方法は、たくさんあるから大丈夫。

    未来は、あなた次第でまだまだ広がっていく。その先に広がる世界は、きっと想像以上に素晴らしい。自分を信じるという軸に基づき、幸せを感じ続けられるような毎日を歩んでいくことができるだろう。その軸を裏付ける仕組みをこのブログで発信していく。ぜひ、これからのあなたの成長へと役立ててほしい。

    vol.07 受動的な時間からの脱却:「内発的動機」で人生の主導権を握る
    vol.07 受動的な時間からの脱却:「内発的動機」で人生の主導権を握る 1024 1024 HAKU

    私には、年の離れた姉がいる。大学を卒業するまでの間、私の人生は姉が監修・仕切っていた。

    姉は、両親よりも私の進路に対して現実的で、影響力のある存在だった。やりたいことも夢もなかった私にとって、自分で道を切り開くより、姉の言う通りに進路をなぞる方が確実で安全だった。

    そして何より、そう選択する方が悩まずに済む、一番「楽」な方法だったのだ。

    大学に入るまではよかった。ドラえもん的存在から守られ、のび太のように特に努力せずに生きてこられた。しかし、大学3年生頃から周囲の様子が変わり始めていた。同じ年の子は就職活動のため、スーツ姿で授業を受けたり、キャンパスへ来たりしていたのだが、それに気づいても私は全く焦ることもなく、勉強した記憶がほとんどないほど遊び倒していた。

    結局、なんとなく時間は過ぎ、就職どころか「そもそも無事に卒業できるのか?」という切実な問題に直面した。4年の秋頃からやっと焦り始め、結果毎日卒論に追われることになった。

    家族依存と虚無感:外部のレールに乗った23年間

    そんな私を見ていても、姉は「就活どうするの?」とは言わなかった。それどころか私の家族は、私だけ過保護に育てながらも、当時最も重要だった人生の岐路(就職)には一切口出しをしないという、極めて矛盾したスタイルだった。

    父は末っ子の私をすごく可愛がっていたので、手元におきたかったのだろう。卒論が終わり、気だるそうにパソコンで求人サイトを検索する私を見て、「HAKUは就職しないで家にいたらいいんじゃないか」と父から言われた。「それはさすがにマズイだろう」と、逆にこっちがドン引きし、焦るきっかけになったのを今でも覚えている。専業主婦の母は、なぜだろう。就活には全く関与してこなかった。

    そんな中、祖父がICUに入るほど身体を悪くし、入院退院を繰り返していた。家族の話し合いの末、我が家で最期を過ごすことが決まり、祖父、両親、私、姉との五人暮らしが始まった。

    私は祖父が大好きで、幼い頃からとても懐いていた。夏休みに従兄弟が遊びに来ていても、祖父から一番愛されているのは私だと信じていた。小学生の頃、姉の前でわざと祖父に「お姉ちゃんと私、どっちが好き?」と聞くような性格の悪い妹だったのだが、姉に気を遣いながらも「HAKUが一番だなぁ」とビールを片手に照れながら言ってくれる祖父の姿が大好きだった。

    そんな祖父があと数ヶ月しか生きられないということを母から伝えられ、就活がさらにどうでも良いものとなり、考えることを完全にやめた。できる限り祖父の近くにいたかったのだ。同時に、祖父が家にいる限り、まだ自由が手に入るとさえ思っていた節があった。

    覚醒の瞬間:内発的衝動が人生の転機を作る

    姉としては、妹がこのまま何もしないのはまずいと思っていたのだろう。中途採用に有利になるようにと、IT系のスクールを探してくれた。もちろん私は行きたいわけではなかったのだが、面接で「卒業後は何をしていましたか?」と聞かれた場合、答えに窮してばつが悪いことはわかっていた。そのため、姉から提案された時はすんなり言うことを聞き、当然お金も出してもらった。だが、真剣に勉強していたかと言うと、全くしていなかったのは言うまでもない。

    祖父が他界したあとに、「この会社に入って仕事したい!」と強く惹かれる求人を1件見つけた。勤務場所は東京だ。受けるなら引っ越しせざるを得ない。実家暮らしで、社会に出て働いたこともない私には、想像もできない未来だった。

    「さて、どうする?」ここから私の人生は一変する。

    求人へ応募する前に、両親と姉を説得するという最大の難関が待っていた。「どうしてもここじゃなきゃ嫌だ、ここで働くためならなんだってやる!」と、その情熱を、履歴書ではなく、まず家族に訴えるところから就活を始めたのだった。

    今でも覚えている。心惹かれた瞬間の、心臓がバクバクする感覚を。生まれて初めて湧き上がった「内発的な衝動」が、私を「受動的なレール」から引きずり出した瞬間だった。

    私はこの時、「内発的動機」に突き動かされていたことを、歳を重ねて初めて理解した。行動してきた中で読んだ、沢山の本の知識を得て初めて、あの時の突き動かされるような衝動が何だったのか、今では明確に言語化できるようになった。

    ドーパミンの真実:受動的な時間は脳を殺す

    内発的動機とは、「やりたい」「面白い」「好き」という、自分の内側から生まれるやる気のことだ。外発的動機とは、「親や上司に褒められるから」といった外部からの働きかけによって湧き出てくるやる気のことである。

    学生時代まで、私は「外発的動機」でしか物事に取り組んでこなかった。やりたいこともなく、言われたことをその通りにする方が楽だったからだ。しかし、生まれて初めて、自分の中から湧き出て、溢れてとまらないほどやってみたい仕事を見つけた。

    結果的に内定をもらい、家族の協力のもと東京に引っ越せた。全てうまくいくような流れを作れたのは、自分から生まれた「内発的動機」が大きかったからだ。一番行きたい会社に就職が決まったことも嬉しかったが、それ以上に、姉の言うことよりも自分のしたいことを初めて優先できた体験が、ものすごく大きな付加価値となった。

    それまでの、家族のいうことを聞いているだけの状態は、本当の意味で生きていない受動的な時間だった。やりたいこともなく、大事な時間をただ溶かしていた頃は、身体は動かせているのに、脳は死んでいるような状態だったのではないだろうか。

    星 友啓氏の「全米トップ校が教える自己肯定感の育て方」という本には、成績や他人の評価、お金やステータスといった外発的報酬は内発的満足度とは対照的で、おまけの報酬にすぎないと書かれていた。これらは短期的には強いが、長期的に依存していると心身ともに悪影響を及ぼすそうだ。

    内発的動機による行動は、ドーパミンを内側から持続的に分泌させ、フロー状態(集中しているが時間が経つのを忘れる状態)を生み出す。一方、外発的動機は、ストレスホルモンであるコルチゾールを伴うため、疲弊しやすく、長続きしない。遊んでドーパミンは出ていたものの、すぐに消えてしまい持続しなかったことが、私が学生時代に感じた虚無感の正体であり、ドーパミンの枯渇だったと言える。

    行動変容の鍵:あなたのやる気は、外から?中から?

    もしやりたいことがわからない人や、今の状態が合っているかわからない人は、一度立ち止まって考えてみてほしい。その物事に対するやる気が、「内発的動機」か「外発的動機」かを見つめ直してみるといい。

    「親に言われたから」「世間体が良いから」といった外発的動機で動いている限り、あなたの人生の主導権は他人にある。

    親や周りにはちょっと理解されないかもしれないが、「これをやってる時が最高に楽しい!」という感情こそが、あなたの人生を動かす真の内発的動機となる。自己分析を通じて、様々な気づきを得るだろう。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。 アメリカの哲学者ラルフ・ワルド・エマーソンが遺した言葉だ。

    「最も大事なことは、自分の心の声に耳を傾け、その声に従って生きることだ。」

    あなたの内側から湧き出る「やりたいこと」は、一体何だろうか。その炎こそが、人生の困難を乗り越える確かなエネルギー源となるだろう。

    Vol.08 「幸せ」を掴む習慣化の鍵:ウェルビーイングをイシューにするメタ認知術
    Vol.08 「幸せ」を掴む習慣化の鍵:ウェルビーイングをイシューにするメタ認知術 1024 1024 HAKU

    子供を育てていると、「自分」という存在が希薄になる瞬間がある。

    自分が何をしたいのか分からなくなるのではない。日々の忙しさに追われすぎて、その問い自体を心の奥底に埋めてしまっていた状態だった。たとえ時間があったとしても、お酒やスマホに流されて、その問いに向き合うことを拒否する始末。あの頃の私には、問題に向き合うための余裕も、それを許す心の余白も全くなかったのだ。

    母としてではなく、「私」として使える考える時間が欲しかった。

    しかし、1人になる時間があって考えたとしても、結局自分の幸せが何かわからない。何を目的に生きるのかが見えていない間は、何をやっても面白いと感じられず、多くの時間と労力を無駄にしていた。

    ただ頑張るのではなく、どこを目的に、何から始めるかをその都度考えなければいけない。これは、何が大切かもわからなかった私が、唯一無意識のなかで作り出していた行動の鉄則だった。

    メタ認知が導く:「私」の人生の目的

    そんな学びの渦中に、私は二冊の重要な本に出会った。安宅 和人氏の『イシューからはじめよ』では、本当に取り組むべき課題を見極める力(イシュー)の重要性を知った。また、岡崎 かつひろ氏の『お金に困らない人が学んでいること』からは、知識はアウトプットすることで記憶効率が上がり、人に見られると行動が加速することを学んだ。

    ノートに書き写している最中、この二つの知識が結びつき、私はパッと手を止めた。

    「そのために何に取り組むべきなのか?」「今までのやり方と、これから私がすることは何が違うのか?」この二つの問いを深く、何度も繰り返し紙に書き出した。

    そして、今までのノートを読み返し、自分は何を求めて行動を続けていたのか、それが誰の役に立つのかを自問自答し続け、一つの結論にたどり着いたのだ。

    最高の課題(イシュー)の発見とウェルビーイング

    沢山の本を読み進めた結果、「人は、常に幸せな状態を求めている」という真理にたどり着いた。そして、この真実を誰よりも切実に必要とし、行動していた私は、自分の人生の究極のイシュー(取り組むべき課題)として設定したのだ。

    これは、まさに時代が求めるウェルビーイング的生き方と言える。ウェルビーイングという「幸せ」の定義は、単に一時的な喜びではない。心身ともに健康で、人間関係が良好であること。自分の人生に意味や目的を感じ、目標に向かって成長できる、といった持続的な状態を指す。

    私自身の行動と学びを共有することで、ネガティブな状態から抜け出し、ウェルビーイングという持続的な幸せを、他の人でも掴めると私は信じている。このブログは、その信念と全ての想いを込めて行動を発信していくための決意表明なのだ。

    幸福度ランキングが示す「イシュー設定」の必要性

    World Happiness Report(世界幸福度報告書)という調査がある。これは、GDP、健康寿命、社会的支援、自由度、寛大さ、そして腐敗の認識といった要素を考慮して幸福度を算出している。2025年の調査で、日本の幸福度ランキングは147カ国中55位。前年よりも4ランク下落している。さらに、G7の中では最下位だという。経済的に豊かで治安も安定している一方で、精神的な幸福度が低いという事実に、私は驚きを隠せなかった。

    私たちは今すぐにでも立ち止まって、自分自身の幸せについて真剣に考えるべき時なのだ。「イシューからはじめよ」という問いかけは、もはや個人的な成長目標ではなく、国民的な課題だと捉える方が賢明なのかもしれない。

    習慣化と行動:幸せを創造する鍵

    「自分は今、常に幸せな状態だ」と心から思える人が増えれば、この世界はより良くなるはず。

    そのために私はこのイシューを言葉にし、毎日行動し続けなければならないと感じている。それは、個人の幸福追求にとどまらず、より良い社会を創るための静かなる挑戦なのだ。そして、この方法は誰にでも始めることができる。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。 これは、精神科医ヴィクトール・フランクルが遺した言葉だ。

    「ただ願うだけではだめだ。行動し、その行動に意味を与えることこそが、幸せの鍵だ。」

    あなたの行動こそが、あなたの人生を定義する。その一歩に意味を見出し、幸せな状態でいられるよう行動し続けよう。あなたが今日得たこの知識は、もう誰にも奪えない。あなたの人生は、今、あなたがどんな行動をとるかという「日々の行動の積み重ね」で決まるのだ。

    vol.09「バカ」コンプレックスを「無知」で克服する自己肯定感の育て方
    vol.09「バカ」コンプレックスを「無知」で克服する自己肯定感の育て方 1024 1024 HAKU

    これまで私は、「自分は頭が悪い」というコンプレックスを抱えて生きてきた。
    幸いにも恵まれた環境で生きてこられたが、仕事で壁にぶつかるたびにその失敗を「私の能力のせいだ」と決めつけていた。だが、ある本を読んでその考えは大きく変わった。

    その本とは、いかにもなタイトルの一冊。橘 玲氏の『バカと無知』だ。内容は、バカの思考や行動を辛辣な言葉で書かれており、ページを開くたびにショックを受けながらも、どこか自分を重ねて読み進めていった。

    読んで気づいたのは、私はバカなのではなく、ただ「無知」だったかもしれないということだ。この発見が、私に大きな安堵をもたらした。かつての私は、自分がバカであることを知られるのが怖くて、本に書いてあるように、自分を必要以上に大きく見せようとしていた。小学生の頃から「HAKUは真面目な子」と周りに言われ続けたそのイメージを、崩さないよう必死に生きてきたのだ。しかし内側では自分の弱さを理解している、惨めな自分も存在していた。

    内面と外面のバランスを取るために、私は「学び」という選択を決めた。

    「バカ」と「無知」の境界線と自己肯定

    「失敗は悪いことではない」というマインドを、常に持ち続けた。
    うまくいかないことや、自分自身に嫌気がさすことはたくさんあったけれど、「失敗は成功への糧」と何度も心の中で繰り返した。なぜなら、知識や経験がないことは、決して恥ずかしいことではないからだ。

    知識が無いことを自覚し、そこから学ぼうとする行動こそが大切なのだ。その行動が、結果的に成長と幸せに繋がっていく。私は、今まで数えきれないほどの失敗を経験してきた。その都度、学び、成長しようと試みてきたからこそ、今の自分がいる。自分の強さとは、完璧さで測るのではなく、無知であることを認め、そこから学ぼうとする力にあるのだ。

    失敗を恐れない「成長マインドセット」への切り替え

    この考え方は、私の子供との関係にも影響を与えた。
    うまくいかないことがあっても、私は子供に、失敗は成功への糧であることを繰り返し教えた。すると、子供は「そっか」というような顔で失敗を受け止め、前向きな姿勢を見せるようになった。

    大人になっても、日々失敗する。かつての私もそうだった。

    うまくできないことを頭のせいにするのではなく、失敗を成功に繋がる糧だと思考を変える必要がある。この変化は、心理学でいう「成長マインドセット」に切り替わったことを意味する。知能は固定されたものではなく、努力で伸びると信じることで、失敗は「能力の証明」ではなく「学習の機会」となる。現実は見えている。その現実を変えるために、日々勉強をして知識を補充している。その結果、人生はより豊かになっていくことを知ったのだ。

    無知を楽しむ:行動と習慣化の連鎖

    無知な自分を認めたことで、私は人よりも多くの事を喜べるようになった。新しい知識を得るたびに、世界が広がるような感覚がある。それは、まるで分厚い霧が晴れて、目の前に広大な景色が広がるような体験だ。何かを新しく学ぶことは、いつでも、何度でも、私たちをワクワクさせてくれる。その小さな喜びこそが、行動を続けるための最大のエネルギーなのだ。

    この「学ぶ喜び」は、ドーパミンを分泌させ、次の学習行動を促す。さらに、ブログなどで学んだことをアウトプットする行為は、記憶の定着を強固にし、自己成長を加速させる。無知の領域を広げ、それを探求する行動の連鎖こそが、人生を豊かにする鍵となる。

    無知の知の肯定がもたらす人生の変革

    もしかしたら、あなたも自分を「バカ」だと決めつけていないだろうか?
    そうだとしたら、まずその考えを手放してみてほしい。あなたはただ、まだ知らないことが多いだけなのかもしれない。その無知を恥じるのではなく、むしろ探求すべき新領域として捉えてみてはどうだろうか。

    無知は決して悪いことじゃない。
    自分の無知を認め、学び続ける。そのシンプルな行動こそが、無限の可能性と自由を与えてくれる、人生の最高の財産なのだ。そして、その財産を増やすたびに、あなたはより多くの喜びと感動を味わうことになる。学びは、私たちに無限の可能性と自由を与えてくれることを再確認できた。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    これは、現代科学哲学者カール・ポパーが遺した言葉だ。

    「学べば学ぶほど、自分の無知を知る。」

    自分の「無知」を自覚すること。それこそが、コンプレックスを自信に変え、人生の舵を握るためのスタートラインだ。その探求心こそが、あなたの人生に無限の知識という光を与えてくれるだろう。

    vol.10 「ワーキングマザーの習慣化」現状維持の壁を破る短期集中の行動哲学
    vol.10 「ワーキングマザーの習慣化」現状維持の壁を破る短期集中の行動哲学 1024 1024 HAKU

    私は今、「ゼロ100思考」という自らの特性と向き合っている。
    産後、2つの資格(当時働いていた職場で活かせる植物系の資格と、今の仕事で使う医療系の資格)を取得したのだが、その過程は常に極端だった。

    「ゆっくりマイペースで勉強しよう」なんて考えは全くない。
    目標は最短での取得。取れないならやらない。取れないかもしれないなんて、そもそも考えない。やるからには必ず合格してみせる。そんな私を見て、夫がよく言うツッコミを思い出す。「また出たよ、ゼロ100思考!」。それでいい。ゼロだろうがヒャクだろうが、短期間で集中して挑まねば、資格取得は不可能なものだと私は理解できている。

    なぜ「短期」という言葉に、こんなに魂を燃やす必要があるのか?
    それは私のライフスタイルに密接に関わっている。

    ワーキングマザーとホメオスタシスの壁

    今は子育て中の身で、とにかく時間がない。
    子供が少し手を離れたかなと思っても、全くそんなことはない。

    子供が「怖い夢を見た」と夜中にグズグズしながら起きた時に、その理不尽な理由で起こされるのは毎回私で(夫は別室で寝ている。それを望んだのは私だが、腹が立つ)、学校で食べるお弁当を、朝早く起きて仕事に行く前に作るのも私なのだ(夫も学校の連絡アプリを入れているけど、お弁当の日さえ知らない)。

    色んな理由で起きる日々のタスクが多すぎて、自分のやりたいことを実行する為に使える時間が圧倒的に足りないのである。仕事で使える取得したいスキルという「正当な理由」があったとしても、自分の時間を増やすのは本当に難しい。

    おそらく、行動する前にホメオスタシスも全力で働いていたのだろう。

    そんな時、会ったこともない地獄の閻魔様に、こんな風に凄まれるのを想像してしまう。

    「では2ヶ月以内に資格を取得できるのであれば、勉強をスタートさせなさい。ただし仕事や家事、休日の家族とのお出かけも今まで通りやった上で、その隙間で時間を作れるのであればやってみなさい。あなたがやりたいことなので、家族を犠牲にしてまで時間を作ろうなどと思わないように。期間内に資格を取得できなければ…..あなたの舌を抜きますよ?」

    閻魔が舌を抜くなんて、あまりにも非現実的な妄想に「はい、承知いたしました…」とドキドキしながら、目を合わせず答える私がいる。完全に妄想の中での話なのだが、ある意味現実的でもある。

    とにかく時間がない中で、短期間で集中することが求められる。
    そしてその行動を、なぜやらなければいけないのか、家族に説明する必要も出てくる。「資格の勉強をしてくるから、図書館に行ってくる。これは仕事で使う大事な資格だから、勉強が終わるまで家には帰れない。その間、子供の世話と家のことよろしく」なんて、思っても口が裂けても言えない。あくまで私は「資格を取らせていただく側」なのだ(…なんで?)。

    少し前置きが長くなってしまったが、幸いにも資格は何とか期間内に無事に取り終えた。今回のこと以外にも、子育て中の親(特に母)にとって、「終わりよければ全て良し」としなければ、腑に落ちない問題が山ほどあるのだ。

    短期集中と最少行動量の科学的根拠

    そんな時期を終え、また波がやってきた。
    健康やメンタルに良いと、自己流で始めた運動や筋トレだ。資格取得とは種類が異なり、やった分だけ身になる分野の行動である。

    毎日どんなトレーニングが良くて、何が自分に合うのかを、得意の短期集中ルートで探し続けた。パーソナルに通っていたわけではないので、メニュー作りには一番苦労した。教科書のない問題を解くのは初めてだったので、何が正解か全くわからなかった。

    プロからすると、1ヶ月で効果が出るものなどないし、そもそもそんな考え方はやめた方がいいと言われるかもしれないが、こんな科学的データもある。

    早稲田大学などの研究でわかったのは、わずか40秒間だけでも、全力で動くトレーニングをすれば、全身の筋肉が大きく活動し、十分な効果を生む「最少の時間」があるということだ(出典)。また、筋トレ初心者は、筋肉が刺激に慣れていない分、短期間で効果が出やすいことも知られている。私は独断と偏見を可能な限り使い、とにかくやってみた。

    その中で1週間で効果がでたものがあった。それは冨永愛さんのカエル脚腹筋だ。最初は辛かったが、数日で効果が出たのでモチベーションが上がり、毎日続けることができた。それ以外のトレーニングで1ヶ月間効果が出なかったものは切り捨て、ジムのトレーナーがお勧めするものなど、信憑性のある人の発信で本当に効きそうなものだけを試し続けた。

    自分だけの最短ルートメニューを作り、毎月メニューの見直しと更新を行い続けた結果、3ヶ月で友人や家族から「痩せたね」と言われるほど、ボディラインが変わっていた。

    成長マインドセット:失敗を恐れない軌道修正

    牛尾 剛氏の『世界一流エンジニアの思考法』という本には、「検討するより早く失敗した方がいい」と書かれている。挑戦→失敗→振り返り→修正。このサイクルが早いほど価値があるようだ。私も渦中はこの考え方だった。まず、身体機能的にこのトレーニングができるかどうか、試すところから始めた。身体の変化に出にくいものは切り捨て、何が悪かったのかフィードバックし、トレーニングメニューを修正する。

    安全を考慮しつつ、私は筋トレの内容を妥協せず、成果に繋がることだけをやりたかった。なぜなら、できるものだけを何となく続けるのは意味がないと思っていたからだ。

    ちなみに参考にしなかったのは、妊娠中の体重を含めたであろう「⚪︎ヶ月で20kg減量」という発信だ。出産経験がある私からすれば、妊娠前の体重ではなく、子供がお腹にいる状態の増加分まで含めた数字を基準として成果とするのは、フェアではない。そうした信憑性に欠ける発信は、意識的にシャットアウトしていた。

    何を考え、どれを参考にするかは人それぞれだが、正しい情報を選び、適度にフィードバックして修正していく。これも継続する上で必要な考え方だと私は思う。

    継続の本質:行動哲学と自己肯定感

    筋トレを習慣化する上で大切なのは、まず負荷をかけず行動すること。
    そして、どんなに小さくても身体の変化を見つけること。その繰り返しが、やがて確かな自信となる。できないものに執着しなくてもいい。自分で決めた期間内に効果がないなら手放してもいい。

    私の行動がすべて正解だとは思わないが、間違ったやり方を何ヶ月も続けるよりも潔いのではないだろうか。短期間で集中してやる資格取得のためではないので、間違っていたなと思ったらすぐに軌道修正ができるのが、筋トレを含め、体を動かす運動が持つ最大のメリットだと思う。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    これは、イギリスの自然科学者、チャールズ・ダーウィンが遺した言葉だ。

    「強いものが生き残るのではない。変化できるものが生き残るのだ。」

    このダーウィンの言葉こそ、あなたの短期集中・軌道修正の哲学を最もよく表している。変化を恐れず、常に実験を繰り返す行動が、人生の答えを導くのだ。積み重ねられた行動データこそが、誰にも奪われない自信となる。

    vol.17 朝活の習慣化 : 夜更かし依存を断ち切る「脳のゴールデンタイム」活用術
    vol.17 朝活の習慣化 : 夜更かし依存を断ち切る「脳のゴールデンタイム」活用術 150 150 HAKU


    目次


    「毎日をどう幸せに過ごすか。それは、夜の過ごし方が重要だ。」
    いまの生活に変わる前、私はずっとそう思っていた。

    休みの日は、お酒を飲みながら夜更かしをしたいところだが、子供はいつもの時間に寝かしつけていた。そのため19時59分まで飲めるだけワインを飲み、20時になったら寝る支度を始めていた。

    まだまだ飲みたい気持ちをグッと我慢して、21時頃ようやく子供と寝るのだが、たいてい真夜中に目が覚めてしまう。トイレに行きたくて時計を見ると、まだ深夜だ。用を足し、そのまま眠ってしまえばいいものを、眠気まなこでここぞとばかりにNetflixを再生する。 「やっと自分の時間が取れた」という、ささやかな満足感と引き換えに、明け方また浅い眠りにつく。 そんな週末を、私はずっと繰り返していた。

    朝早くに起きた子供に無理やり起こされ、3時間ほどの睡眠で朝ご飯を作り、洗濯物を回す。寝不足でイライラしながら、いつまでたっても起きる気配のない夫を起こし交代する。今度は私が休む番だと仮眠を取り始めるのだが、結局昼近くまで寝てしまい、せっかくの休日が台無しになる。そんなことが度々あった。

    今ならわかる。その日が幸せだと感じるかどうかは、休みだからと夜の生活をだらだらするのではなく、すべて朝の過ごし方で決まるのだ。

    朝活の秘訣:時間の優先順位を変えるだけ

    私は運動する時間を最優先にし、次に朝の勉強と家族との時間を大切にするようになった。とはいえ、自分の時間は、家族が起きる前の朝にしか捻出できない。そこで私は、休日であっても夜21時までには寝て、朝早く起きてランニングと勉強をする生活を行動に移した。

    この転換を可能にしたのは、夜活のデメリットと朝活のメリットを、脳科学の視点から理解したからだった。

    脳のゴールデンタイムを制するメリット

    「朝の2〜3時間は脳のゴールデンタイム」

    「朝の1時間は夜の3時間に匹敵する」

    これは多くの人が知っている情報かもしれないけれど、実際にやってみると本当にその通りだと実感できる。朝の2時間でやりたいことを全部やると、満足感と達成感が同時に得られた。

    これに対し、夜に自分の時間を確保しようとすると、子供がなかなか寝なかったり、夫の帰りが遅かったりするだけで、家族と過ごす最中に「私だってやりたいことがあるのに」とイライラしてしまうことになる。しかし、朝にすべてを済ませてしまえば、そうした感情は意外と湧かないものだと気づいてしまった。

    朝の時間を確保するには、前日の夜の過ごし方が重要だ。朝6時に起きるためにも、夜更かしは厳禁。お酒を飲む日でも、「夕方18時まで」と時間を区切って決めてしまう。このように、翌日の行動にフォーカスすることで、ついつい飲みすぎて翌朝起きられないという事態を避けることができる。

    次の日の「走る楽しみ」や「勉強をする目的」があるから、理性的になれる。自分のやりたいことを明確にすることで、スムーズに行動を変えられるようになれたのだ。

    思考の余白:朝活が創る自己成長の源泉

    朝型生活のメリットは、単に時間を効率的に使えることだけではない。それは、自分自身と向き合う「思考の余白」を生み出すこと。誰にも邪魔されない静かな時間の中で、自分の好きなことをやる。その時間こそが、私にとっての自己成長の源泉であり、日々のイライラから解放されるための最高の時間にも繋がった。

    自分を満たすことで、周りの人にも優しくできる。それは、自己犠牲の上に成り立つ優しさではなく、自分を大切にした結果として与えられる優しさなのだと気づいた。

    あなたの幸せに繋がる「朝起きる喜び」を見つける

    早起きの目的は人それぞれだ。皆同じことをする必要はない。自己成長や目標達成に繋がるような、朝起きる喜びを見つけてみてほしい。そして、ほんの少しずつでいいから、そのための行動を起こせばいい。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    これは、アメリカの著述家であるベンジャミン・フランクリンが遺した言葉だ。

    「早寝早起きは人を健康に、裕福に、賢明にする。」

    朝の時間に自己投資をする習慣は、あなたの未来の時間を生み出す。
    今日の夜から、ほんの少し早く寝ることから始めてみよう。

    vol.19 「ドーパミン耐性」をリセット!習慣化に効く制限の行動経済学
    vol.19 「ドーパミン耐性」をリセット!習慣化に効く制限の行動経済学 150 150 HAKU


    目次


    お酒を平日飲まなくなってから、今まで遠ざかっていた「コンビニスイーツ」にドハマりすることになった。

    職場の甘党スタッフに勧められて購入したそのスイーツは、コンビニのものとは思えないほどの美味しさに、スイーツ歴が浅い私はすぐに虜になってしまった。毎日仕事帰りにコンビニへ寄って買って帰るほどハマっていたことから、食後のスイーツ習慣が何日も連続で続いていることに気づき、ふと冷蔵庫を開けながら立ち止まって考えた。

    「筋トレをしているのは、食後に食べるスイーツを正当化するためなのか?それとも、明日も食べたいという欲求が、筋トレの動機なのか?」と、疑問が湧いた。このドーパミン依存へ向けて神経が連携しかけていることに気づいた瞬間、かなり強い焦りを感じたのだった。

    スイーツとアルコール依存:ドーパミン耐性の正体

    ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学など、世界の一流研究機関による研究によると、砂糖や高脂肪食品を多く含む超加工食品は、コカインやニコチンといった依存性薬物と同じように、脳の「報酬系」を直接的に刺激し、ドーパミンを大量に放出させることがわかっている。(参照)ドーパミンが頻繁に大量に分泌される状態が続くと、脳は次第にその刺激に慣れてしまう。これが「耐性」と呼ばれる現象で、依存症のメカニズムになる。この耐性をリセットするために、意図的な制限が有効なのだ。

    そのため私は、お酒と同じように「週2回限定」という枠を設けた。 平日は、比較的ゆっくりと自分を甘やかせる水曜日を。あとは、土日のどちらか。それでも甘いものが食べたい時は、オールブランと豆乳、きなことバナナのヨーグルト、ドン・キホーテの焼き芋といった、腸に良い代替の食べ物を選ぶようにした。

    行動経済学の応用:「制限」がもたらす幸福度アップ

    週に2回のスイーツデーの日は、「今週はローソンの〇〇が絶対に食べたい!」と思うようになった。この制限のおかげで、私の場合本当に食べたいものが明確になっていった。お得だからや期間限定だからとスイーツを買うのではなく、その日本当に食べたいものだけを買うようにした。そうすると、毎日食べなくても満足できるようになっていった。

    習慣化の進化:固定ルールから柔軟な継続へ

    スイーツデーを設定して3ヶ月。 そのリズムが日常に馴染んできた頃、私はあえて、そのルールを廃止することにした。 なぜなら、「食べられる日に食べておかなきゃ」という、強迫観念に近い思考が生まれ始めていたからだ。食べたくないにもかかわらず、スイーツデーだからとチョコやポテチを食べることが何度かあり、この状況に違和感を感じていた。

    自制できるようになっていたため、思い切ってスイーツデーを廃止してみた結果、正解だった。今では曜日に関係なく、食べたい日に食べている。その理由は、すでに習慣が身についているため、毎日食べることはないからだ。曜日による縛りはなくなったが、回数ルール(週2回まで)は継続している。習慣化のおかげで、週に1回程度で済むこともあれば、全く食べない週もある。

    このように、自分で決めたルールが、無理なく生活を楽しむ自由を生んだ。

    メタ認知で依存を克服し、人生をデザインする

    ルールを決めて制限して、毎回フィードバックする。

    「あの日は食べたくなかったのに、スイーツデーだからと言って食べてしまった」とか「金曜日に飲み会を入れてしまったので、土日のどちらか筋トレしよう」など、気になることやいつもと違う行動を取った日は、必ず手帳に書き込むようにすると改善点に気づける。

    スイーツもアルコールも、依存性がかなり高い。どちらも自分にとって「悪」とは決めつけず、回数を制限しながら、食べたいタイミングでスイーツを楽しみ、飲みの予定を入れたのなら、その日はめいいっぱい楽しむことが大切だとわかったのだ。「絶対ダメ」という極端な思考はストレスが高く、結果悪循環になるきっかけになってしまう。

    ストレスが爆発した後、自分がどうなるか容易に想像がつくだろう。

    事後の感情をベースに考えて、制限しながら楽しむことが大切だ。その行動は、しばらくすると自分の中で定着し、やがて制限がなくても継続できるようになる。この継続が、自分をコントロールできているという実感へと変わり、自信へと繋がる。あとはドーパミンとうまく付き合いながら、楽しんでいけばいい。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    それは、ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェが遺した、こんな言葉だ。

    「我々が下す判断は、それが正しかろうと間違っていようと、そのつど自分自身を言い含めているにすぎない。」

    スイーツもアルコールも、それを良いか悪いか判断するのはあなた自身だ。
    依存してしまう自分を責めるのではなく、その仕組みを理解し、自分の「欲求」をコントロールできる力を身につけよう。