• ネガティブな感情に悩んでいませんか?ブログ「思考の余白」では、脳科学や心理学の知識をヒントに、小さな習慣で自分を好きになる思考法を発信しています。

    怒り

    Vol.01 プロローグ : 思考の余白
    Vol.01 プロローグ : 思考の余白 1024 1024 HAKU

    ※このブログは、2025年2月から私が自分を変えようと必死に向き合っていた時期のリアルな行動記録です。 自己肯定感は高いのに超ネガティブ思考という矛盾を抱えたまま、過去を振り返り試行錯誤しているため、話が急に小学生の記憶に飛んだりすることもあります。それも一つのリアルとして、楽しんでいただけたら嬉しいです。


    「最近幸せそうな人を見ると、その幸せを壊したくなるんだよね」

    この話を初めて友人にしたのは、確か2月の、暗く寒い日だった。
    その日は仕事が休みだったにもかかわらず、夜明けから腹痛で目が覚めてしまうほど体調が悪かった。なんとか朝のルーティンをこなし、子供を学校に送り出した後、胃の辺りをさすりながら近所の内科へと向かった。

    胃腸炎と診断され、薬を処方されたが痛みは一向に治まらない。
    原因が分からず、ただひたすらに前日の行動を振り返っていた。食事が原因じゃなかったとしたら、精神的なものかもしれない。そう思い、この数ヶ月の自分を改めて客観的に振り返ってみると、夫や仕事、子育てなど、身の回りのあらゆることに常にイライラしていたことに気づいた。


    毎日怒りに支配され、それを発散する何かを探している状態だった私は、自分自身に意識を向ける余裕なんて1ミリもなかった。

    そんな中、突然の激しい腹痛で、誰かの助けを借りなければいけないほど心細い状態になってしまった。ソファに横になりながら何となくLINEの友だちリストを眺め、子供がいない空間でゆっくり喋りたくて、一番仲の良い友人に電話をしていた。

    2時間ほど話しただろうか。会話の中で、私は冒頭の言葉を友人に言った。すると、彼女は静かにこう言った。

    「それって、幸せじゃない人が思うことだよ。」

    例えるならば、胃の痛いところにプロレスラーからエルボーを食らった感覚だ。「え?どういうこと?それヤバくない?」と、笑いながら精一杯のツッコミを入れたが、内心ものすごいショックを受けた。なにせ、20年来の付き合いで、どんな時も私の幸せを心から願ってくれるような彼女が、わざわざ残してくれた大切な言葉だ。

    その言葉は、そのままの意味だとわかっていた。この強烈なパワーワードが胸に突き刺さり、窓から見える晴れた空が、一瞬にして土砂降りになりそうな雲の色に変わっていくように見えた。

    この話をブログに書いたのは、彼女を悪者にしたいからじゃない。
    むしろ「彼女は私のために悪者になってくれたのだ」と、今この文章を書きながら、自然と涙がこぼれてきた。


    過去の私は、自分自身を信じることができなかった。
    毎日身勝手な感情に振り回され、些細なことでイライラし、周囲の誰かに冷たく当たってばかりいた。原因は自分だとわかっているのに、問題に向き合いたくなくて毎晩のようにアルコールに逃げていた。その結果、自分でも手に負えないほど最低な状態に陥っていた。

    定期的に来る負の感情もあった。仕事も家族も周囲の全て、みんな嫌い。ライフル銃を抱えて、手当たり次第そこら中打ちまくる。怒りが暴走すると、そんな風に周りが敵だらけに見えてしまうのだ。その結果、さらに自己嫌悪を募らせ、自分の首を絞め続けていた。沼にどっぷりハマるというより、浸かった状態で周りの様子をみながら、自分がいつでも戦闘体制になれる準備をしているタチの悪い人間だった。


    最初、友人から言われた言葉の真意が理解できなかった。
    私は周囲から「HAKUはいつもちゃんとしているよね」「しっかりしてるわ」「大したもんだ」と言われて育ってきた。ネガティブな言葉をかけられた経験がなかったため、周りの暖かい目や肯定的な言葉から、何の疑いもなく自分は幸せな人間だと勘違いしていた。しかし、現実はそうではなかったようだ。

    もし「あなたの人生のターニングポイントは?」と聞かれたら….
    鬼の速さで林修さんのモノマネをして「この時でしょ!」と叫ぶだろう。

    彼女の一言をきっかけに、私は心の中で問いかけ始めた。
    「私にとって、本当の幸せって一体何なのだろうか。」

    私の思考や行動が動き始めたのは、まさにこの瞬間からだ。答えのない問題を解き続けるような、正解や出口のない場所にいる夢を見ているようだった。向かう先が全然わからなかったにもかかわらず、不思議と怖くはなかった。


    そこから、私の「幸せ探し」が始まった。
    数ヶ月間、進路に悩む高校生のように、自分に合うものは何かを探し続けた。脳科学、認知行動療法、人間心理に関する動画や本を読みあさって得た知識を、日々の生活で試した。学んだことをノートに書き写したり、小さな目標を立てて達成感を味わうトレーニングも行った。すぐには効果を感じられなかったけれど、継続するうちに、心の景色に少しずつ変化が現れ始めた。

    私はバカなのではなく無知であったことを理解し、自分を責めることをやめた。
    そして、運動が脳に良いことを知り、筋トレやランニングを始めた。
    さらに、ドーパミンの「光と闇」を知り、お酒との付き合い方や考え方を変えた。
    そして、早起きを習慣にして、朝のゴールデンタイムを学びの時間に充てた。

    この小さな行動の一つひとつが、結果として、私自身にとても大きな変化をもたらした。


    約一年間の行動を続けた結果、大切なことに気づいた。世間の基準ではなく、自分の心の声に耳を傾け、目標に向かって行動し、日々成長を感じること。この方法こそが、人を幸せにする唯一の道なのだとわかった。

    以前の私は、ネガティブな思考でいつも頭の中がパンク状態だった。しかし学びと実践を繰り返すうちに、少しずつそのモヤモヤが解消され、心に「思考の余白」が生まれてきた。

    その余白こそが、新しいアイデアが生まれたり、予期せぬ発見があったりする大切なスペースなのだ。だからこそ、「思考の余白」を持つことで、私たちはもっと広い視野で物事を捉えられるようになる。感情に無鉄砲に反応するのではなく、一呼吸置いて、より賢い選択をすることができるようになるのだ。


    このブログでは、昔の私のように「変わりたいのに変われない」と悩んでいたり、自信を持てずにいる人へ、私の実体験から見つけた「思考法」や「行動のヒント」をシェアしていきたい。

    脳科学に基づいた思考の整理術、幸せを感じられる小さな習慣、そしてモチベーションを継続する方法。これらの知識が、あなたの人生をデザインしていく上での、ガイドラインになれたら最高に嬉しい。

    いくつになっても遅くはない。 変われる方法は、たくさんあるから大丈夫。

    未来は、あなた次第でまだまだ広がっていく。その先に広がる世界は、きっと想像以上に素晴らしい。自分を信じるという軸に基づき、幸せを感じ続けられるような毎日を歩んでいくことができるだろう。その軸を裏付ける仕組みをこのブログで発信していく。ぜひ、これからのあなたの成長へと役立ててほしい。

    Vol.04 ドーパミン依存から脱却する脳科学的アプローチ(1)
    Vol.04 ドーパミン依存から脱却する脳科学的アプローチ(1) 1024 1024 HAKU

    運動を始めたら、今度は脳の仕組みに夢中になった。
    アンデシュ・ハンセン氏の『運動脳』『ストレス脳』など、脳科学や神経科学の本を読み漁った。当時はまだ自分に自信が持てず、本の中に答えや救いを探していたからだ。

    過去のダメな自分を肯定したかったわけではない。

    「どうしてあんな状態だったのか?」「なぜあんな行動をとってしまったのか?」その根本的な理由を知りたかった。脳に操られ、目的もなく、毎日同じことの繰り返し。刺激を求めては、ネガティブな方向ばかり向いていた。そんなイライラしていた日々には、特別な理由があるのではないか。

    そう考え始めた頃だった。

    依存のメカニズム:「意志の弱さ」ではない脳の真実

    快楽の報酬を予測するドーパミンは、私たちを簡単に快楽の虜にするホルモンだ。
    食べること、お酒、ゲーム、買い物、ポルノ。これらの行動でドーパミンは簡単に分泌される。そして、それが繰り返されると、その快楽をまた味わいたいと感じ、何度も同じ行動を繰り返すように脳はプログラムされている。

    私の場合は、毎日のお酒によってドーパミンを分泌する神経回路網が、病的なまでに強固に構築されていることに気づいた。依存とは意志の弱さではなく、脳が過学習によって支配された状態なのだ。この制御不能な行動を、当時の私は「自分の意志が弱いせいだ」と思い込んでいた。しかし、それは単なる思い込みだった。この真実に気づくことこそが、長年の自己嫌悪から解放される鍵となった。

    負のスパイラル:報酬がストレスに変わる瞬間

    しかし、お酒を飲めば飲むほどストレスは増えていった。
    お酒を飲んだあとのデメリットが多すぎて、毎日最悪な気分だった。お酒を飲むとトイレの回数が増え、そのたびに睡眠が中断され、質の高い睡眠がとれない。寝不足はコルチゾール(ストレスホルモン)の分泌を促し、翌日のイライラに直結する。

    脳はお酒を「報酬」と記憶しているため、「ストレスを感じる→飲酒」という負のスパイラルを勝手に作り出す。意志の弱さではどうにもならない、脳の仕組みだったのだ。

    依存は、脳が報酬を過剰に学習し、その報酬がない状態を危険と認識することから始まる。お酒を飲んだ後のデメリット(寝不足、イライラ、後悔)を知っていてもやめられないのは、脳が「生存に必要な行動」だと誤って指令を出しているからだったのだ。

    解放の戦略:メタ認知による代替報酬への習慣化

    この仕組みを理解したことで、お酒という誤った報酬を、運動や学習という健全な報酬に代替すればいいとわかった。このメタ認知こそが、行動変革の第一歩となる。

    今ではたまに夫がお酒を買ってきて、冷蔵庫にストックしていても「私はいらない」とスルーできるようになった。この背景には、「脳に操られていた過去の私には戻りたくない」という強い気持ちがあるのはもちろんのことだ。

      運動や朝の学習が、まさにその代替報酬戦略であり、お酒よりも遥かに高いリターンをもたらしてくれた。

    自己肯定感の獲得:支配から自由へ

    過去の私は、意志の弱さを嘆き、自堕落な生活を何年も続けていた。

    しかし、脳の仕組みという論理を知ったことで、自己否定が自己肯定へと反転した。自分を責める必要はない。必要なのは、正しい知識と、脳を再教育するための行動だ。

    「自分はできないダメなやつだ」と諦めてしまうのはまだ早い。自分がとってしまうネガティブな行動に、まず疑問を持とう。これこそがまさにメタ認知のトレーニングとなる。

    (ドーパミン依存から脱却する脳科学的アプローチ(2)へ続く)

    Vol.06「怒りの遺伝」は嘘。BDNFとアンガーマネジメントで感情の連鎖を断つ
    Vol.06「怒りの遺伝」は嘘。BDNFとアンガーマネジメントで感情の連鎖を断つ 1024 1024 HAKU

    実家は5人家族なのだが、母以外は怒りのコントロールが苦手で、すぐに感情を爆発させる人間ばかりだった。私たちはそれを「遺伝だから」「血だから」と割り切り、直そうともしなかった。今でも、私以外の3人はこの考えのままだ。

    そんな環境の中、母は家族から理不尽なイライラをぶつけられても耐える人だった。姉から聞く話によると、感情のままに拳をテーブルに叩きつけるような父に対し、母は言い返すこともなかったようだ。子供の頃から私は、父が仕事のストレスを家の中で発散することや、それによって家族団欒の空気を壊していることに違和感は覚えず、「いつものことだ」と思っていた。

    そして、気づけば家族のその負の感情のバトンを、今は私自身がしっかり握っていた。その「怒りの役割」を今度は自分が担う側になっている。これは最悪な事実だ。

    習慣の呪い:「怒りの遺伝」の正体とBDNF

    脳科学や認知行動療法に関する本を読み進めるうちに、私は意外な真実を発見した。怒りやストレスといった感情は、「遺伝」ではなく、脳の習慣から生まれるというのだ。そして、特に運動にはストレスを抑える効果があり、怒りの暴走を防ぐという事実が判明した。

    アンデシュ・ハンセン氏の『運動脳』は、私の認識を大きく変えた。この本によると、脳の機能は生まれつきのものではない。後天的に変えていくことが可能だというのだ。運動によって、私たちは慢性的なストレスを感じにくくなる。ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌を減らし、気分のムラやうつ状態を改善できる。

    さらに重要なのが、「BDNF(脳由来神経栄養因子)」というタンパク質だ。運動とBDNFの相乗効果は何年も前から注目されており、BDNFは脳の細胞を保護し、新しい細胞の成長を促す。神経細胞のつながりを強化し、細胞の老化を遅らせる効果がある。心拍数を上げる有酸素運動をすることで、このBDNFを大量に分泌させることができる。その結果、気分の落ち込みから自分を守り、うつ病を予防できるのだ。

    アンガーマネジメント:運動がくれる静かで力強い行動

    私はすぐにこの知識を、行動に移すことにした。怒りに支配される前に、怒りから逃げることを選んだのだ。家族に嫌な思いをさせたくない、職場の雰囲気を壊したくない。そして何よりも、これ以上自分で自分を嫌いたくなかった。

    私たち「イライラ組」には、運動習慣ゼロという共通点があった。その事実に気づいた瞬間、頭の中で点と点が繋がった。身体を動かさず、ただじっとしていたことが、怒りの暴走を許していた原因だったのかもしれないと腑に落ちたのだ。

    私は、多幸感をもたらすエンドルフィンと、BDNFを増やすランニングを掛け合わせ、少しずつ行動を重ねていった。ランニングを続けるうちに、走る行為そのものが、本当にストレスホルモンを抑えてくれるように感じた。嫌なことがあっても、走り終わった後は不思議と心が落ち着き、ネガティブな感情が薄れていくのだ。私はこの小さな感覚を大切にし、自らの脳を守るという強い意志を持つことにした。

    ニーチェの教え:遺伝の鎖を断ち切る自己決定

    この個人的な経験は、誰もが直面する課題にも応用できる。自分や周りの人々の行動や感情を、性格や相性のせいと片付けるのではなく、その根本にある脳の仕組みを理解することが重要だ。運動習慣がないことが、怒りやストレスの原因であるように、私たちの行動や感情は特定の習慣の欠如から生まれることが多い。

    ストレスを管理し、自己成長を促すための「運動」を実践できる習慣を身につけること。特に、ストレス解消に特化するなら、新しいスキルを学ぶよりも運動のほうが効果的だ。大切なのは、個人の遺伝や性格を責めることではない。健全な行動習慣を築けるような環境を、自分自身で整えることにある。

    結果、怒りから逃げるためのランニングは、私にとって単なる身体活動ではなかった。それは、長年抱え続けてきた「自分を信じられないこと」や、「遺伝だから」という諦めの思考から逃れるための、静かで力強い行動だった。

    私たちは、生まれ持った脳の構造を変えることはできない。しかし、その「脳の習慣」を知り、意識することで確実に変えていける。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    これは、ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェが遺した言葉だ。

    「自己決定に際しては、他に誰もおらず、代わりの人間がいない、ということを考慮せよ。」

    遺伝や環境のせいだと諦めそうになったら、この言葉を思い出してほしい。私たちが自分を創るのは、与えられたものをどう使うか。その選択の連続なのだ。今日、あなたが何を学び、どう行動するか。その小さな決断こそが、運命の鎖を断ち切る、小さなきっかけとなり、大きな希望に変わる。

    vol.07 受動的な時間からの脱却:「内発的動機」で人生の主導権を握る
    vol.07 受動的な時間からの脱却:「内発的動機」で人生の主導権を握る 1024 1024 HAKU

    私には、年の離れた姉がいる。大学を卒業するまでの間、私の人生は姉が監修・仕切っていた。

    姉は、両親よりも私の進路に対して現実的で、影響力のある存在だった。やりたいことも夢もなかった私にとって、自分で道を切り開くより、姉の言う通りに進路をなぞる方が確実で安全だった。

    そして何より、そう選択する方が悩まずに済む、一番「楽」な方法だったのだ。

    大学に入るまではよかった。ドラえもん的存在から守られ、のび太のように特に努力せずに生きてこられた。しかし、大学3年生頃から周囲の様子が変わり始めていた。同じ年の子は就職活動のため、スーツ姿で授業を受けたり、キャンパスへ来たりしていたのだが、それに気づいても私は全く焦ることもなく、勉強した記憶がほとんどないほど遊び倒していた。

    結局、なんとなく時間は過ぎ、就職どころか「そもそも無事に卒業できるのか?」という切実な問題に直面した。4年の秋頃からやっと焦り始め、結果毎日卒論に追われることになった。

    家族依存と虚無感:外部のレールに乗った23年間

    そんな私を見ていても、姉は「就活どうするの?」とは言わなかった。それどころか私の家族は、私だけ過保護に育てながらも、当時最も重要だった人生の岐路(就職)には一切口出しをしないという、極めて矛盾したスタイルだった。

    父は末っ子の私をすごく可愛がっていたので、手元におきたかったのだろう。卒論が終わり、気だるそうにパソコンで求人サイトを検索する私を見て、「HAKUは就職しないで家にいたらいいんじゃないか」と父から言われた。「それはさすがにマズイだろう」と、逆にこっちがドン引きし、焦るきっかけになったのを今でも覚えている。専業主婦の母は、なぜだろう。就活には全く関与してこなかった。

    そんな中、祖父がICUに入るほど身体を悪くし、入院退院を繰り返していた。家族の話し合いの末、我が家で最期を過ごすことが決まり、祖父、両親、私、姉との五人暮らしが始まった。

    私は祖父が大好きで、幼い頃からとても懐いていた。夏休みに従兄弟が遊びに来ていても、祖父から一番愛されているのは私だと信じていた。小学生の頃、姉の前でわざと祖父に「お姉ちゃんと私、どっちが好き?」と聞くような性格の悪い妹だったのだが、姉に気を遣いながらも「HAKUが一番だなぁ」とビールを片手に照れながら言ってくれる祖父の姿が大好きだった。

    そんな祖父があと数ヶ月しか生きられないということを母から伝えられ、就活がさらにどうでも良いものとなり、考えることを完全にやめた。できる限り祖父の近くにいたかったのだ。同時に、祖父が家にいる限り、まだ自由が手に入るとさえ思っていた節があった。

    覚醒の瞬間:内発的衝動が人生の転機を作る

    姉としては、妹がこのまま何もしないのはまずいと思っていたのだろう。中途採用に有利になるようにと、IT系のスクールを探してくれた。もちろん私は行きたいわけではなかったのだが、面接で「卒業後は何をしていましたか?」と聞かれた場合、答えに窮してばつが悪いことはわかっていた。そのため、姉から提案された時はすんなり言うことを聞き、当然お金も出してもらった。だが、真剣に勉強していたかと言うと、全くしていなかったのは言うまでもない。

    祖父が他界したあとに、「この会社に入って仕事したい!」と強く惹かれる求人を1件見つけた。勤務場所は東京だ。受けるなら引っ越しせざるを得ない。実家暮らしで、社会に出て働いたこともない私には、想像もできない未来だった。

    「さて、どうする?」ここから私の人生は一変する。

    求人へ応募する前に、両親と姉を説得するという最大の難関が待っていた。「どうしてもここじゃなきゃ嫌だ、ここで働くためならなんだってやる!」と、その情熱を、履歴書ではなく、まず家族に訴えるところから就活を始めたのだった。

    今でも覚えている。心惹かれた瞬間の、心臓がバクバクする感覚を。生まれて初めて湧き上がった「内発的な衝動」が、私を「受動的なレール」から引きずり出した瞬間だった。

    私はこの時、「内発的動機」に突き動かされていたことを、歳を重ねて初めて理解した。行動してきた中で読んだ、沢山の本の知識を得て初めて、あの時の突き動かされるような衝動が何だったのか、今では明確に言語化できるようになった。

    ドーパミンの真実:受動的な時間は脳を殺す

    内発的動機とは、「やりたい」「面白い」「好き」という、自分の内側から生まれるやる気のことだ。外発的動機とは、「親や上司に褒められるから」といった外部からの働きかけによって湧き出てくるやる気のことである。

    学生時代まで、私は「外発的動機」でしか物事に取り組んでこなかった。やりたいこともなく、言われたことをその通りにする方が楽だったからだ。しかし、生まれて初めて、自分の中から湧き出て、溢れてとまらないほどやってみたい仕事を見つけた。

    結果的に内定をもらい、家族の協力のもと東京に引っ越せた。全てうまくいくような流れを作れたのは、自分から生まれた「内発的動機」が大きかったからだ。一番行きたい会社に就職が決まったことも嬉しかったが、それ以上に、姉の言うことよりも自分のしたいことを初めて優先できた体験が、ものすごく大きな付加価値となった。

    それまでの、家族のいうことを聞いているだけの状態は、本当の意味で生きていない受動的な時間だった。やりたいこともなく、大事な時間をただ溶かしていた頃は、身体は動かせているのに、脳は死んでいるような状態だったのではないだろうか。

    星 友啓氏の「全米トップ校が教える自己肯定感の育て方」という本には、成績や他人の評価、お金やステータスといった外発的報酬は内発的満足度とは対照的で、おまけの報酬にすぎないと書かれていた。これらは短期的には強いが、長期的に依存していると心身ともに悪影響を及ぼすそうだ。

    内発的動機による行動は、ドーパミンを内側から持続的に分泌させ、フロー状態(集中しているが時間が経つのを忘れる状態)を生み出す。一方、外発的動機は、ストレスホルモンであるコルチゾールを伴うため、疲弊しやすく、長続きしない。遊んでドーパミンは出ていたものの、すぐに消えてしまい持続しなかったことが、私が学生時代に感じた虚無感の正体であり、ドーパミンの枯渇だったと言える。

    行動変容の鍵:あなたのやる気は、外から?中から?

    もしやりたいことがわからない人や、今の状態が合っているかわからない人は、一度立ち止まって考えてみてほしい。その物事に対するやる気が、「内発的動機」か「外発的動機」かを見つめ直してみるといい。

    「親に言われたから」「世間体が良いから」といった外発的動機で動いている限り、あなたの人生の主導権は他人にある。

    親や周りにはちょっと理解されないかもしれないが、「これをやってる時が最高に楽しい!」という感情こそが、あなたの人生を動かす真の内発的動機となる。自己分析を通じて、様々な気づきを得るだろう。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。 アメリカの哲学者ラルフ・ワルド・エマーソンが遺した言葉だ。

    「最も大事なことは、自分の心の声に耳を傾け、その声に従って生きることだ。」

    あなたの内側から湧き出る「やりたいこと」は、一体何だろうか。その炎こそが、人生の困難を乗り越える確かなエネルギー源となるだろう。

    vol.29 感情の波を鎮める利他行動:自己肯定を築く脳科学的習慣術
    vol.29 感情の波を鎮める利他行動:自己肯定を築く脳科学的習慣術 HAKU

    目次


    毎日を自分らしく、幸せだと感じられるような日々を過ごしたい。

    そう思っていても、なぜか気分が沈んでしまう日がある。メイクをする気力さえ湧かず、鏡に映る機嫌の悪そうな自分を見てはため息が出る。

    そんな日は人と会うのを避け、下を向いて歩いてしまう。
    スーパーのレジの店員さんが丁寧すぎることにさえイラついてしまい、一日の質が音を立てて崩れていく。

    そんな「気分の波」に振り回されるたび、お気に入りの音楽やポッドキャストを聴くのだが、それでも気分を紛らわせられない時は、とことん全てがどうでも良く思えた。

    けれども、今ならわかる。その「不調」は、私自身が自分を受け入れられていないサインなのだ。 誰かに気分を上げてもらおうと期待する受け身の姿勢では、本当の意味で人生を乗りこなすことはできない。

    自己肯定感の真実:利他行動が世界で好かれる理由

    星友 啓氏の『全米トップ校が教える自己肯定感の育て方』という本を読んで、私はハッとさせられた。この本には、「優しくて相手を許容できること」が、世界中のどの文化圏でも最も好かれる性格だと科学的に証明されていると書かれていた。さらに、「人に優しくしている自分は、周囲から受け入れられている」ということに気づくという話も印象的だった。

    正直に言うと、私は利他的なマインドを1%も持ち合わせていない、完全に自己中心的な人間だ。その日の気分で感情がコロコロ変わるため、常に自分の感情を優先し、人に優しくできない。できたとしても、それはたまたま機嫌がよかっただけの話だ。利他的なマインドを持つというのは、かなり辛く厳しい苦行のような考え方だと感じた。しかし、この本を読んでから、意識して実行するようにした。

    クリニックでの習慣化:心のフィルターを外す優しさ

    まず、患者さんへの接し方を意識的に変えてみた。

    1. カルテを見るのではなく、必ず患者さんの目を見て、体調の変化がないか聞くようにした。
    2. 耳が聞こえにくい人にも、わかりやすい挨拶や相槌を心がけた。
    3. 話しかけやすい雰囲気を作るようにした。

    たったこれだけのことだが、驚くべき変化があった。「診察室では言えなかった不安」や「家庭の事情」を、患者さん自ら打ち明けてくれるようになったのだ。 私が心のフィルターを外し、柔らかな雰囲気を纏うだけで、閉塞していた人間関係の空気が一気に解き放たれていく。

    誰かを救おうとして始めた行動が、実は、誰よりも私自身の凍りついた心を救っていたのだ。利他とは、自己犠牲ではない。 それは、自分自身を深い愛で満たすための、最も理にかなった「戦略」だった。検査中に話せる時間は限られているが、それでも、患者さんの言葉の端々から、彼らが抱えている悩みを拾い上げ、医師にスムーズに伝わるようカルテに記入した。

    いつも怒っているように見えた人が、私が丁寧に接するだけで、絞り出すように「ありがとう」と言ってくれた。その時、彼の中にあった「誰かに大切にされたい」という痛いほどの渇望に、私は初めて触れた気がした。

    また、いつも上の空だった人が、私の真摯な眼差しを感じた途端、家族の介護で十分に眠れていない過酷な日常を打ち明けてくれた。

    私の纏う空気が柔らかくなったことで、彼らの心の重荷が、ほんの少しだけこちらに預けられたのかもしれない。

    この経験は、私自身の心を大きく揺さぶった。 それまで私が世界に向けていた「不機嫌」という名のフィルターが、いかに歪んでいたかを思い知らされたのだ。

    優しい行動がオキシトシンを呼び、自己肯定感という栄養になる

    「人に優しく接する」という行動を続けた結果、嫌な人にもそれぞれ理由があったことを知った。そして、悩みを打ち明けてもらったことで、「人に優しくしている自分は、周囲に貢献できている」と実感できるようになった。その結果、自分は相手に受け入れられているのだと確信できた。

    利他的なマインドは、「私はあなたの味方です」というメッセージを相手に送る行為なのかもしれない。実際、そのメッセージを受け取った相手が心を開くことで、自分は社会の中で受け入れられているという感覚が生まれ、それが自己肯定感に繋がることがようやくわかった。

    こうして自己肯定感が上がると、仕事中の対応がとても楽になった。他者への優しさが、巡り巡って自分の心を軽くしてくれたのだ。朝嫌なことがあって仕事前に気分が乗らない日でも、誰かに優しくするという行動が、自分自身を喜ばせることにつながった。

    心理学では、「利他行動(altruistic behavior)」が幸福感や自己肯定感を高めることが広く知られている。誰かのために行動することは、脳内で幸福ホルモンであるオキシトシンやセロトニンを分泌させ、ストレスを軽減する効果があるという。つまり、誰かに優しくすることは、自分の心を満たし、人生の質を底上げするための、極めて合理的で科学的な方法でもあるのだ。

    継続のメタ認知:感情の波を鎮めるための科学的習慣

    もしあなたが、今人と関わることに難しさを感じているなら、まずは小さな行動から始めてみてはどうだろう。職場で人に優しくする、電車で席を譲るなど、どんな些細なことでも構わない。

    「自分は優しい人間だ」と意識して行動してみる。

    その思考が、いずれ大きな自信となってあなたを支えてくれるだろう。ストレスを管理し、自己成長を促すための「優しさ」を実践できるような習慣を身につけること。大切なのは、個人の性格や相性を責めるのではなく、健全な行動習慣を築けるような環境を自分自身で整えることにある。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    これは、古代ローマの哲学者セネカが遺した言葉だ。

    「善を行う者は、それ自体が報いである。」

    誰かのために行う親切は、見返りを求める必要がない。
    なぜなら、その行為そのものが、あなたの心を満たし、自己肯定感を育む最も確実な方法だからだ。誰かの心を温めることが、巡り巡って自分の心を温めてくれる。優しい行動が、あなたの心の基盤を豊かにし、揺るぎない自己肯定感を築き上げてくれるだろう。

    vol.34 「一人になりたい」の裏にある真実:不幸の反転でウェルビーイングを見つける方法
    vol.34 「一人になりたい」の裏にある真実:不幸の反転でウェルビーイングを見つける方法 HAKU

    目次


    「1人になりたい」

    大型連休や長期休暇が来るたびに、私はずっとそう強く願ってきた。家族との旅行や外出を楽しむよりも、ただ一人で静かに過ごしたい。その欲求が人一倍強いことを、半ば逃れられない性分のように自覚していたのだ。

    旅行に行くとなれば、夫は直前まで仕事に追われ、子供の荷造りから帰宅後の大量の洗濯、荷解きまで、そのすべてが私の肩にのしかかる。

    さらに、結婚前から10年以上続く夫の大音量のいびき。扉扉3枚分も離れた部屋に寝ているはずなのに、耳栓越しに聞こえてくるその騒音のせいで眠れず、イライラを募らせることは今の家に引っ越してからも日常茶飯事だ。

    旅行先ともなれば、そんな大音量のいびきを真隣で聴かされることになる。最高に嫌な気分で朝を迎え、一日中イライラして過ごす時間は、もはや休息ではなくただの「罰ゲーム」でしかなかった。

    せっかく旅行に行っても、私だけ休めない。
    どこへ行っても、私だけがイライラしている。
    そんな旅行なら、行かない方がいい。

    私がイライラしてしまうことで、家族との思い出を壊してしまうくらいなら、最初から旅行を避けるべきだと判断するようになった。

    そのため、基本的には長期休暇などは、夫の両親や兄妹、従兄弟たちと水入らずの旅行を楽しんできてもらうことにしている。こういう時の私は、心なしか哀愁が漂う顔をしつつも、心の中はニッコニコで夫と子供を車まで見送っていたのだった。

    「一人になりたい」という不満の正体

    「家族旅行は嫌」――そんな風に考える人は、きっと私だけではないだろう。

    温泉では子供の目が離せないため、ゆっくり入ったことは家族旅行で1度もない(サウナなんて論外だ)。帰宅後はというと、荷解きと山積みの洗濯物が待っている。せっかくのリフレッシュのはずが、結局は別の何か(労働)にすり替わっているような感覚だった。

    旅行から帰った日は、決まって疲れとイライラで心がいっぱいになり、余裕がない。
    楽しかったはずの記憶も、帰宅した途端に「疲労」で黒く塗りつぶされてしまう。だから、私はいつも「一人になりたい」と心の中で叫んでいた。家族に「旅行に行こう」と誘われるたびに、面倒くさいという気持ちが先行し、「仕事で忙しい」だったり「あなたのいびきがうるさくて眠れないから無理」と言い、毎回断り続けた。

    カナダの研究が示す、ウェルビーイングと時間の要求

    だが、私が感じていたこの「一人の時間」への渇望は、多くの母親が共有するウェルビーイング(幸福)を維持するための、科学的な要求であることがわかった。

    長時間、育児やタスクに集中すると、ストレスホルモンであるコルチゾールが上昇し続ける。この状態が慢性化すると、脳は思考力を維持できなくなる。そのため、誰にも邪魔されない休息時間は、脳の機能を正常に戻すために不可欠なのだ。

    カナダの親を対象とした調査データによると、母親の半数以上(50%超)が「もっと一人で過ごす時間が必要だ」と報告しているのに対し、父親ではその割合が約3分の1にとどまった。母親が育児や家事にかける時間が増えるほど、「一人でいる時間」への欲求が高まることが示されており、これは単なる個人の感情ではなく、脳機能を維持するための資源として切実に必要とされていることを示している。

    このデータを知って、私は安堵した。自分の疲労を回復させ、脳に「思考の余白」を取り戻すための、極めて人間的な欲求だったのだと論理的に理解できたからだ。

    ちょうどその頃、全力で一人になろうとしていたお盆休みがあり、星 渉氏の『99%は幸せの素人』という本を読んだ。その中に「絶対になりたくない不幸な状態を書いてみる」という、ユニークな思考実験が紹介されていた。

    思考実験:絶対になりたくない不幸の反転

    正直に言うと、最初は「?」だったが、物は試しと思い紙に書き出してみた。

    • 仕事を嫌いになること
    • 忙しいこと
    • 太っている状態
    • 一人になること

    このリストを見て、私は心底驚いた。いつも「一人になりたい」と願っていたのに、絶対になりたくない不幸な状態に「一人になること」が含まれている。これはどういうことだろうか?自分の内面が完全に矛盾していることに気がついた。

    私は、家族が自分から絶対離れないと勝手に思い込んでいたのだ。だから、偉そうにしたり怒りを撒き散らし、ぞんざいな扱い(特に夫に対して)をしても、平気な顔をしていた。しかし、もしそんな私にうんざりして、家族がいつか離れてしまったとしたら?

    そんな状態に私は耐えられるはずがなく、心底後悔することだろう。
    この事実に気づいた途端、もの凄く怖くなった。

    本によると、この「絶対になりたくない不幸な状態」を反転させると、自分が本当に求めている「幸せな状態」がわかるらしい。

    • 仕事が嫌いなことが嫌→ 仕事を楽しめるように工夫すること
    • 忙しいのが嫌 → 時間の使い方を工夫すること
    • 太っているのが嫌 → 筋トレやランニングで引き締まった身体を作ること
    • 一人になるのが嫌 → 家族と一緒にいること

    これが自分にとっての幸せであり、取るべき行動なのだと、明確な答えが出た。これは、目標や課題(イシュー)を定めるのとはまた違う、自分の本心にたどり着くためのアプローチである。

    メタ認知:本心と行動が導く自己受容

    この気づきを得て、私は自分の行動を反省した。

    私にとっての幸せは、一人になることではなく、家族と過ごすことだったのだ。

    もちろん、たまには一人の時間を作ったり、遠方ではなく近場を選んで旅行するなど、自分の負担を減らすことも必要だ。宿泊時にいびき対策として部屋を二つおさえるといった工夫は、自分を守るための必要な行動である。しかし、「心まで家族から離れてはいけない」と痛感した。

    この経験を通して、私は大きな真実を発見した。自分が本当に欲しているものは、不満や怒りといったネガティブな感情の奥に隠されている。これは、私たちが「メタ認知」の視点を持つことで初めて発見できる真実なのだ。感情的な「一人になりたい」の裏には、論理的な「一人になるのは怖い」という、より深い本心が隠れていた。

    家族がいてくれる安心感に甘えて、わがまま放題だった私は、この理由に気づいた時、自分の身勝手さが恥ずかしくなったのだった。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    古代ギリシアの哲学者ソクラテスが残した言葉だ。

    「真実を見つける唯一の方法は、自ら探求する旅に出ることである。」

    誰かから教えられるのではなく、自分自身で探して初めて、本当の答えにたどり着くことができる。 もしあなたが「何か」に不満を抱いているなら、その不満を紙に書き出してみてほしい。そして、その感情を反転させてみよう。

    あなたの「絶対になりたくない不幸な状態」は、なんだろう?
    それを反転したら、思いも寄らない真実が、心の奥底の扉が開かれたかのように見えてくるかもしれない。

    vol.39 「ネガティブな口癖」が人生を止める:一言で思考を整理する習慣術
    vol.39 「ネガティブな口癖」が人生を止める:一言で思考を整理する習慣術 HAKU

    口癖に関しては、正直、私は厳しい方かもしれない。

    「疲れた」「どうせ」「私なんか」

    この3大ネガティブワードを無意識に垂れ流していないか、私は常に自分自身の意識を律しながら過ごしている。子供に対しても、これらの言葉が出たときは「自分を傷つける言葉はやめようね」と即座に注意してしまうほどだ。

    その背景には、姉の存在がある。
    姉は「疲れた」「めんどくさい」「時間がない」「運が悪い」という言葉を連発する人だった。

    スマホを眺めている時や歌のアプリに熱中している時はあんなに生き生きとしているのに、仕事の話になれば途端に「時間がない!」とイライラを募らせる。家族であっても、本人の意志がなければ人は変えられない。だから私は、負の言葉を撒き散らしながら自らを「可哀想な人間」へと追い込んでいく姉の姿を、ただ横目で見て見ぬふりをするしかなかったのだ。

    「疲れた」という度に疲れるし、「運が悪い」と思うほどに運が悪くなってしまう。そんな暮らしの中で、姉に対して「口癖だけなら変えられるのに」と、ずっと思っていた。結局のところ、本人の意志でしか、行動や思考の舵を切り替えることはできないのだから。

    思考のストッパー:3大ネガティブワードとの決別

    私たちは、自分が発した言葉を、一番近くで、そして一番多く聞いている。脳科学的に見ても、自分の言葉が「先行する刺激がその後の行動に無意識の影響を与える」セルフ・プライミングとなり、思考や感情、行動を方向づけてしまう。ネガティブな言葉を繰り返すことは、自分で自分の脳に「私は不幸だ」「私は無力だ」という呪いをかけているようなものだ。

    姉の姿を見ていて痛感したのは、ネガティブな口癖は「思考のストッパー」になるということだ。「疲れた」からやらない、「時間がない」から諦める。これでは現状を打破するための「思考の余白」など生まれるはずがない。

    性格を変えるのは時間がかかるが、口癖だけなら今この瞬間の「一言」で変えられる。行動が続かないと感じたなら、まずはこの一言を変えることから始めるのが最も簡単な自己改革になるはずだ。この「一言の習慣」を変えるだけで、脳は行動への抵抗を減らし始める。

    セルフ・プライミング:脳をサクサク動かす独り言

    さらに、アンガーマネジメントの視点からも「言葉」の重要性を学んだ。安藤 俊介氏の『心がラクになる言い方』という本には、怒りをコントロールし、脳をポジティブな方向へ誘導する「魔法の独り言」が紹介されている。

    その中に、「ポジティブになれる独り言」が紹介されていたので、一部をシェアする。

    • 「ま、いっか」
    • 「終わりよければ全てよし」
    • 「こう言うこともある」
    • 「大したことではない」

    私はよく「ま、いっか」を使う。許容範囲を広げることで脳の疲れを防ぐためだ。
    思い返せば、私の母の口癖は「大したことじゃない」だった。父や姉がイライラするたびに、母のその一言が家庭内の不穏な空気をニュートラルに戻していた。あれは無意識のアンガーマネジメントだったのかもしれない。

    母の言葉が家庭内の「イライラ」を鎮めるように、職場にも同じような「魔法の独り言」があることに気づいた。

    Dr.が仕事中によく言う「よし、よし!」という言葉だ。
    私も一つ一つの作業の終わりに、先生のように決意を表す感嘆詞を真似するようになった。これを口にすると、サクサク作業が進み、次もちゃちゃっと終わらせてしまおうという気持ちになる。これは、脳科学でいう「ドーパミン報酬系」の仕組みを利用している。脳が「よし!」をトリガーに小さな報酬(達成感)を認識し、次の行動へのモチベーション(ドーパミン)を分泌させている状態だ。自ら小さなご褒美を与え、効率を上げているのである。

    言葉と思考:ポジティブ心理学的セルフ・コントロール

    言葉に関する多くの本を読んで、さらに気づいたことがある。口から出る言葉は全て自身の行動に繋がっており、怒りと思考と言葉の点は、全てつながって自己が形成されていることがわかった。

    ネガティブな言葉を吐く人の頭の中には常に悪い思考が渦巻き、ポジティブな言葉を吐く人は自分を肯定しながら生きている。

    だからこそ、ポジティブな言葉を意識的に使うことで、脳は現実の中からその言葉を裏付ける事実を探し始める。例えば、「大したことじゃない」と言えば、脳は本当にその問題が些細なものである理由を無意識に探し、ストレスレベルを下げようとする。これが、ポジティブ心理学に基づいた、脳のセルフ・コントロール術なのだ。

    行動の舵:一言が人生を決める哲学

    もしあなたが自分を変えたいと願いながらも、ソファから立ち上がるのさえ億劫に感じるなら、まずは口癖だけを変えてみてほしい。一歩踏み出すよりも、一言発するほうがずっと楽なはずだ。その小さな一言から、あなたの思考の舵は確実に回り始める。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    それは、古代ギリシアの哲学者アリストテレスが残した言葉だ。

    「言葉は、思考の道具であり、行動の舵である。」

    あなたの発する一言が、あなたの人生を左右する。今日から、意識的にその舵をポジティブな方向に向けてみよう。その小さな言葉の選択こそが、あなたが望む未来へと進むための、パワフルなスイッチとなるだろう。

    vol.45 「アハ体験」を呼ぶ思考法:習慣化で人生の設計図を創る
    vol.45 「アハ体験」を呼ぶ思考法:習慣化で人生の設計図を創る HAKU

    目次


    私は今まで、「幸せになりたい」と本気で意識したことがなかったのかもしれない。

    なんとなく過ぎゆく日々。行きたくない仕事や、負担に感じる子供の学校行事。それらを乗り切るための「ご褒美」として週末のイベントを設定していた。あの頃は、楽しい予定を入れることだけに囚われ、その本質については考えることさえしていなかった。

    私にとっての幸せとは、大好きな友人たちと会って遊ぶことだと勘違いしていたのだ。確かに会えば楽しい。しかし、それが「真の幸せか?」という問いに対し、心は静かにNOを突きつけていた。

    この漠然とした違和感は、私の内面にある問題が引き起こしていた。

    自分を信じられず、怒りに支配され、新しい一歩を恐れる自分。
    そこから抜け出すために、私は貪るように本を読んだ。

    話題の人気本だけでは足りないことはわかっていた。
    興味のなかった分野、ありとあらゆるカテゴリーを片っ端から読み漁ってみた。かつて私の本棚に並んでいたのは「怒りの鎮め方」の本ばかりだったのだが、今は違う。脳科学、行動経済学、そして認知行動療法。自分の「行動」を責めるのではなく、その背景にある「脳の状態」をメタ認知する視点を得たとき、私の中に変化が訪れた。

    覚醒のメカニズム:アハ体験と思考の再構築

    「勉強して考え続ければいつか答えが出る」と、金森 重樹氏の『借金の底なしで死ぬまで知ったお金の味』という本に記されていた。思考は、ある一つのことを継続し、深掘りし続けた先に、突然の「解決」を連れてくる。

    「洞察(アハ体験)」とは、脳内の情報が一気に再編成され、解決策が突如として現れる現象だ。ノースウェスタン大学などの研究によれば、この「ひらめき」による解決は、論理的に一歩ずつ考えた場合よりも正答率が高いことが示されている。限界まで考え抜いたあとの「中断」が、脳内の再編成を促し、劇的な「覚醒」を呼び起こす。この「思考の再構築」こそが、解決への道を明るく照らす最短ルートとなるのだ。

    幸せの設計図:内発的動機による習慣化

    脳科学、認知行動療法、哲学、人間についての本を、これほど集中的に読んだ経験はない。

    点と線がつながり、ようやく一つの設計図が見えてきた。
    自分を信じる技術、目的の定め方、習慣化の作り方、脳に支配されない生き方が。

    それらをうまく自分に取り込むことで、常に幸せな状態を作り出そうと今も動き続けている。

    この「覚醒」は、決して特別な才能ではない。なりたい自分になるために、あるいは技術を習得するために、極限まで熱意を持って調べ尽くし、考え抜く。報酬がなくても、観客がいなくても、歩みを止められない「内発的動機」こそが、習慣化の最強の燃料となっていたのである。

    行動変容の第一歩:考える努力を止めない哲学

    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    アメリカの実業家・思想家であるヘンリー・フォードが遺した言葉だ。

    「考えるのをやめた時、人は老いる。」

    答えが出なくても、考え続けるその努力こそが、あなたの脳を活性化し、人生に新たな「覚醒」をもたらすはずだ。

    あなたの「今」の行動は、無意識に集めた知識を繋ぎ合わせ、人生の設計図を完成させる。
    今日から意識的に思考する習慣を日常のルーティンに取り入れよう。その継続こそが、未来の新しい自分を創り出す、力強い源泉となるのだから。