• ネガティブな感情に悩んでいませんか?ブログ「思考の余白」では、脳科学や心理学の知識をヒントに、小さな習慣で自分を好きになる思考法を発信しています。

    お酒

    Vol.01 プロローグ : 思考の余白
    Vol.01 プロローグ : 思考の余白 1024 1024 HAKU

    ※このブログは、2025年2月から私が自分を変えようと必死に向き合っていた時期のリアルな行動記録です。 自己肯定感は高いのに超ネガティブ思考という矛盾を抱えたまま、過去を振り返り試行錯誤しているため、話が急に小学生の記憶に飛んだりすることもあります。それも一つのリアルとして、楽しんでいただけたら嬉しいです。


    「最近幸せそうな人を見ると、その幸せを壊したくなるんだよね」

    この話を初めて友人にしたのは、確か2月の、暗く寒い日だった。
    その日は仕事が休みだったにもかかわらず、夜明けから腹痛で目が覚めてしまうほど体調が悪かった。なんとか朝のルーティンをこなし、子供を学校に送り出した後、胃の辺りをさすりながら近所の内科へと向かった。

    胃腸炎と診断され、薬を処方されたが痛みは一向に治まらない。
    原因が分からず、ただひたすらに前日の行動を振り返っていた。食事が原因じゃなかったとしたら、精神的なものかもしれない。そう思い、この数ヶ月の自分を改めて客観的に振り返ってみると、夫や仕事、子育てなど、身の回りのあらゆることに常にイライラしていたことに気づいた。


    毎日怒りに支配され、それを発散する何かを探している状態だった私は、自分自身に意識を向ける余裕なんて1ミリもなかった。

    そんな中、突然の激しい腹痛で、誰かの助けを借りなければいけないほど心細い状態になってしまった。ソファに横になりながら何となくLINEの友だちリストを眺め、子供がいない空間でゆっくり喋りたくて、一番仲の良い友人に電話をしていた。

    2時間ほど話しただろうか。会話の中で、私は冒頭の言葉を友人に言った。すると、彼女は静かにこう言った。

    「それって、幸せじゃない人が思うことだよ。」

    例えるならば、胃の痛いところにプロレスラーからエルボーを食らった感覚だ。「え?どういうこと?それヤバくない?」と、笑いながら精一杯のツッコミを入れたが、内心ものすごいショックを受けた。なにせ、20年来の付き合いで、どんな時も私の幸せを心から願ってくれるような彼女が、わざわざ残してくれた大切な言葉だ。

    その言葉は、そのままの意味だとわかっていた。この強烈なパワーワードが胸に突き刺さり、窓から見える晴れた空が、一瞬にして土砂降りになりそうな雲の色に変わっていくように見えた。

    この話をブログに書いたのは、彼女を悪者にしたいからじゃない。
    むしろ「彼女は私のために悪者になってくれたのだ」と、今この文章を書きながら、自然と涙がこぼれてきた。


    過去の私は、自分自身を信じることができなかった。
    毎日身勝手な感情に振り回され、些細なことでイライラし、周囲の誰かに冷たく当たってばかりいた。原因は自分だとわかっているのに、問題に向き合いたくなくて毎晩のようにアルコールに逃げていた。その結果、自分でも手に負えないほど最低な状態に陥っていた。

    定期的に来る負の感情もあった。仕事も家族も周囲の全て、みんな嫌い。ライフル銃を抱えて、手当たり次第そこら中打ちまくる。怒りが暴走すると、そんな風に周りが敵だらけに見えてしまうのだ。その結果、さらに自己嫌悪を募らせ、自分の首を絞め続けていた。沼にどっぷりハマるというより、浸かった状態で周りの様子をみながら、自分がいつでも戦闘体制になれる準備をしているタチの悪い人間だった。


    最初、友人から言われた言葉の真意が理解できなかった。
    私は周囲から「HAKUはいつもちゃんとしているよね」「しっかりしてるわ」「大したもんだ」と言われて育ってきた。ネガティブな言葉をかけられた経験がなかったため、周りの暖かい目や肯定的な言葉から、何の疑いもなく自分は幸せな人間だと勘違いしていた。しかし、現実はそうではなかったようだ。

    もし「あなたの人生のターニングポイントは?」と聞かれたら….
    鬼の速さで林修さんのモノマネをして「この時でしょ!」と叫ぶだろう。

    彼女の一言をきっかけに、私は心の中で問いかけ始めた。
    「私にとって、本当の幸せって一体何なのだろうか。」

    私の思考や行動が動き始めたのは、まさにこの瞬間からだ。答えのない問題を解き続けるような、正解や出口のない場所にいる夢を見ているようだった。向かう先が全然わからなかったにもかかわらず、不思議と怖くはなかった。


    そこから、私の「幸せ探し」が始まった。
    数ヶ月間、進路に悩む高校生のように、自分に合うものは何かを探し続けた。脳科学、認知行動療法、人間心理に関する動画や本を読みあさって得た知識を、日々の生活で試した。学んだことをノートに書き写したり、小さな目標を立てて達成感を味わうトレーニングも行った。すぐには効果を感じられなかったけれど、継続するうちに、心の景色に少しずつ変化が現れ始めた。

    私はバカなのではなく無知であったことを理解し、自分を責めることをやめた。
    そして、運動が脳に良いことを知り、筋トレやランニングを始めた。
    さらに、ドーパミンの「光と闇」を知り、お酒との付き合い方や考え方を変えた。
    そして、早起きを習慣にして、朝のゴールデンタイムを学びの時間に充てた。

    この小さな行動の一つひとつが、結果として、私自身にとても大きな変化をもたらした。


    約一年間の行動を続けた結果、大切なことに気づいた。世間の基準ではなく、自分の心の声に耳を傾け、目標に向かって行動し、日々成長を感じること。この方法こそが、人を幸せにする唯一の道なのだとわかった。

    以前の私は、ネガティブな思考でいつも頭の中がパンク状態だった。しかし学びと実践を繰り返すうちに、少しずつそのモヤモヤが解消され、心に「思考の余白」が生まれてきた。

    その余白こそが、新しいアイデアが生まれたり、予期せぬ発見があったりする大切なスペースなのだ。だからこそ、「思考の余白」を持つことで、私たちはもっと広い視野で物事を捉えられるようになる。感情に無鉄砲に反応するのではなく、一呼吸置いて、より賢い選択をすることができるようになるのだ。


    このブログでは、昔の私のように「変わりたいのに変われない」と悩んでいたり、自信を持てずにいる人へ、私の実体験から見つけた「思考法」や「行動のヒント」をシェアしていきたい。

    脳科学に基づいた思考の整理術、幸せを感じられる小さな習慣、そしてモチベーションを継続する方法。これらの知識が、あなたの人生をデザインしていく上での、ガイドラインになれたら最高に嬉しい。

    いくつになっても遅くはない。 変われる方法は、たくさんあるから大丈夫。

    未来は、あなた次第でまだまだ広がっていく。その先に広がる世界は、きっと想像以上に素晴らしい。自分を信じるという軸に基づき、幸せを感じ続けられるような毎日を歩んでいくことができるだろう。その軸を裏付ける仕組みをこのブログで発信していく。ぜひ、これからのあなたの成長へと役立ててほしい。

    Vol.04 ドーパミン依存から脱却する脳科学的アプローチ(1)
    Vol.04 ドーパミン依存から脱却する脳科学的アプローチ(1) 1024 1024 HAKU

    運動を始めたら、今度は脳の仕組みに夢中になった。
    アンデシュ・ハンセン氏の『運動脳』『ストレス脳』など、脳科学や神経科学の本を読み漁った。当時はまだ自分に自信が持てず、本の中に答えや救いを探していたからだ。

    過去のダメな自分を肯定したかったわけではない。

    「どうしてあんな状態だったのか?」「なぜあんな行動をとってしまったのか?」その根本的な理由を知りたかった。脳に操られ、目的もなく、毎日同じことの繰り返し。刺激を求めては、ネガティブな方向ばかり向いていた。そんなイライラしていた日々には、特別な理由があるのではないか。

    そう考え始めた頃だった。

    依存のメカニズム:「意志の弱さ」ではない脳の真実

    快楽の報酬を予測するドーパミンは、私たちを簡単に快楽の虜にするホルモンだ。
    食べること、お酒、ゲーム、買い物、ポルノ。これらの行動でドーパミンは簡単に分泌される。そして、それが繰り返されると、その快楽をまた味わいたいと感じ、何度も同じ行動を繰り返すように脳はプログラムされている。

    私の場合は、毎日のお酒によってドーパミンを分泌する神経回路網が、病的なまでに強固に構築されていることに気づいた。依存とは意志の弱さではなく、脳が過学習によって支配された状態なのだ。この制御不能な行動を、当時の私は「自分の意志が弱いせいだ」と思い込んでいた。しかし、それは単なる思い込みだった。この真実に気づくことこそが、長年の自己嫌悪から解放される鍵となった。

    負のスパイラル:報酬がストレスに変わる瞬間

    しかし、お酒を飲めば飲むほどストレスは増えていった。
    お酒を飲んだあとのデメリットが多すぎて、毎日最悪な気分だった。お酒を飲むとトイレの回数が増え、そのたびに睡眠が中断され、質の高い睡眠がとれない。寝不足はコルチゾール(ストレスホルモン)の分泌を促し、翌日のイライラに直結する。

    脳はお酒を「報酬」と記憶しているため、「ストレスを感じる→飲酒」という負のスパイラルを勝手に作り出す。意志の弱さではどうにもならない、脳の仕組みだったのだ。

    依存は、脳が報酬を過剰に学習し、その報酬がない状態を危険と認識することから始まる。お酒を飲んだ後のデメリット(寝不足、イライラ、後悔)を知っていてもやめられないのは、脳が「生存に必要な行動」だと誤って指令を出しているからだったのだ。

    解放の戦略:メタ認知による代替報酬への習慣化

    この仕組みを理解したことで、お酒という誤った報酬を、運動や学習という健全な報酬に代替すればいいとわかった。このメタ認知こそが、行動変革の第一歩となる。

    今ではたまに夫がお酒を買ってきて、冷蔵庫にストックしていても「私はいらない」とスルーできるようになった。この背景には、「脳に操られていた過去の私には戻りたくない」という強い気持ちがあるのはもちろんのことだ。

      運動や朝の学習が、まさにその代替報酬戦略であり、お酒よりも遥かに高いリターンをもたらしてくれた。

    自己肯定感の獲得:支配から自由へ

    過去の私は、意志の弱さを嘆き、自堕落な生活を何年も続けていた。

    しかし、脳の仕組みという論理を知ったことで、自己否定が自己肯定へと反転した。自分を責める必要はない。必要なのは、正しい知識と、脳を再教育するための行動だ。

    「自分はできないダメなやつだ」と諦めてしまうのはまだ早い。自分がとってしまうネガティブな行動に、まず疑問を持とう。これこそがまさにメタ認知のトレーニングとなる。

    (ドーパミン依存から脱却する脳科学的アプローチ(2)へ続く)

    Vol.05 ドーパミン依存から脱却する脳科学的アプローチ⑵
    Vol.05 ドーパミン依存から脱却する脳科学的アプローチ⑵ 1024 1024 HAKU

    前回のブログで触れたように、あの頃の私は、ストレス対策として毎日お酒に頼りきりだった。飲んでも満たされないのに、ただひたすらその繰り返し。現状維持をしているつもりもなかったが、気づかないうちに足元の地面は崩れ、そのまま沼に埋まりつつあるような状態だった。

    そんな中、茂木健一郎氏の『脳の話』で、ドーパミンの存在と仕組みについて、さらに深く理解することができた。

    ドーパミンには「光」と「闇」の側面がある。ドーパミンは、自己成長や達成感を感じられる「光」の側面を持つ一方で、人間の欲求を暴走させやすい「闇」の側面も持つホルモンなのだ。仕事や勉強で成果を出すのは難しいため、お酒やギャンブルといった「すぐ得られる快楽」に人間は流されやすい。これこそが、依存症の罠だ。

    依存のメカニズム:「意志の弱さ」ではない脳の真実

    気づけば私の周りの友人は、お酒でつながっている人ばかりだった。お酒を飲まない状態で会うことは、まずない。そのため、「お酒×美味しいご飯」、「お酒×会いたい人」というのは、私にとって人生の外せないキーワードだったのだ。

    この気づきを踏まえて、私はある本質的な問いに行き着いた。「自分を変えるには環境や付き合う人を変えるしかない」とよく言われているが、果たして本当にそうだろうか。お酒を完全にやめて、友だちと疎遠になり、その環境を自分が本当に求めているのかを考え直した。

    私は大好きな友人とお酒を飲みながら話したいことも、一緒に行きたいお店も沢山ある。お酒が人生の全てではないけれど、人生の楽しみになっている部分も多かった。だからこそ、依存を克服するためにすべてを断ち切るのは、根本的な解決策ではないと結論づけた。

    幸福の劣化を防ぐ:「制限」による代替報酬戦略

    仕事や勉強といった「すぐには結果が出ない、手間のかかる報酬」よりも、お酒といった「即効性のある報酬」を脳は優先的に得ようとする。この快楽を繰り返すことで、神経回路が強化され、自らの意志ではコントロールできない依存症の罠にハマるのだ。だが、お酒を完全に断つのではなく、ドーパミンの「光」の部分に焦点を当てることで、今より楽しめると知り、本で紹介されていたある方法を取り入れた。

    それは、ドーパミンがもたらす幸福感を劣化させずに長く楽しむために「制限する」ことだ。制限することで「楽しい」と感じる能力が復活し、幸福度や満足度がアップするという。

    そこで私は自分なりのルールを決めた。「お酒は週に2回まで」という、回数を制限しただけのシンプルなルールだ。週末に飲む約束やイベントがあると意識すると、平日は飲まなくても平気になった。使えるカードは週に2枚しかない。それをどう使うか。この「制限」という考え方一つで、行動が変わったのだ。

    支配からの解放:自己肯定感への習慣化 

    依存の原因は個人の意志の弱さにあるのではなく、脳の仕組みが関係している。そして、その仕組みを理解することで、私たちは自分をコントロールし、より良い選択ができるようになる。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。 これは、アメリカの哲学者ラルフ・ワルド・エマーソンが遺した言葉だ。

    「自分自身を信頼せよ。あなたの心の中にある、その聖域に頼るのだ。」

    「自分を変えたい。」そう思ったとき、まず自分の脳を知ることから始めてみよう。自分の行動を客観的に捉えることで、解決策は必ず見つかる。変われない自分を嫌わず、まず最初に、そんな自分に寄り添ってあげよう。

    vol.07 受動的な時間からの脱却:「内発的動機」で人生の主導権を握る
    vol.07 受動的な時間からの脱却:「内発的動機」で人生の主導権を握る 1024 1024 HAKU

    私には、年の離れた姉がいる。大学を卒業するまでの間、私の人生は姉が監修・仕切っていた。

    姉は、両親よりも私の進路に対して現実的で、影響力のある存在だった。やりたいことも夢もなかった私にとって、自分で道を切り開くより、姉の言う通りに進路をなぞる方が確実で安全だった。

    そして何より、そう選択する方が悩まずに済む、一番「楽」な方法だったのだ。

    大学に入るまではよかった。ドラえもん的存在から守られ、のび太のように特に努力せずに生きてこられた。しかし、大学3年生頃から周囲の様子が変わり始めていた。同じ年の子は就職活動のため、スーツ姿で授業を受けたり、キャンパスへ来たりしていたのだが、それに気づいても私は全く焦ることもなく、勉強した記憶がほとんどないほど遊び倒していた。

    結局、なんとなく時間は過ぎ、就職どころか「そもそも無事に卒業できるのか?」という切実な問題に直面した。4年の秋頃からやっと焦り始め、結果毎日卒論に追われることになった。

    家族依存と虚無感:外部のレールに乗った23年間

    そんな私を見ていても、姉は「就活どうするの?」とは言わなかった。それどころか私の家族は、私だけ過保護に育てながらも、当時最も重要だった人生の岐路(就職)には一切口出しをしないという、極めて矛盾したスタイルだった。

    父は末っ子の私をすごく可愛がっていたので、手元におきたかったのだろう。卒論が終わり、気だるそうにパソコンで求人サイトを検索する私を見て、「HAKUは就職しないで家にいたらいいんじゃないか」と父から言われた。「それはさすがにマズイだろう」と、逆にこっちがドン引きし、焦るきっかけになったのを今でも覚えている。専業主婦の母は、なぜだろう。就活には全く関与してこなかった。

    そんな中、祖父がICUに入るほど身体を悪くし、入院退院を繰り返していた。家族の話し合いの末、我が家で最期を過ごすことが決まり、祖父、両親、私、姉との五人暮らしが始まった。

    私は祖父が大好きで、幼い頃からとても懐いていた。夏休みに従兄弟が遊びに来ていても、祖父から一番愛されているのは私だと信じていた。小学生の頃、姉の前でわざと祖父に「お姉ちゃんと私、どっちが好き?」と聞くような性格の悪い妹だったのだが、姉に気を遣いながらも「HAKUが一番だなぁ」とビールを片手に照れながら言ってくれる祖父の姿が大好きだった。

    そんな祖父があと数ヶ月しか生きられないということを母から伝えられ、就活がさらにどうでも良いものとなり、考えることを完全にやめた。できる限り祖父の近くにいたかったのだ。同時に、祖父が家にいる限り、まだ自由が手に入るとさえ思っていた節があった。

    覚醒の瞬間:内発的衝動が人生の転機を作る

    姉としては、妹がこのまま何もしないのはまずいと思っていたのだろう。中途採用に有利になるようにと、IT系のスクールを探してくれた。もちろん私は行きたいわけではなかったのだが、面接で「卒業後は何をしていましたか?」と聞かれた場合、答えに窮してばつが悪いことはわかっていた。そのため、姉から提案された時はすんなり言うことを聞き、当然お金も出してもらった。だが、真剣に勉強していたかと言うと、全くしていなかったのは言うまでもない。

    祖父が他界したあとに、「この会社に入って仕事したい!」と強く惹かれる求人を1件見つけた。勤務場所は東京だ。受けるなら引っ越しせざるを得ない。実家暮らしで、社会に出て働いたこともない私には、想像もできない未来だった。

    「さて、どうする?」ここから私の人生は一変する。

    求人へ応募する前に、両親と姉を説得するという最大の難関が待っていた。「どうしてもここじゃなきゃ嫌だ、ここで働くためならなんだってやる!」と、その情熱を、履歴書ではなく、まず家族に訴えるところから就活を始めたのだった。

    今でも覚えている。心惹かれた瞬間の、心臓がバクバクする感覚を。生まれて初めて湧き上がった「内発的な衝動」が、私を「受動的なレール」から引きずり出した瞬間だった。

    私はこの時、「内発的動機」に突き動かされていたことを、歳を重ねて初めて理解した。行動してきた中で読んだ、沢山の本の知識を得て初めて、あの時の突き動かされるような衝動が何だったのか、今では明確に言語化できるようになった。

    ドーパミンの真実:受動的な時間は脳を殺す

    内発的動機とは、「やりたい」「面白い」「好き」という、自分の内側から生まれるやる気のことだ。外発的動機とは、「親や上司に褒められるから」といった外部からの働きかけによって湧き出てくるやる気のことである。

    学生時代まで、私は「外発的動機」でしか物事に取り組んでこなかった。やりたいこともなく、言われたことをその通りにする方が楽だったからだ。しかし、生まれて初めて、自分の中から湧き出て、溢れてとまらないほどやってみたい仕事を見つけた。

    結果的に内定をもらい、家族の協力のもと東京に引っ越せた。全てうまくいくような流れを作れたのは、自分から生まれた「内発的動機」が大きかったからだ。一番行きたい会社に就職が決まったことも嬉しかったが、それ以上に、姉の言うことよりも自分のしたいことを初めて優先できた体験が、ものすごく大きな付加価値となった。

    それまでの、家族のいうことを聞いているだけの状態は、本当の意味で生きていない受動的な時間だった。やりたいこともなく、大事な時間をただ溶かしていた頃は、身体は動かせているのに、脳は死んでいるような状態だったのではないだろうか。

    星 友啓氏の「全米トップ校が教える自己肯定感の育て方」という本には、成績や他人の評価、お金やステータスといった外発的報酬は内発的満足度とは対照的で、おまけの報酬にすぎないと書かれていた。これらは短期的には強いが、長期的に依存していると心身ともに悪影響を及ぼすそうだ。

    内発的動機による行動は、ドーパミンを内側から持続的に分泌させ、フロー状態(集中しているが時間が経つのを忘れる状態)を生み出す。一方、外発的動機は、ストレスホルモンであるコルチゾールを伴うため、疲弊しやすく、長続きしない。遊んでドーパミンは出ていたものの、すぐに消えてしまい持続しなかったことが、私が学生時代に感じた虚無感の正体であり、ドーパミンの枯渇だったと言える。

    行動変容の鍵:あなたのやる気は、外から?中から?

    もしやりたいことがわからない人や、今の状態が合っているかわからない人は、一度立ち止まって考えてみてほしい。その物事に対するやる気が、「内発的動機」か「外発的動機」かを見つめ直してみるといい。

    「親に言われたから」「世間体が良いから」といった外発的動機で動いている限り、あなたの人生の主導権は他人にある。

    親や周りにはちょっと理解されないかもしれないが、「これをやってる時が最高に楽しい!」という感情こそが、あなたの人生を動かす真の内発的動機となる。自己分析を通じて、様々な気づきを得るだろう。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。 アメリカの哲学者ラルフ・ワルド・エマーソンが遺した言葉だ。

    「最も大事なことは、自分の心の声に耳を傾け、その声に従って生きることだ。」

    あなたの内側から湧き出る「やりたいこと」は、一体何だろうか。その炎こそが、人生の困難を乗り越える確かなエネルギー源となるだろう。

    Vol.08 「幸せ」を掴む習慣化の鍵:ウェルビーイングをイシューにするメタ認知術
    Vol.08 「幸せ」を掴む習慣化の鍵:ウェルビーイングをイシューにするメタ認知術 1024 1024 HAKU

    子供を育てていると、「自分」という存在が希薄になる瞬間がある。

    自分が何をしたいのか分からなくなるのではない。日々の忙しさに追われすぎて、その問い自体を心の奥底に埋めてしまっていた状態だった。たとえ時間があったとしても、お酒やスマホに流されて、その問いに向き合うことを拒否する始末。あの頃の私には、問題に向き合うための余裕も、それを許す心の余白も全くなかったのだ。

    母としてではなく、「私」として使える考える時間が欲しかった。

    しかし、1人になる時間があって考えたとしても、結局自分の幸せが何かわからない。何を目的に生きるのかが見えていない間は、何をやっても面白いと感じられず、多くの時間と労力を無駄にしていた。

    ただ頑張るのではなく、どこを目的に、何から始めるかをその都度考えなければいけない。これは、何が大切かもわからなかった私が、唯一無意識のなかで作り出していた行動の鉄則だった。

    メタ認知が導く:「私」の人生の目的

    そんな学びの渦中に、私は二冊の重要な本に出会った。安宅 和人氏の『イシューからはじめよ』では、本当に取り組むべき課題を見極める力(イシュー)の重要性を知った。また、岡崎 かつひろ氏の『お金に困らない人が学んでいること』からは、知識はアウトプットすることで記憶効率が上がり、人に見られると行動が加速することを学んだ。

    ノートに書き写している最中、この二つの知識が結びつき、私はパッと手を止めた。

    「そのために何に取り組むべきなのか?」「今までのやり方と、これから私がすることは何が違うのか?」この二つの問いを深く、何度も繰り返し紙に書き出した。

    そして、今までのノートを読み返し、自分は何を求めて行動を続けていたのか、それが誰の役に立つのかを自問自答し続け、一つの結論にたどり着いたのだ。

    最高の課題(イシュー)の発見とウェルビーイング

    沢山の本を読み進めた結果、「人は、常に幸せな状態を求めている」という真理にたどり着いた。そして、この真実を誰よりも切実に必要とし、行動していた私は、自分の人生の究極のイシュー(取り組むべき課題)として設定したのだ。

    これは、まさに時代が求めるウェルビーイング的生き方と言える。ウェルビーイングという「幸せ」の定義は、単に一時的な喜びではない。心身ともに健康で、人間関係が良好であること。自分の人生に意味や目的を感じ、目標に向かって成長できる、といった持続的な状態を指す。

    私自身の行動と学びを共有することで、ネガティブな状態から抜け出し、ウェルビーイングという持続的な幸せを、他の人でも掴めると私は信じている。このブログは、その信念と全ての想いを込めて行動を発信していくための決意表明なのだ。

    幸福度ランキングが示す「イシュー設定」の必要性

    World Happiness Report(世界幸福度報告書)という調査がある。これは、GDP、健康寿命、社会的支援、自由度、寛大さ、そして腐敗の認識といった要素を考慮して幸福度を算出している。2025年の調査で、日本の幸福度ランキングは147カ国中55位。前年よりも4ランク下落している。さらに、G7の中では最下位だという。経済的に豊かで治安も安定している一方で、精神的な幸福度が低いという事実に、私は驚きを隠せなかった。

    私たちは今すぐにでも立ち止まって、自分自身の幸せについて真剣に考えるべき時なのだ。「イシューからはじめよ」という問いかけは、もはや個人的な成長目標ではなく、国民的な課題だと捉える方が賢明なのかもしれない。

    習慣化と行動:幸せを創造する鍵

    「自分は今、常に幸せな状態だ」と心から思える人が増えれば、この世界はより良くなるはず。

    そのために私はこのイシューを言葉にし、毎日行動し続けなければならないと感じている。それは、個人の幸福追求にとどまらず、より良い社会を創るための静かなる挑戦なのだ。そして、この方法は誰にでも始めることができる。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。 これは、精神科医ヴィクトール・フランクルが遺した言葉だ。

    「ただ願うだけではだめだ。行動し、その行動に意味を与えることこそが、幸せの鍵だ。」

    あなたの行動こそが、あなたの人生を定義する。その一歩に意味を見出し、幸せな状態でいられるよう行動し続けよう。あなたが今日得たこの知識は、もう誰にも奪えない。あなたの人生は、今、あなたがどんな行動をとるかという「日々の行動の積み重ね」で決まるのだ。

    vol.11 「ホメオスタシス」を破る習慣化のスイッチとメタ認知術
    vol.11 「ホメオスタシス」を破る習慣化のスイッチとメタ認知術 150 150 HAKU

    「時間がない。」「疲れることは、極力したくない。」

    そう思って、いつも新しい行動を避けて過ごしていた。好きなYouTubeやNetflixは寝る時間を削ってまで観るのに、運動や何かを学ぶことに対しては、暇なくせにその時間を使いたくなかった。

    このエネルギーの偏りが、そのままお酒に流れていた。
    毎日お酒は飲めるけど、休肝日は1日も作れない。

    飲酒後の運動は非効率だと感じていたし、飲まない日を運動に充てる気もなかった。要するに、ゼロ100思考でドーパミンに操られていた過去の私は、何がなんでも運動を拒否していたのだった。そもそも仕事自体肉体労働だというのに、帰ってから身体を動かすなんて、そんな疲れるようなことを誰がやるんだよとさえ思っていた。

    しかし、勉強するうちに運動のメリットを痛感することが増えた。
    「自分を信じたい」という強い願いと同じくらい、運動が自分に多くの良い影響をもたらすことがわかっていた。だからこそ、とにかくやらなければいけないと心に強く思うように変わっていたのだ。

    では、実際にどう習慣化に成功したのか。ここからはその話をしよう。

    週に2回はお酒をOKとしていたため、ほとんど週末に飲み会の予定を入れていた。そのためカギとなったのは、飲む約束がほとんどない平日だ。仕事が終わって家に着いた瞬間が、私にとって一番危険な時間帯だった。あの瞬間は、まるで何かの区切りの合図のように、無意識にお酒を求めていた。この習慣的な「一息」をどう排除するかが勝負だった。

    習慣化の土台:筋トレとアルコールの非効率な組み合わせを避ける

    お酒は週2回まで。その代わり、残りの5日間は「飲まない日」と決めた。

    いつしか、仕事と筋トレをセットで考えるようになった。仕事がない日は朝のランニングをすることで、結果として、毎日何かしらの運動をこなすのが当たり前になっていた。ここで最も重要だったのは、筋トレの日にお酒を飲むことは絶対にしないと決めたことだ。

    実は、オーストラリアのRMIT大学の研究で、筋トレ後のアルコール摂取が、筋肉の合成(筋タンパク質合成)を最大で37%も抑制することが明らかになっている(出典)。プロテインを飲んだとしても、アルコールがその効果を大幅に妨げてしまうのだ。一方、ランニングの日はお酒を飲んでもOKというルールにした。このように、行動の組み合わせで非効率な結果を避けるように組み立てたのだ。

    行動経済学の応用:習慣化を成功させるスイッチと紐づけ

    仕事と筋トレを習慣化するために参考にしたのが、戸田 大介氏の『継続する技術』と、齋藤 孝氏の『本当に頭がいい人の思考習慣』という本だ。

    『継続する技術』で特に参考になったのは、「楽に動けるタイミングを知る」という点だった。人が最も行動しやすいのは、何か別の行動を起こす前か後だという。例えば、入浴の前に筋トレをする、起床後にランニングをするといった具合だ。

    すでに毎日行っている行動の前後に、新しく継続したいことを紐づけておくと、継続率が上がる。さらに、実行時間になったら通知が来るようリマインダーを設置するのが良いとされていた。

    私の場合、通知やリマインダーは特に設定しなかった。
    シンプルに「18時になったら筋トレをする」と決め、帰宅してから筋トレまでの10分間を準備時間とした。この時間にバナナを食べて水を飲み、インスタグラムで好きな筋トレ&ランニング女子のストーリーズを見ていた。頑張っている人を見て、勝手に勇気づけられる状態を作り、自分を盛り上げ続けた。

    そして、『本当に頭がいい人の思考習慣』では「自分がオン状態になれるスイッチを作る」と説かれていた。私は帰宅中に聴いている曲を、筋トレ中に聴くものへと変えた。家に着くまでの間に、徐々にやる気のスイッチを温めながら帰宅したのだ。その結果、「仕事 → 帰宅中の音楽 → バナナと水とSNS → 筋トレ」という流れを作り上げ継続することができた。

    意志力に頼らない:ホメオスタシスとメタ認知の活用

    新しい習慣を始めると、心の中で様々な声が聞こえてくる。
    「今日は疲れたからもういいや」「あー、面倒くさい」「明日頑張ろう」。

    そんなネガティブな思考は、実は脳が安定を求めて発している信号だ。脳は変化を嫌い、いつものパターンに留まろうとする。ここで大切なのが、その声に耳を傾けすぎないこと。「そういう風に考えている自分がいるな」と客観的に認識するだけでいい。

    そうすることで、感情に振り回されず、冷静に状況を判断できる。ホメオスタシスが働いている状態を、メタ認知することで楽になる。この思考法こそが、「意志力」だけに頼らない習慣化の鍵だ。

    結局のところ、根性論ではどうにもならないのが人間というわけだ。

    行動こそすべて:無駄な思考の余白をなくす戦略

    新しい習慣を邪魔するのは、ネガティブ思考が働く「暇な時間」だ。私はそのネガティブな時間が何分も何時間も続くタイプだったので、筋トレをサボりたくなるような暇な時間を、徹底的になくすよう心がけた。

    仕事が終わったら筋トレ、仕事がない日の朝はランニングといったように、行動の前に余計なことを考える余地を与えない。こうすることで、ダラダラする時間を遮断する。

    「あと30分後、1時間後にやろう」と考えても、時間が近づくほど実行したくなくなるのが人間の脳だ。思考を遮断するイメージで、嫌だなと思ったらすぐに行動に移す。脳内に「面倒くさい」が蔓延する前に、行動でネガティブ思考を食い止めるのだ。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    これは、哲学者ジャン=ポール・サルトルが遺した言葉だ。

    「人間とは、自分の行動の相である」

    あなたがどういう人間であるか、どんな人間になるかは、頭で考えていることや理想ではなく、あなたが意識的に「何をするか」という行動の総体によって決まる。つまり、「ランニングを習慣にしたい」と願うことではなく、「今、玄関のドアを開けて外に出る」という行動の選択こそが、未来の自分を形作るのだ。

    無駄な思考の余白を埋め、まずは行動でスイッチを入れよう。
    あなたの望む幸せは、いつだって、あなたの次の「一歩」にかかっている。

    vol.17 朝活の習慣化 : 夜更かし依存を断ち切る「脳のゴールデンタイム」活用術
    vol.17 朝活の習慣化 : 夜更かし依存を断ち切る「脳のゴールデンタイム」活用術 150 150 HAKU


    目次


    「毎日をどう幸せに過ごすか。それは、夜の過ごし方が重要だ。」
    いまの生活に変わる前、私はずっとそう思っていた。

    休みの日は、お酒を飲みながら夜更かしをしたいところだが、子供はいつもの時間に寝かしつけていた。そのため19時59分まで飲めるだけワインを飲み、20時になったら寝る支度を始めていた。

    まだまだ飲みたい気持ちをグッと我慢して、21時頃ようやく子供と寝るのだが、たいてい真夜中に目が覚めてしまう。トイレに行きたくて時計を見ると、まだ深夜だ。用を足し、そのまま眠ってしまえばいいものを、眠気まなこでここぞとばかりにNetflixを再生する。 「やっと自分の時間が取れた」という、ささやかな満足感と引き換えに、明け方また浅い眠りにつく。 そんな週末を、私はずっと繰り返していた。

    朝早くに起きた子供に無理やり起こされ、3時間ほどの睡眠で朝ご飯を作り、洗濯物を回す。寝不足でイライラしながら、いつまでたっても起きる気配のない夫を起こし交代する。今度は私が休む番だと仮眠を取り始めるのだが、結局昼近くまで寝てしまい、せっかくの休日が台無しになる。そんなことが度々あった。

    今ならわかる。その日が幸せだと感じるかどうかは、休みだからと夜の生活をだらだらするのではなく、すべて朝の過ごし方で決まるのだ。

    朝活の秘訣:時間の優先順位を変えるだけ

    私は運動する時間を最優先にし、次に朝の勉強と家族との時間を大切にするようになった。とはいえ、自分の時間は、家族が起きる前の朝にしか捻出できない。そこで私は、休日であっても夜21時までには寝て、朝早く起きてランニングと勉強をする生活を行動に移した。

    この転換を可能にしたのは、夜活のデメリットと朝活のメリットを、脳科学の視点から理解したからだった。

    脳のゴールデンタイムを制するメリット

    「朝の2〜3時間は脳のゴールデンタイム」

    「朝の1時間は夜の3時間に匹敵する」

    これは多くの人が知っている情報かもしれないけれど、実際にやってみると本当にその通りだと実感できる。朝の2時間でやりたいことを全部やると、満足感と達成感が同時に得られた。

    これに対し、夜に自分の時間を確保しようとすると、子供がなかなか寝なかったり、夫の帰りが遅かったりするだけで、家族と過ごす最中に「私だってやりたいことがあるのに」とイライラしてしまうことになる。しかし、朝にすべてを済ませてしまえば、そうした感情は意外と湧かないものだと気づいてしまった。

    朝の時間を確保するには、前日の夜の過ごし方が重要だ。朝6時に起きるためにも、夜更かしは厳禁。お酒を飲む日でも、「夕方18時まで」と時間を区切って決めてしまう。このように、翌日の行動にフォーカスすることで、ついつい飲みすぎて翌朝起きられないという事態を避けることができる。

    次の日の「走る楽しみ」や「勉強をする目的」があるから、理性的になれる。自分のやりたいことを明確にすることで、スムーズに行動を変えられるようになれたのだ。

    思考の余白:朝活が創る自己成長の源泉

    朝型生活のメリットは、単に時間を効率的に使えることだけではない。それは、自分自身と向き合う「思考の余白」を生み出すこと。誰にも邪魔されない静かな時間の中で、自分の好きなことをやる。その時間こそが、私にとっての自己成長の源泉であり、日々のイライラから解放されるための最高の時間にも繋がった。

    自分を満たすことで、周りの人にも優しくできる。それは、自己犠牲の上に成り立つ優しさではなく、自分を大切にした結果として与えられる優しさなのだと気づいた。

    あなたの幸せに繋がる「朝起きる喜び」を見つける

    早起きの目的は人それぞれだ。皆同じことをする必要はない。自己成長や目標達成に繋がるような、朝起きる喜びを見つけてみてほしい。そして、ほんの少しずつでいいから、そのための行動を起こせばいい。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    これは、アメリカの著述家であるベンジャミン・フランクリンが遺した言葉だ。

    「早寝早起きは人を健康に、裕福に、賢明にする。」

    朝の時間に自己投資をする習慣は、あなたの未来の時間を生み出す。
    今日の夜から、ほんの少し早く寝ることから始めてみよう。

    vol.18 「完璧主義」を乗り越える女性ホルモンに負けない継続術
    vol.18 「完璧主義」を乗り越える女性ホルモンに負けない継続術 150 150 HAKU


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    行動し始めてから2週間も経つと、今度は逆に「今やっていることをやめられない」と強く感じるようになっていった。さらには、「やらないと気持ち悪い」と脳が変化した。

    特に生理前はイライラして、帰宅後の筋トレがいつも以上に面倒に思えた。生理が始まったら始まったで、今度は食べ物のことばかりで頭がいっぱいになり、毎月女性ホルモンに振り回されては、決壊しそうな自分を必死に繋ぎ止めることを、月の半分ほど強いられていた。

    「生理前だから仕方ない」「生理中だから好きなだけ食べてしまえ」と考えるのは、過去の自分、つまり休肝日がなかったあの頃に戻ってしまう。毎月来るものだからこそ、行動を止めないため、その日の気分や体調を手帳に記録し続けた。

    完璧主義と女性ホルモンが作る習慣化の最大の壁

    行動を始めた当初は、毎日すべてを完璧にこなそうとしていた。
    しかし、体調や気分に左右される日々の中で、私のような完璧主義者はすぐに壁にぶつかることになった。特に女性ホルモンに振り回される周期は、自分の意志とは関係なく、身体の不調から行動がそのものがストップしてしまいそうになる最大の壁だった。

    そこで私は、習慣化するまで自分なりにルールを作った。それは、気分が乗らなくても1日1個は、3つの選択肢の中から選んでやるということだった。

    3つの選択肢とは、①勉強、②朝ランニング、③筋トレである。

    行動経済学の応用:「止まらない」ためのサブルール

    習慣化しようとしている最中に、胃腸炎になり体調を崩した日もあった。そんな日は無理をせず、身体に負担がかからなそうなこの3つの選択肢の中から「勉強する」を選んだ。

    生理が重い日には、「上半身の筋トレを10分だけして、今日はここまで」と思うようにした。胃腸炎になった日も筋トレをしてみたのだが、腹筋中にだんだん胃がモヤモヤしてきたので、すぐに切り上げた(我ながら、真面目すぎて笑えてくる)。

    土日は朝ランニングをする日でもあり、お酒を楽しむ日でもある。「生理中でも、軽いランニングは血行改善や生理痛の緩和に繋がる」という記事を読んだので(参照)、そういった日はペースを落として無理なく走るようにしていた。

    このように、何もしない日を1日も作らないようにした。どうしてもできない場合は、3つの選択肢から出来そうなものを1つ選んでやる。出来そうなことだけやればいい。難しければ時間や内容を変えても良い。

    結果として「今日も行動し続けられている」と思えるように、自分の中でサブルールを作って選択肢を増やしたのだ。この方法は、元ゴールドマンサックスの田中渓氏の行動からもヒントを得た。彼も朝の選択肢を作り、その中から行動しているようだ(日常では、25kmランニング、60kmバイク、7000mスイムのいずれかを毎日行うという)。

    継続のための「柔軟な思考」と小さな行動の価値

    そこで、頭でっかちの私にぴったりの本を見つけた。外山 滋比古氏の『やわらかく考える』という本だ。その本に書かれていた「動き続ける」というメッセージが、私の心に深く響いた。人間は行動し続けることをやめてしまったら、そこで成長が止まってしまう。そして、やめてしまった途端、活力をどんどん失い、腐っていく。

    たとえば、今日からスクワットを1日1回始めてみる。あるいは、1ページ多く本を読み進める。

    大切なのは、毎日「動く」ことだ。それが今、私には3つの選択肢として存在している。1日1個だけの日もあれば、2個行動できる日もある。それでいい。「自分は今、毎日行動し続けている」と、実感することが大切なのだ。

    これは、生理や体調不良といったコントロールできない外部要因に振り回されず、自分のペースで成長を続けるための、私なりの解決策だ。完璧を目指すのではなく、どんな日でも「自分は行動を止めていない」という事実に目を向ける。それが、ストレスを溜めずに習慣を定着させ、未来を創るための、建設的な方法だと実感している。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    それは、古代ローマのストア派哲学者セネカが遺したこんな言葉だ。

    「困難なのは始めることではなく、続けることである。」

    完璧を目指すあまり、立ち止まってしまうのはもったいない。 大切なのは、100点満点の日をたまに作ることではなく、どんな日も「0点」にしないこと。完璧ではなくても、柔軟な心で継続すれば、必ず未来は変わる。

    揺れ動く自分をまるごと受け入れて、今日もまた、小さな一歩を。

    vol.19 「ドーパミン耐性」をリセット!習慣化に効く制限の行動経済学
    vol.19 「ドーパミン耐性」をリセット!習慣化に効く制限の行動経済学 150 150 HAKU


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    お酒を平日飲まなくなってから、今まで遠ざかっていた「コンビニスイーツ」にドハマりすることになった。

    職場の甘党スタッフに勧められて購入したそのスイーツは、コンビニのものとは思えないほどの美味しさに、スイーツ歴が浅い私はすぐに虜になってしまった。毎日仕事帰りにコンビニへ寄って買って帰るほどハマっていたことから、食後のスイーツ習慣が何日も連続で続いていることに気づき、ふと冷蔵庫を開けながら立ち止まって考えた。

    「筋トレをしているのは、食後に食べるスイーツを正当化するためなのか?それとも、明日も食べたいという欲求が、筋トレの動機なのか?」と、疑問が湧いた。このドーパミン依存へ向けて神経が連携しかけていることに気づいた瞬間、かなり強い焦りを感じたのだった。

    スイーツとアルコール依存:ドーパミン耐性の正体

    ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学など、世界の一流研究機関による研究によると、砂糖や高脂肪食品を多く含む超加工食品は、コカインやニコチンといった依存性薬物と同じように、脳の「報酬系」を直接的に刺激し、ドーパミンを大量に放出させることがわかっている。(参照)ドーパミンが頻繁に大量に分泌される状態が続くと、脳は次第にその刺激に慣れてしまう。これが「耐性」と呼ばれる現象で、依存症のメカニズムになる。この耐性をリセットするために、意図的な制限が有効なのだ。

    そのため私は、お酒と同じように「週2回限定」という枠を設けた。 平日は、比較的ゆっくりと自分を甘やかせる水曜日を。あとは、土日のどちらか。それでも甘いものが食べたい時は、オールブランと豆乳、きなことバナナのヨーグルト、ドン・キホーテの焼き芋といった、腸に良い代替の食べ物を選ぶようにした。

    行動経済学の応用:「制限」がもたらす幸福度アップ

    週に2回のスイーツデーの日は、「今週はローソンの〇〇が絶対に食べたい!」と思うようになった。この制限のおかげで、私の場合本当に食べたいものが明確になっていった。お得だからや期間限定だからとスイーツを買うのではなく、その日本当に食べたいものだけを買うようにした。そうすると、毎日食べなくても満足できるようになっていった。

    習慣化の進化:固定ルールから柔軟な継続へ

    スイーツデーを設定して3ヶ月。 そのリズムが日常に馴染んできた頃、私はあえて、そのルールを廃止することにした。 なぜなら、「食べられる日に食べておかなきゃ」という、強迫観念に近い思考が生まれ始めていたからだ。食べたくないにもかかわらず、スイーツデーだからとチョコやポテチを食べることが何度かあり、この状況に違和感を感じていた。

    自制できるようになっていたため、思い切ってスイーツデーを廃止してみた結果、正解だった。今では曜日に関係なく、食べたい日に食べている。その理由は、すでに習慣が身についているため、毎日食べることはないからだ。曜日による縛りはなくなったが、回数ルール(週2回まで)は継続している。習慣化のおかげで、週に1回程度で済むこともあれば、全く食べない週もある。

    このように、自分で決めたルールが、無理なく生活を楽しむ自由を生んだ。

    メタ認知で依存を克服し、人生をデザインする

    ルールを決めて制限して、毎回フィードバックする。

    「あの日は食べたくなかったのに、スイーツデーだからと言って食べてしまった」とか「金曜日に飲み会を入れてしまったので、土日のどちらか筋トレしよう」など、気になることやいつもと違う行動を取った日は、必ず手帳に書き込むようにすると改善点に気づける。

    スイーツもアルコールも、依存性がかなり高い。どちらも自分にとって「悪」とは決めつけず、回数を制限しながら、食べたいタイミングでスイーツを楽しみ、飲みの予定を入れたのなら、その日はめいいっぱい楽しむことが大切だとわかったのだ。「絶対ダメ」という極端な思考はストレスが高く、結果悪循環になるきっかけになってしまう。

    ストレスが爆発した後、自分がどうなるか容易に想像がつくだろう。

    事後の感情をベースに考えて、制限しながら楽しむことが大切だ。その行動は、しばらくすると自分の中で定着し、やがて制限がなくても継続できるようになる。この継続が、自分をコントロールできているという実感へと変わり、自信へと繋がる。あとはドーパミンとうまく付き合いながら、楽しんでいけばいい。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    それは、ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェが遺した、こんな言葉だ。

    「我々が下す判断は、それが正しかろうと間違っていようと、そのつど自分自身を言い含めているにすぎない。」

    スイーツもアルコールも、それを良いか悪いか判断するのはあなた自身だ。
    依存してしまう自分を責めるのではなく、その仕組みを理解し、自分の「欲求」をコントロールできる力を身につけよう。

    vol.21 「睡眠負債」が招く感情の乱れ:自己受容を高める運動習慣
    vol.21 「睡眠負債」が招く感情の乱れ:自己受容を高める運動習慣 150 150 HAKU

    私自身、かつて慢性的な睡眠不足に陥っていた。
    運動習慣がなかった頃は、ベッドに入っても2〜3時間眠れず、夜中に何度も目が覚めるのが当たり前。子供が大きくなっても、風邪やアレルギーで、鼻が詰まったり咳き込む音に神経を尖らせてしまい、眠りたいのに眠れない日々が10年以上続いていた。

    夜中に目が覚めると、昼間の失敗が頭を占拠し、心臓の鼓動が耳元まで響く。 夢の中でさえ仕事に追われ、出口のない閉鎖空間を彷徨うような悪夢。そして、休まる暇もなく残酷に朝はやってくる。

    その結果、私の心は常に限界まで張り詰めていた。 今思えば、それが睡眠不足のせいなのか、生理前の揺らぎなのか、あるいはその両方だったのか。

    正体のわからないイライラに振り回され、些細なことで声を荒らげ、物に当たってしまう。そんな醜い自分を直視するのが怖くて、夜のお風呂で声を殺して泣くのが、当時の私の精一杯の浄化だった。子供に辛く当たり、感情の矛先をモノに向けてしまう自分。 そのすべてを自分の弱さのせいにしていたあの頃は、ただ涙を流すことしかできなかった。

    自己嫌悪からの脱却:睡眠不足と脳のゴミ

    そんな最悪な毎日から抜け出すため、私は脳科学の知識をつけ、お酒の回数を減らし、運動習慣を取り入れた。すると、ある変化が起きた。ぐっすり眠れるようになったのだ。夜中に目が覚める「中途覚醒」が減り、気づいたら朝だったという日が徐々に増えていった。

    以前は、子どもを寝かしつけた後、眠れないのでスマホや動画を見るのがルーティンだった。しかし、運動を始めてからは身体が疲れているせいか、一緒に寝落ちすることが増えた。今まで2〜3時間かかっていた入眠時間が、大幅に短縮されたのだ。

    ある日、子どもから「最近、朝いつも優しいね」と言われた。その言葉は、私に大きな喜びを与えると同時に、深い罪悪感も与えた。自分が眠れていないことで、周りにどれほどネガティブな影響を与えていたか、ハッとさせられたのだ。今まで感情をぶつけてきたことを思い出し、胸が締め付けられる思いだった。

    脳科学が示す真実:睡眠負債が引き起こす認知機能の低下

    なぜ、私は自分をコントロールできなかったのだろう?その答えを、脳科学から学んだ。

    加藤 俊徳氏の『脳の名医が教える自己肯定感』という本によると、7時間以上の睡眠が推奨されている。ジョンズ・ホプキンス大学の研究では、「6時間以下」の睡眠の人たちが、最も老廃物が脳に溜まっていたという。つまり、睡眠不足は脳の清掃不足を引き起こし、思考がゴミで溢れてしまうのだ。

    さらにオックスフォード大学の研究では、長期的な睡眠不足が脳を収縮させるという結果が出ている。そして、脳が収縮するとさらに睡眠の質が落ち、より脳が縮んでいくという悪循環に陥るらしい。

    この事実を知ったことで、私が感情をコントロールできず考え方を変えられなかったのは、意志の弱さの問題ではなく、頭の中がゴミで溢れ(睡眠不足やストレスによるネガティブ思考、ワーキングメモリの過負荷など)、脳のパフォーマンスが低下していることも原因であることがわかった。私はこのゴミの山を、少しずつ排除することを決意した。

    運動習慣と体温変化:睡眠の質がもたらす行動変容

    眠りに焦点を当て、脳のゴミを捨てて、余白を作り出すために意識と行動を変えていくことにした。眠れるようになると、朝の思考がクリアになり、穏やかな気持ちで一日を始められる。これは、単に気分が良いだけでなく、日中のパフォーマンスに直結する。睡眠という基本的な行動が、私の自己管理能力を飛躍的に高めてくれたのだ。

    運動と睡眠の質の研究から、定期的な有酸素運動が入眠をスムーズにする効果は実証済みだ。メカニズムの核心は、運動後の体温変化にある。運動で一度深部体温を上げると、その後、熱を放出しようとして体温が急激に下がる。この急降下が入眠を促すトリガーとなる。実際、運動習慣がある人は、寝付きにかかる時間が短くなるというデータは多数存在する。

    さらに、アメリカ国立睡眠財団が支援した研究では、定期的に運動を始めた不眠症患者は、そうでない患者に比べて「睡眠の質が改善した」と答えた割合が約65%も高かったというデータがあるのだ。

    自己受容への投資:行動変容の第一歩

    私たちは、外部の刺激や環境に反応するだけの存在ではない。
    自らの内側、特に脳の仕組みを理解することで、より良く生きるための戦略を立てることができる。感情の波に飲まれるのではなく、その原因と向き合い、根本から解決する。質の高い睡眠を確保することこそ、その戦略の土台となる。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    これは、古代ギリシアの哲学者ソクラテスが遺した言葉だ。

    「世界を動そうと思ったら、まず自分自身を動かせ。」

    睡眠という、まず自分が動かすべき土台を整えること。そして、運動という行動があなたの脳のゴミを清掃し、自己受容を高める。健康的な脳こそがあらゆる成長の基盤であり、どんな困難な状況にあっても冷静に思考し、最適な判断を下すための不可欠なツールとなるのだ。

    vol.22 「悪い習慣」を断つ!ドーパミンとミラーニューロンで習慣化を成功させる方法
    vol.22 「悪い習慣」を断つ!ドーパミンとミラーニューロンで習慣化を成功させる方法 150 150 HAKU

    誰にでも、「やめたい」と思っているのに、どうしてもやめられない習慣があるはずだ。
    私にとってのそれは、食べ過ぎ、度を越したお酒、そして終わりのないSNSのスクロール。 欲望を極限まで満たしたはずなのに、あとに残るのは心地よい充足感ではなく、冷え切った自己嫌悪と、出口のないモヤモヤだけだった。

    頭ではダメだとわかっているのに繰り返してしまうのは、脳の「ドーパミン」が大きく関係している。ドーパミンは、何かを達成した時や快感を感じた時に分泌され、その行動を「報酬」として脳に強く記憶させる。その結果、悪い行動も含め私たちはその快感を再び求め、行動に依存し、自分のことが嫌いになっていく。

    しかし、このループから抜け出すことは可能だった。

    悪い習慣:人生のエネルギー漏れを塞ぐ行動経済学

    スコット・アラン氏の『GREAT LIFE 1度しかない人生を最高の人生にする方法』という本を読んで、ハッとさせられた。私たちは日々、膨大なエネルギーを消費して生きている。そんな中、悪い習慣を断つことは、決して自分を律するだけの苦行ではないのだ。

    悪い習慣とは、人生というバケツに開いた「穴」そのもの。せっかく貯めたエネルギーが、知らぬ間にそこから漏れ出している。 この「穴」の正体が、意志の弱さではなく脳のドーパミンというシステムにあると知ったとき、視界が一気に開けた。

    こうした脳の仕組みを味方につけて、私は一つひとつ、自分の「悪い習慣」を解体していくことにした。

    まずは、食べ過ぎについて。ストレスが溜まると、無性にジャンクフードやスイーツに逃げたくなる。ボトムスのボタンを外すほど食べてしまった後、あとに残るのはただ重たい自己嫌悪だけだった。生理前の抗えない衝動は、幾度となく私の決意を無力化させてきた。

    だからこそ、力ずくで自分を縛るのはもうやめた。「絶対に食べない」という禁止は、かえってその食べ物への執着を深めてしまう。脳の仕組みを考えれば、それは戦略ミスでしかないと気づいたから。

    身体に良いものなら、たまには食べ過ぎてもいい。 ジャンクフードや激辛料理は「3ヶ月に一回の贅沢」として、あえて「ゆるい余白」を作る。自分を厳しく律するのではなく、手綱を緩めながら賢く付き合っていく。

    次に、SNSとの付き合い方になる。今までは朝起きてすぐにスマホを手に取り、SNSのタイムラインをただスクロールする日々だったが、その代わりに体を起こしてコップ一杯の水を飲み、軽いストレッチや運動に充てるようにした。

    他人の華やかな日常と自分を無意識に比較し、時にはネガティブな動画に心を削られる。そんな情報のノイズで疲弊するのをやめた。

    特に、この「入れる情報を選ぶ」という意識。これが私の毎日をガラッと変える大きなきっかけになった。

    寝る前のひとときも、SNSの内容を「自分のモチベーションを押し上げてくれる投稿」だけに絞った。徹底的に情報の取捨選択を行うことで、私の脳は少しずつ、前向きなエネルギーを取り戻していった。

    モチベーションの科学:ミラーニューロンが習慣化を加速する

    寝る前に見ていたのは、毎日努力を続ける2人、kento_lifeworkさんとkidou_vlogさんのアカウントだった。

    彼らのひたむきな姿を見て、やりたいことをやるために、今ある時間を有効的に使おうと強く決意した。この情熱を失わないため、やる気がない時ほど彼らの投稿を見るようにした。それが、私のモチベーションを常に維持してくれる、最高の燃料となった。

    そしてもう一人。気づくとつい目で追ってしまうのが、@jiajiaさんの投稿だった。運動、学び、遊び、ワインやピザを楽しむことなど、彼女が生き生きと人生を謳歌している姿を見ると、自分の心も元気になる。自分よりもずっと年下の彼女から、沢山のポジティブなエネルギーをもらっていた。

    実はこれ、脳科学的に理由がある。

    人間の脳には「ミラーニューロン」という神経細胞がある。これは、他人の行動を見たときに、まるで自分がその行動をしているかのように反応する不思議な細胞だ。誰かが頑張っている姿を見ると、自分の脳も「頑張ろう!」という信号を出すようにプログラムされているらしい。

    つまり、活動の前に彼らの投稿を見ることは、自分の脳にとって「目標達成」のための予行練習になっていたのだ。彼らのポジティブなエネルギーを、無意識のうちに自分のものに変えていた。

    こうした意識を続けるうちに、早く休んで明日に備えようという気持ちが自然と芽生えるようになった。その結果、「今すぐ寝よう!」「今から始めよう!」と、行動への切り替えが格段に速くなり、毎日早めの睡眠を意識する生活が、徐々に定着していった。

    小さな習慣が自己肯定感と自信を創り出す仕組み

    悪い習慣をなくすことは、決して苦行ではない。それは、人生をよりスムーズに、豊かにするための戦略的なメンテナンスのようなものだ。

    自分を信じて行動し続けるために、悪い習慣を見つけ出し、少しずつでいいから変えていく。その積み重ねが、やがて大きな自信となる。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。 
    それは、古代ギリシアの哲学者ソクラテスが遺した、こんな言葉だ。

    「満たされない欲望を追求しつづける生活は、網の破れたバケツに水を汲み続けるようなものだ。」

    悪い習慣は、心の穴を埋める一時しのぎの行為だ。 その穴を塞ぎ、自分のやりたいことという名のバケツを満タンにするために、今日からできる小さなことを見つけて始めてみよう。

    あなたにとって、成長を妨げている「悪い習慣」は何だろう?

    vol.31 「説得力」は数字と感情のハイブリッド:行動の可視化戦略
    vol.31 「説得力」は数字と感情のハイブリッド:行動の可視化戦略 HAKU

    目次

    • 行動の可視化:2kmと5kmの数字が語る評価のギャップ
    • 数字が語る努力と成果:習慣化による減量の可視化
    • 真の説得力:感情と論理(数字)のハイブリッド

    • 「人に対して説得力が欲しい。」

      そう思うようになったのは、私が運動を始めてからだ。

      「どんな運動をしてるの?」と聞かれることが増え、メニューや距離は答えられるようになった。けれど、「筋トレは絶対やったほうがいいよ」といったアドバイスを、私はどうしても断言できずにいた。自分の中でまだ確実な変化を確信できていないことに加え、その効果を数字で裏付け、論理的に説明する「言語化」が追いついていなかったからだ。

      そんなとき、2km走れるようになった喜びを夫に報告したら、「たった2kmでしょ」と一蹴された。私にとっては、ゼロから一歩を踏み出した大きな成長だった。別にそれを褒めてほしかったわけではない。ただ、2kmを走りきったという「事実」を共有したかっただけなのだ。そのとき覚えた軽い苛立ちは、自分の主観的な自信を、他者の物差しで測られたことへの拭いきれない違和感でもあった。

      その一言に一瞬、心が沈みかけた。けれど、私はすぐに思い直した。1kmも走っていない人の物差しで、自分の努力を測り、落ち込む必要なんてどこにもないのだ。

      面白いことに、不思議と「見返してやるために、次は5km、10km走ってやる!」というような反骨心すら湧いてこなかった。面白いことに、不思議と「見返してやるために、次は5km、10km走ってやる!」というような反骨心すら湧かなかった。なぜなら、このランニングは誰かに見せるためのパフォーマンスではないからだ。

      誰の目も気にせず、誰の評価も求めない。 走ることは、純度100%の「自分のための行動」なのである。

      この本質的な考え方は間違っていないと、確認できた瞬間でもあった。

      行動の可視化:2kmと5kmの数字が語る評価のギャップ

      しばらくして、年内目標だった5kmを達成した。夫がどう反応するか少しの好奇心を持って報告してみると、返ってきたのは「すごいじゃん!」という言葉だった。

      以前の私なら素直に喜べたのかもしれない。けれどその反応とは裏腹に、私の心はどこか冷めていた。「前は『たった2km』って言っていたのに、なんで5kmはすごいと思ったの?」と聞くと、「いや、5km走るのはなかなか辛いでしょ」という、どこか表面的な答えが返ってきただけだった。

      私にとって、大人になって初めて走った2kmは、果てしなく遠く、苦しい距離だった。だからこそ、走りきった自分を心の底から誇らしく思えた。対して、その後の2ヶ月で2kmから5kmへと距離を伸ばした時間は、すでに走る体力がついていたせいか、あの時ほどのハードルは感じなかった。

      本気で挑んだ「2km」が軽視され、慣れ始めた「5km」という数字が称賛される。他者の評価がいかに適当で、自分の内側の熱量や苦労を反映していないか。その事実に触れたとき、私の中で言葉にしがたい違和感が、確信へと変わった。

      この違いを明確にするために、AIにも聞いてみた。
      漠然ではあるが、「2km走ることは凄くない。しかし、5kmはすごい。なぜ?」と尋ねてみた。

      AI:『2kmを走ることは、多くの場合健康維持や運動不足解消の第一歩であり、特別な能力を必要としない一方、5kmの走行は、ある程度の持久力と体力の必要性、そしてランニングという運動の一般的な目安としての意味合いがあるため、より高いレベルの挑戦と捉えられやすいからです』

      夫は徹底して客観的で、物事をロジックで捉える人だ。彼にとって数字とは、個人の感情を挟まない「誰の目にも明らかな事実」だったのだ。それがわかると、不思議とスッキリした。彼の評価基準は私の努力の「プロセス」ではなく、あくまで提示された「数字」にある。それは単なる「見方の違い」に過ぎないのだ。

      数字が語る努力と成果:習慣化による減量の可視化

      習慣の輪は、ランニング以外にも広がっていった。筋トレや縄跳びを取り入れ、さらに食事管理や飲酒習慣も見直した。一気にやらず、一つひとつの習慣を地層のように重ねていった結果、最終的に8kgの減量に成功した。これも夫に報告すると、やはり5kg減より8kg減の方が反応は格段に良かった。

      2kmから5kmへの距離、そして5kgから8kgへの減量。 どちらも「3」という数字の差だが、他者に伝えた時の反応は驚くほど異なっていた。もちろん私も、人から聞かされたら絶対値の大きい方により強いインパクトを覚えるだろう。

      だが、実際のプロセスを振り返れば、ゼロから一歩を踏み出した「0から2km」の地点こそが最も凄まじい変化であり、そこからさらに距離を伸ばした「2kmから5km」も、本来なら驚くべき進化なのだ。数字は頭の中をクリアにしてくれる便利な道具だが、その評価は常に受け手の物差しに委ねられている。

      「数字って、なんて面白いんだろう」

      そう思ったのは、人生で初めてのことかもしれない。 誰かに褒められるために設定した目標ではなかったが、運動や減量のメリットを正しく、力強く伝えるためには、説得力を生み出す「数字」という共通言語が不可欠なのだと理解した。

      これは、ビジネスのプレゼンテーションと同じだ。 どれほど情熱的に夢を語っても、具体的な数字という裏付けがなければ、相手を動かすことは難しい。情熱は共感を生み、数字は客観的な事実として納得を運んでくる。

      「私」という人間が抱く熱い感情と、達成した数字という事実。この二つが揃って初めて、他者を説得し、周囲を動かす力になるのだ。

      真の説得力:感情と論理(数字)のハイブリッド

      運動や減量は、私にとって「自分のためにやる行動」だ。誰かの評価を求めるためのものではない。だからこそ、夫に「たった2kmでしょ」と言われた時も、心が折れることはなかった。しかし、自分の内なる変化を他者に伝えるためには、主観的な感情だけでは不十分な時がある。

      「どれだけランニングが気持ちいいか」「どれだけ身体が軽くなったか」。それは私だけの至福の感覚であって、相手には直接伝わらない。だが、そこに「5km」「8kg」という数字が加わることで、私の変化は初めて具体性を帯びる。数字は、私の感情を他者に届けるための共通言語であり、確かな証拠になってくれるのだ。


      最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
      これは、古代ローマの哲学者セネカが遺した言葉だ。

      「我々の能力は、それを試すことによって、いや、むしろ、実行することによって発見される。」

      夫の言葉に一喜一憂することなく、私はただ黙々と努力を続けた。その結果として刻まれた数字は、私の情熱と能力を、何よりも雄弁に、そして力強く証明してくれた。

      誰かの評価という不確かなものに振り回される必要はない。大切なのは、いつだって自分自身の「行動」に目を向けることだ。あなたがコツコツと積み上げてきたその歩みは、やがて数字という揺るぎない形となって、あなた自身を支える盾になる。

      他人の言葉に心を乱される前に、まずは自分の足跡をじっと見つめてみてほしい。その一歩一歩の積み重ねこそが、あなただけの物語を創り上げる、かけがえのない糧となるはずだ。

    vol.33「時間の投資」で実現する人間関係の断捨離と自己成長
    vol.33「時間の投資」で実現する人間関係の断捨離と自己成長 HAKU

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    私は今まで、ほとんどの物事を「好きか嫌いか」で判断してきた。自分を信じることは難しくても、自分の中にある「好き」や「嫌い」という感覚にだけは、常に揺るぎない確信を持って生きてきたのだ。

    だからこそ、私が何を愛し、何を拒むのかを理解してもらえない相手とは、基本的に深く関わることができない。

    自分の繊細さを自覚しているからこそ、境界線を無視して土足で踏み込んでくるような、無遠慮な言動には人一倍敏感に反応してしまうのだ。

    いわば「取り扱い注意」な自分を理解しているからこその、防衛策。表面的なだけの立ち話や、惰性で続くママ友付き合いは、私の世界には存在すらしない。

    大人になって「この人と友達になりたい」と思う瞬間はあっても、その関係が長く続くことは稀だった。相手に「つまらなさ」を感じた瞬間、繋がりを維持する努力をやめてしまう。それは冷淡さというより、自分自身の感覚に嘘をつけないという、不器用な誠実さの裏返しなのかもしれない。

    時間の資産:「好き」に縛られていた過去

    星 渉氏の『神時間』という本を読んで、改めて立ち止まって考えた。「好き嫌い」と同じくらい、「時間」について深く考えるきっかけになったのだ。
    「人生とは時間の投資。自分に与えられた24時間を何に投資すれば、自分の欲しいものが得られるかを考える」と書いてあった。今の私が欲しいものは、「自分を信じる力」。そのために、小さな成功体験を作る行動として、まず運動を最優先にすると決意していた頃だった。

    最初、24時間あるうち、たった30分筋トレする時間を捻出することさえとても難しかった。それでも、必ず無駄な時間があるはずだと疑って、私は自分の時間を洗い出した。出勤前に15分見ていたスマホをやめて腕のストレッチをしたり、昼休みにはスクワットをしたり。そうして、隙間時間を使いながらトータル1時間、1日の中で運動する時間を捻出することができた。

    本には「ゴールに関係のない頼みは断る」という徹底した戦略が記されていた。私はこれを、人間関係に適用した。大好きな友人であっても、「今はその時じゃない」と感じれば、迷わず自分の時間を優先した。もともと誘う側の人間だったこともあり、断ることへの罪悪感は驚くほどなかった。

    私の性格は「猫」そのものだ。
    甘えたい時は自分から寄っていくが、そうじゃない時は放っておいてほしい。

    幸い、私の数少ない友人たちは、その気まぐれさを無言で受け入れてくれた。数ヶ月会わなくても、「きっと何かで忙しいんだろう」と察してくれる。その静かな理解に、今は心から感謝している。

    時間の投資戦略:人間関係の価値を問い直す

    私たちは皆、平等に24時間という資産を持っている。
    この資産を何に投資するかで、未来の自分が決まる。私はこのシンプルな事実に気づいてから、時間に対する意識が大きく変わった。

    友人と会って楽しく過ごす時間は、もちろん貴重だ。しかし、今の私にとって最も価値のある投資先は、「自分を成長させるための時間」だった。筋トレや勉強、自分の内面と向き合う時間。これらは、すぐに目に見える結果が出ないかもしれないけれど、未来の私を強く、自信に満ちたものにしてくれる希望の時間である。

    この「時間の投資」という考え方は、人間関係にもそのまま当てはまる。友人と会う時は基本的に飲みの場なため、「その人との時間に、週末の睡眠時間や翌朝のランニング、または勉強の時間を引き換えにするだけの価値があるか?」私はそう問うようになった。

    価値のない関係を断つという選択は、もしかしたら冷淡に映るかもしれない。だが、私の周りにはそう思う友人はいないので、安心していいだろう。これは友人を信じ、愛しているからこそ思うことかもしれない。離れていても、全く気まずくない関係性をかれこれ20年近く続けている。

    人からどう思われるかではなく、今は自分がどうなりたいかを最優先にすること。それが、この時の私にとって一番大切なことだと確信していた。

    断捨離と行動原理:「猫」と「価値」の基準

    私は人間関係において「お互いを高め合えるか」を絶対的な基準にしている。 尊敬する人からの言葉は、私の心を輝かせる宝物になる。

    けれど、互いに高め合えない関係から発せられる言葉は、私の大切な「心の余白」をただ曇らせるだけのものに感じてしまうのだ。

    だから私は、自分の資産(時間)を投じるべき相手を、静かに、けれど確信を持って厳選することに決めた。

    それは誰かを切り捨てるためではなく、私が私らしく、前を向いて歩き続けるために。 互いの熱量を共鳴させられる「尊敬の念を抱ける相手」を、丁寧に選び取る。その作業こそが、私の人生をより鮮やかに、そして豊かにしてくれるのだと確信している。

    試行錯誤の末、友人とは3ヶ月に1回の頻度で誘うようになった。以前は毎月会っていたほどの仲なので、久しぶりに会った時はハグするほど嬉しかったし、話すことが止まらなくて結果的に二日酔いになるほど楽しめた(翌日二日酔いというのもスケジュールに入れておく)。そんな、爆発的な質を伴う再会こそが、今の私には必要な「投資」なのだ。

    今の自分にはやりたいことがあり、そのモチベーションは高い状態が続いている。故に、付き合う人を洗い出し、その関係性に価値があるのかどうか確認することは、時間という資産を使う上で極めて重要だと知った。

    会った時間が「自分に必要な投資だった」と思えるためには、お互いの進歩やモチベーションを高め合える対話が不可欠だ。その前提があるからこそ、友人との時間を最大限に活かそうとする事前の準備や、日々の努力の質も爆発的に上がるのだった。

    自己成長:人生は、自分で選ぶ時間でできている

    投資先を厳選すれば、当然、失われる関係もある。
    常にネガティブな言葉を吐き、自らを「うまくいかない場所」に置き続ける人。変化を拒む人。以前の私なら、相手に合わせて自分の感情を殺してお酒を飲むこともできた。けれど、今の私はもうそこにいない。他人を変えるエネルギーがあるなら、それは自分のために使いたい。不満だらけの友からは、そっと、そして静かに離れればいいのだ。

    友を失うことは怖かった。けれど、自分が変われば、住む世界(コンフォートゾーン)も、そこに集まる人々も変わるのが道理だ。相手を攻撃したり、傷つける必要はない。ただ、静かに、優しく離れればいい。今の私には、新しい関係を築く余裕はないかもしれない。けれど、それでいい。「今はこれで良い」と割り切ることも、立派な戦略なのだから。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    古代ギリシアの哲学者ソクラテスが遺した言葉だ。

    「人生は選択の連続である。」

    私たちは、どんな人と時間を過ごし、何に時間を投資するか、すべて自分自身で選択できる。その選択一つひとつが、未来のあなたを創るのだ。今日から「時間の使い方」に意識を向け、未来の自分のために選択していこう。

    自分を大切にするとは、心地いい空間と前向きな人を選ぶことと同義だ。この自己決定と自己探求こそが、あなたの人生をより深く、より強く、そして何よりも揺るぎない充足感で満たしてくれるだろう。

    vol.36 40代への投資 : 時間の使い方と家族との黄金時間
    vol.36 40代への投資 : 時間の使い方と家族との黄金時間 HAKU

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    10代の頃に「20代の頃にしておきたい17のこと」を読み、20代では30代版、そして今、30代の終わりに「40代にしておきたい17のこと」を読み終えた。

    振り返れば、これまでの私は文字通り「今」を生きていなかった。頭の中は常に先の未来を読み、不安を先回りさせていた。それなのに、実行に移す勇気はなく、多くの時間とお金を無駄にし、東京の街で大した経験も積まずに遊び呆けていた。「あの時、もっとちゃんとしていれば」。そんな後悔が頭をよぎることもある。

    けれど、ふと思うのだ。 当時の私は、今ほど高いモチベーションや明確な目標を抱けるほどの「器」ではなかった。

    あの時の私には、あの生き方が、あの選択が、精一杯だったのだ。

    過去は変えられない。 過ぎ去った時間を惜しむよりも、その未熟だった自分さえも「必要なプロセス」だったと抱きしめてあげたい。

    器が足りなかった過去を認める強さを持てた今、私はようやく、40代という新しい器を、自分の意志で、自分の意志で、より鮮やかに描き出していける気がしている。

    過去の呪縛を断つメタ認知:DMNと「しょうがない」

    「あの時」の後悔の念に囚われるのは、脳の「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」が活発になっている証拠だという。DMNは、脳が休んでいるときに過去の反省や未来の不安といった思考を巡らせる機能だ。しかし、過去は変えられない。だからこそ、その思考のループから意識的に抜け出すメタ認知が大切になる。

    私は過去の自分を「しょうがない」と受け入れた。

    これは諦めではなく、当時の自分には今の情熱が備わっていなかったことを冷静に認める戦略的受容なのだ。そうすることで、過去への後悔に費やされていたエネルギーを、すべて「今」と「未来」に振り向けることができる。

    過去を肯定し、思考を「実行モード」へ切り替える。この土台があって初めて、新しい習慣を受け入れるための「思考の余白」が脳内に生まれるのである。

    40代への自己投資:健康と時間の価値

    「40代にしておきたい17のこと」から抜粋した、今の自分にできていることがある。

    本「40代にしておきたい17のこと」から、今の私が全力を注いでいるテーマがある。それは「健康と時間への投資」だ。40代からは生き方の差がはっきりと外見に現れる。顔のたるみ、シワ、体型。これらはすべて、これまでの生活習慣や人間性が蓄積された「人生の履歴書」のようなものだ。

    生き方が表情に表れるからこそ、健康への投資は未来の自分という「資産」を育てる行動経済学的なアプローチと言える。朝の運動で分泌されるセロトニンがストレスを軽減し、内面的な安定をもたらす。この地道な努力が、40代以降の「表情の明るさ」という形で見事に還元されるのだ。

    自己投資は早く始めた分だけ、そして年齢が上がるほどそのリターンは大きくなる。私は今、未来の自分のために最も価値ある資産を積み立てている最中なのだ。

    家族との時間:経験への温かい投資

    もう一つ、本から学んだ大切なこと。
    それは、「家族と繋がる最後の10年を大切にする」ということだ。

    この本を読むのが遅かったこともあるが、私の場合はあと5年と考えた方が良さそうだ。私は母親が35歳の時に産んだ子なので、両親ともに同じ学年の子の親と比べて年齢が高い。さらに子供の年齢も考えると、あと10年も共に楽しむことは難しいかもしれない。

    「私には自分のやりたいことを実行する時間だけでなく、家族と過ごす時間も作らなければならない」と思い直すことができた。今まで一人で過ごしたい欲が強かったので、少し反省した。

    誕生日やイベントを企画し、久しく疎遠だった兄や姉も含めて集まる場を作る。兄弟仲が良いとは言えない期間が長く続いていたが、せめて母が楽しそうに笑い、集合写真を撮るその瞬間だけでも、私たちは家族として協力してもいいのではないだろうか。

    親の喜ぶ顔を見ることは、自己中心的な私の中にも温かい感情を呼び起こす。これは単なる消費ではなく、自分自身の心の土台を安定させるための「精神的な投資」だ。もちろん、無理をしてストレスを溜める必要はない。「無理のない範囲」での調整こそが、良好な関係を長く続ける秘訣なのだから。

    行動こそが未来:ジェームズに学ぶ自己成長

    色んな思い出の形がある中で、私はやはり、自分の両親の喜ぶ顔を見るのが好きなのだと思う。

    旅行先でお土産を買っても、素敵な洋服をプレゼントしても、体験という思い出ほど人の記憶に残るものはないだろう。これは、経験(時間)への投資が、物質的なものへの投資よりも大きな幸福をもたらすというポジティブ心理学の原則とも一致している。モノはすぐに価値が減るが、経験は記憶として残り、幸福度を増し続けるのだ。

    あと少しの間、30代でできる最大限のことを実行しよう。
    そのために、自分のための運動であり、勉強であり、そして家族との時間を作り、思い出を増やしていくのが良いかもしれない。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    それは、アメリカの哲学者ウィリアム・ジェームズが遺した言葉だ。

    「未来は、今、あなたの手の中にある。」

    年齢やステージが変わるたびに、人生の設計図も変化する。
    その変化を傍観するのではなく、自ら主体的に行動し、未来という設計図を描き続けることが大切なのである。過去を気に病むのではなく、今、目の前の経験に全力を尽くそう。あなたが今投資した健康と時間が、これからの人生を豊かにしてくれる確かな資産となるだろう。

    vol.46 虚無感を埋める最強の習慣:「目的」への時間の投資
    vol.46 虚無感を埋める最強の習慣:「目的」への時間の投資 HAKU

    22歳の、クリスマスの時期だったと思う。
    大学生だった私が、文字通り全力で遊んでいた時期だ。

    飲み会の前の時間は、書店で時間を潰したり、HMVで洋楽のアルバムを試聴していたのだが、今思えばその全てがただの「暇つぶし」だった。

    雪のちらつく帰り道、セブンのおでんを片手に「つまんなかったな」と独り言を言いながら歩いた、あの寒い冬の日の感覚を今でも鮮明に覚えている。年末まで2週間、びっしりと飲み会の予定を詰め込みながら、私の心はどこまでも冷え切っていた。

    当時の私は、無駄に溶けていく時間に対して罪悪感すら抱けず、ただ漠然とした虚無感に無自覚なまま生きていた。毎日誰かと約束があり、華やかな場所に身を置いているはずなのに、なぜあんなにも満たされなかったのか。

    その真実を、今の私は痛いほど理解できている。

    快楽は虚無感に繋がる:行動経済学的な理由

    毎日遊んでいても、なぜか満たされない。
    この矛盾、あなたにも心当たりがあるだろうか?

    そのモヤモヤは、ラス ハリス氏の『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない』という本を読むまで気づかなかった。この本には、なぜ人間がネガティブなのかや、自分の価値を見つける方法など書かれている。そして、「人は快楽を追いかけても一瞬気持ちいいだけで、長い目で見た時に幸せにはなれない」とことを伝えている。

    人間は、夢に向かって行動している時が最も幸せなのだという。

    これには私も強く共感している。やりたいこともなく、やらなきゃいけないことを避けて遊んでばかりいた時期がまさにそうだった。自分の価値が何かさえわからず、夢も持てず、ただ快楽だけ求めて遊び続けていた。嫌なことがあっても、友達とお酒を飲めば楽しくなる。彼氏に会えば満たされる。自分と向き合わずにすむ方法が、あの頃の私の唯一の解決策だったのだ。

    しかし本にもある通り、怖いことから逃げて楽なことばかりしていても、幸福にはなれなかった。好きなことばかりしてもただ虚しいだけで、目的がないため達成感も得られず、お金ばかりが減っていった。

    なぜ快楽は長続きしないのか?

    それは、脳が快楽に「慣れる」ようにできているからだ。ドーパミンが分泌されることで一時的に幸福感を得ても、その刺激が当たり前になると、脳はさらに強い刺激を求めるようになる。これが、快楽を追いかける人生が「虚無感」に繋がる脳科学的なメカニズムである。

    一方、「夢に向かって行動する時」の幸せは、達成感や自己効力感によって得られる、より持続的な幸福(セロトニンやオキシトシン)だと言われている。これは、「内発的動機」に基づいた行動の報酬であり、時間が経つほど自己肯定感を高めていく。

    人間は、快楽の中にいる時ではなく、自らの価値に沿った「目的」に向かって行動している時にこそ、最も深く持続的な幸福を感じるようにできている。当時の私は、その「目的」から最も遠い場所にいたということなのだ。

    時間の投資の真実:スーパー営業マンと10年後の差

    大学生の頃、私の周りは「人生の目的が明確な者」と「そうでない者」に二分されていた。

    私は自分と似た目的がないタイプの友達とはすぐに仲良くなり、時間を溶かすように遊んでいた。一方、目的がある友達は勉強、資格、バイトでいつも忙しそうだった。この対照的な違いこそが、人生という行動経済学的な資産を、早期に自己投資しているか否かの明確な差だった。

    同じサークルの男の子で、宅建の資格取得という目標に向かい、行動している子がいた。学部の違う彼と同じ授業を終え、薄暗くなった外を見ながら、教室を出るタイミングで、彼は「これからバイトなのに、昼飯を食う時間がなかったわ」と呟いた。その時、私はとっさに何かしてあげたくて、飲み会前に食べようと思っていたパンをバッグの中から取り出し、「これ食べなよ」と彼に手渡した。彼はコンビニで立ち止まる時間すら惜しんでいたようで、とても喜んで受け取ってくれた。

    その10年後。
    その子が地域の不動産のフリーペーパーに載っていて、スーパー営業マン的な記事と共に紹介されていた。それを見た瞬間、「あぁ、資格をとってちゃんと仕事に活かせているんだな」と心の底から羨ましい気持ちが沸いた。

    フリーペーパーに掲載された彼の笑顔は、あの頃のようにキラキラしていた。彼は、自分にとって価値があることがわかっており、それに向かって努力を続けていた。今はもう別の夢に向かって走っているのだろうと、彼の笑顔から読み取れた。

    当時の私は、彼らの持つ目的意識がどこから生まれているのか全く理解できず、その理由を深く掘り下げることも避けていた。周りが勉強やバイトに励む中、私はやりたいことを見つけられず、同じ授業を受けていても何も吸収できず、ただ椅子に座っているだけだった。

    そんな輝きに満ちた彼らを横目に、携帯で誰かと次の飲み会の予定を組むことだけが、当時の私にできる唯一の行動だった。

    幸せの習慣:内発的動機による心の穴埋め

    だが、今は違う。
    私には早起きして取り組むべき目的があり、その価値を自分自身で見出している。

    運動によってストレスに強い心身を作り、幸せを感じられるホルモンが出るような行動を自律的に選択しているのだ。その価値を感じる行動の継続は、ブログの記事として、そして読んだ本と共に一つひとつ確かな証跡として積み重なっている。

    結局嫌なことから逃げても、幸福にはなれない。
    幸せになりたくて毎日楽しいことをやっていたとしても、持続的な幸せは得られない。

    大学生の時に感じていた「私だけ何もない」という心の穴は、誰かに埋めてもらうものではなく、自分自身の価値に沿った行動の積み重ねでしか埋められないものだった。「あの時はしょうがなかったのかもしれない」と理解し、過去は手放そう。少しの負荷と、自分の価値に沿った目的こそが、自分が幸せになるための真実なのだ。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    アメリカの哲学者ジョン・デューイが遺した言葉だ。

    「幸福は、人が自己の目的に向かって進んでいるときにのみ生じる。」

    誰かの真似ではなく、あなたが定めた「目的」こそが、人生を真の幸福で満たしてくれる鍵なのだ。その一歩を踏み出した瞬間から、あなたの毎日は「暇つぶし」から「確かな投資」へと変わる。その小さな確信こそが、空虚な心を埋める一番の答えになるだろう。

    vol.49 「時間がない」と「無駄遣い」を断つ!人生を豊かにする「価値ある投資」
    vol.49 「時間がない」と「無駄遣い」を断つ!人生を豊かにする「価値ある投資」 HAKU

    「振り返れば、過去の私はあまりに無自覚だった。

    飲み代、洋服代、そして子供にせがまれるままのおもちゃ。欲しいものを買い、好きなだけ呑み、UFOキャッチャーのぬいぐるみの山が棚から崩れかけても、「まぁいいか」と、見て見ぬふりができていた。

    けれど、本を読み、運動し、自らの意志で「思考を紡ぐ」という目的が生まれた瞬間、お金の真実はその姿を変えた。「時間」と「お金」の使い方に本当の価値があると気づけたのは、メタ認知を通じて自分自身を信じられるようになってからのことだ。

    コンフォートゾーンの代償:無駄遣いの断捨離

    時間がないなら作るしかないと、朝の時間を捻出し、運動や勉強を始めた。その時間しかやりたいことができないため、必死に作って完成させたこの生活が、半年以上続いている。

    お金の問題も、無駄を書き出して考えた。
    暇だからとフラフラ買い物に行く時間や、ネットサーフィンをして服を購入する時間は、物理的に作らないようにした。特にお酒を飲んだ後の高揚感で買ったコスメは、翌朝のメイクで使われることは一度もなかった。それらはすべて、解決すべき課題から目を逸らすための「コスト」だったのだ。私は物理的にそうした時間を排除することに決めた。

    運動に関しても、ジムに行く費用は何とか工面できたかもしれない。
    しかし、どう頑張ったとしても通うための「時間」だけは捻出できなかった。ジムに通えば充実した設備を利用でき、天気を気にしなくて済むというメリットはある。だが、子供を置いて一人で通うというのは、現実的にかなり厳しい選択となる。だからこそ私は、お金も場所も使わず、家でできることから行動に移したのだ。

    他にお金を使うことになったのは、ブログを書くために購入したノートパソコンである。新品じゃなくても良い、記事さえ書ければどんなものでも構わない。だが、「絶対にMacがいい(理由は、見た目と薄さ・軽さが好きだから)」と夫に伝えた。

    一見、なんでも良くなさそうなわがままな願いであったかもしれない。PC関係に詳しい夫に中古品を探してもらったが、画面の修理やパーツの交換などで本体の値段より高くかかってしまった。想定内の費用だったとはいえ、中古品で新品を買うよりだいぶ安く手に入れられたので、まずよしとしよう(夫に感謝)。

    思考の転換:目的がなければ支出はすべてムダ

    森 博嗣氏の『お金の減らし方』という本には、幸福に暮らす人は「やりたいこと」が先にあり、そのために時間とお金を工面すると記されていた。「お金がないから出来ない」は言い訳で、「お金ではなく目的に価値がある」という。

    自分に照らし合わせていうと、まず「時間」の作り方や使い方が、初めに頭を悩ませるリソースだった。優先順位が明確になると、おのずと無駄な支出が見えてくる。

    この本によると、「必要だから」と思ったモノの多くは他人に対する見栄だったり、手に入れれば幸せになるというような「感情」に根差した出費だという。そういった感情に根差した支出は、どれほどお金を注ぎ込んだところで問題が消えることはない。なぜなら、そのお金が癒そうとしているのは、一時的な感情の波であって、自己信頼という本質的な問題ではないからだ。

    科学が示す支出の基準:「経験的優位性」

    また、本の中には「どのくらい欲しいかでモノを買う」ことも書かれていた。
    お金を稼ぐのは自分のやりたいことをするためであって、目的ではない。お金を稼ぐという手段が目的になってはいけないという。

    これによって、より私の思考が固まった。
    PCの購入は、自分のやりたいことを叶えるためのモノではなく、「手段」だと明確になった。夏のボーナスで買うことを決め、優先順位1位のPCにお金を使うことを決めた。購入後、毎日PCを使って作業をしている為、日々幸福感を感じている。

    お金を使うためには、「目的」が必要だったのだ。
    自分のために買ったPCは、私の思考の一部となった。目的を叶えるためのモノや時間、体験にお金を使うというマインドができてから、使う前によく考えることができた。

    自己決定:人生を豊かにする「価値ある投資」

    そうなると、何の目的でどれくらい欲しいかが重要となってくる。
    よく考えて買ったモノは、長く大切にできるし、使いつづけるうちに自分も幸せになるだろう。

    これは経験的優位性(物質より経験への支出が幸福度を高める)という理論と一致する。

    PCは物質だが、ブログという経験に投資するための手段であり、その結果、学習と成長が促進される。グロービス経営大学院などの調査でも、働く社会人において、1日あたりの勉強時間(自己成長への投資)が長いほど、主観的幸福度が高いという相関が示されている。また、神戸大学の研究でも、所得や学歴よりも「自己決定」が幸福感に強い影響を与えることが明らかになっている。

    あなたの成長につながる支出は、単なる消費ではない。
    それは「幸福度の資産」を築くための、最も賢い選択でもあるのだ。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    哲学者アリストテレスが遺した言葉だ。

    「お金は、あなたが行う選択を広げるための手段である。」

    お金の多寡ではなく、そのお金でどんな経験を選び、どんな自分になるかが最も大切となる。
    今日の支出や、これから手に入れようとしているモノが、未来の自分の幸福に繋がっているか。手にいれる前に、まずその点を自問自答してみよう。