• ネガティブな感情に悩んでいませんか?ブログ「思考の余白」では、脳科学や心理学の知識をヒントに、小さな習慣で自分を好きになる思考法を発信しています。

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    vol.23 「過去の呪縛」を断つ!DMNを止めて今に集中する自己受容の習慣化
    vol.23 「過去の呪縛」を断つ!DMNを止めて今に集中する自己受容の習慣化 150 150 HAKU

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    私は今までずっと、変えられない過去に縛られて生きてきた。というよりも、長い間、自分のことを意識的に目に見えない「過去」という鎖に繋いで生きてきた。

    何かやりたいことがあっても行動に移すのをためらい、新しい人との交流も避けてきた。「それが一番楽で安全な生き方だ」と思い込み、いつも自分の範囲内でしか行動していなかった。

    心の奥底には、いつまでも消えない不甲斐ない記憶が、水を変えずに放置していた水槽のように、重い沈殿物となって澱んでいた。

    そんな私に変化をもたらしたのが、苫米地 英人氏の『頭のゴミを捨てれば脳は一瞬で目覚める』という本だった。この本には、未来が良くなっていれば、過去も現在も最高になると書かれていた。運動や勉強を始めて、この思考を取り入れたことで私は少しずつ変わっていった。

    「未来の自分が良くなるか悪くなるかが、今の自分次第だとしたら?」

    そう考えると、未来の最高の自分を作るために、今できることに集中して行動することができた。辛く暗い経験をこれからも増やし続け、自分のことを嫌いになりたくなかった。

    私がこれから変えていきたいのは、自分を信じられるような行動をとること。 そのために、今の自分にできること、やるべきことは、泥臭くたって何だって、すべてやってやるつもりでいた。

    正直に言えば、この時の私は「わらをもすがる思い」でしかなく、自分を救ってくれるそのわらを、ずっと探し続けているような状態だったのかもしれない。

    過去の呪縛の解放:未来が過去の意味を書き換える

    過去の出来事に対する感情は、私たちの脳に深く刻み込まれてしまう。特にネガティブな経験は、あたかも現実で起きているかのように、何度も脳内で勝手に反芻される。これは、脳が危険を回避するために、嫌な出来事を強く記憶する性質を持っているからだ。そのせいで私たちは、いつまでも過去の呪縛から抜け出せないのだ。

    大切なのは、そのループを断ち切ること。
    過去を無理に忘れようとするのではなく、未来を良くすることで、過去を相対化することが出来る。

    未来が良くなれば、今の自分は「最高の未来に向かって進んでいる途中」とポジティブに捉えられる。すると不思議と、過去の嫌な出来事も、「あの経験があったからこそ、今の私がある」と感謝すらできるようになる。つまり、未来への希望が、過去の意味を書き換えてくれるのだ。

    この過去の呪縛から解放される思考術の核心は、「今」に集中することなのである。

    ナイキの可視化:「小さな成功体験」が未来を創る

    ランニングを習慣にして2ヶ月ほど経った頃、NIKEのRUNというアプリを入れて、走る距離や時間を可視化してみた。記録して1ヶ月経つ頃に「これ最近始めてさ…」と何気なくアプリを見せると、夫はアプリの画面をスクロールしたりタップしながら「今月、これだけ走っているじゃん」と教えてくれた。

    私はその日走った距離と時間がわかればいいと思っていたのだが、今までの総距離を知った途端、「こんなに走っていたんだ!」と、思わず声が出るほど嬉しくなった。その日その時の「今」に必死だった小さな積み重ねが、いつの間にか大きな地層のように積み上がっていた。その事実は、過去の不甲斐ない自分をまるごと肯定してくれるような、確かな『自分への信頼』に変わった瞬間だった。

    過去の出来事は変えられない。けれど、その意味を決める未来なら、今この瞬間からいくらでも作り変えていけるそのために、「今」に集中できる行動を見つけ、実行することが必要となる。自分を嫌っていたからこそ、その穴を埋めるように、自分にとって良いと思える行動にひたすら集中した。

    必死に手を動かし続けたその先で、気づけば手にした結果は、想像していたよりもずっと大きく、私の世界を塗り替えていた。

    脳科学:DMNを今で満たす習慣化戦略

    それでも過去に引き戻されそうになったら、専門的な本をパッと開いて読んだり、複雑な計算問題を解いてみたり、強制的に「今」に集中できる何かを自分で用意することも大切だ。

    過去のネガティブな記憶が呼び起こされるのは、脳の「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」という機能が関わっていると言われている。これは、ぼーっとしている時や何もしていない時に活性化し、過去の反省や未来の不安といった思考を巡らせる働きだ。

    だからこそ、意識的に脳を「今」に集中させる必要がある。

    普段の生活中、過去を思い出してモヤモヤ、イライラしてきたら、自分が大切にしている理念を書いた手帳をこっそり見るようにしている。そして、そのために今何を考えなければいけないのか思い起こす。その結果、意識は過去ではなく「今」に向かう。これにより、自然と頭の中は未来に向けて「今すべきこと」に集中できるようになる。

    未来がよくなる行動を今から少しずつ始めて、小さな成功体験を増やし、過去を思い出す脳のスペースを狭くしてみよう。そうすれば、あなたの脳は、過去を振り返る暇もないほど「今」と「未来」でいっぱいになるはずだ。

    今に集中することこそ自己受容のスタートライン

    過去の上に成り立っている現状を「今はこれで良い」と受け入れる。
    「ああするしかなかった」と過去の自分を受容することで、今に集中できる。この集中こそが、私にとっての成長だった。過去の自分の全てを受け入れることは、とても勇気がいることだ。

    私もそうだったので、それは痛いほどわかる。

    しかし、新しい行動を起こし小さな成功を積み重ねるたびに、あなたの脳は未来に向けた希望で満たされていく。この意識こそが、自分を信じるための行動に繋がり、そして、その先の未来をより良いものに変えるのは「今の行動」なのだ。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    これは、古代ローマの哲学者マルクス・アウレリウスが遺した言葉だ。

    「未来を心配するな。心配は、未来を創る今の力を消耗させるだけだ。」

    未来を心配するよりも、「今」に集中すること。それが、あなたの人生を切り拓く確かな道となり、この瞬間の行動こそが、あなたを最高の未来へと導く習慣と変わるのだ。過去はもう、終わった話だ。過去を断ち切り、未来のために「今」を生きよう。

    vol.25 「言葉の力」で自己受容を創る:思考の整理と習慣化術
    vol.25 「言葉の力」で自己受容を創る:思考の整理と習慣化術 150 150 HAKU

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    5年に1度、私には「ビックバン」状態が訪れる。

    叶えたい夢や目標で頭がいっぱいな時ほど、飲み会の締めはラーメンではなく「決意表明」だった。それを言えない飲み会には、行く意味がないとさえ思っていた。

    これは大人になってから手に入れた、私なりの「思考のハック」だ。

    今思えば、ただ流されるだけの日常に抗い、自分の本音を言葉にするあの時間こそが、私にとっての真の「思考の余白」だったのかもしれない。

    このブログを書きながら、あの頃の私と今の自分、その根底にある熱意が同じ温度であることを再確認して、ホッとしている。

    しかし、この胸の内にある熱い感情をどう表現すればいいのか、ずっとわからずにいた。 溢れる想いに、自分の語彙が追いつかない。言語化する術を持たないもどかしさは、それこそ何とも言えないものだった。

    そんな霧がかった日々の中で、私のこれまでの歩みを力強く肯定してくれる一冊の本と出会ったのだ。

    言葉が未来を創る:自己否定を避ける習慣

    その本とは、ゲイリー・ジョン・ビショップ氏の『あなたはあなたの使っている言葉で出来ている』である。タイトルからして、もう響く。

    この本には、「自分にどんな言葉をかけるかで、行動が変わる」と書かれている。
    自分に肯定的な言葉を使うことで、気分が良くなり、自信が増し、行動力まで上がる。シンプルかつ、とてもパワフルなメッセージだった。

    私は今まで、自分を信じることはできなくても、「自分にはできない」と思ったことはあまりなかった。なぜなら、自分を否定する言葉を、たとえ無意識下であっても自分自身に向けたくはなかったからだ。
    社会人になってからは、意識的に自分を奮い立たせる言葉を選び、積極的に使うようにした。

    例えば、「私はこう思っていて、これをやり遂げる。いついつまでにここまでやる必要があって、それをこのくらいのスパンで終わらせる。そのために頑張ります!」といったような感じだ。

    酔っ払いながらそう友人に宣言し、今までそれを全て叶えてきたつもりだった。

    周りからは「なんでそんなに頑張れるの?」と聞かれていたが、自分ではそれほど頑張っているつもりはなかった。私はただ、脳に「やる」と言い聞かせ、その通りに無意識に行動していただけだ。

    まさに、made in JIBUN。

    私という人間は、私自身が発する言葉という素材で組み上げられていたのである。


    脳の仕組み:プライミング効果とモチベーション

    私たちの脳は、自分が発する言葉を、誰よりも近くですべて聞いている。そして、その言葉の力をトリガーにして、脳は静かに、けれど確実に動き出す。 まるで、私の意図を完璧に汲み取ってくれる最高のパートナーのように。

    「どうせ無理」と言い続ければ、脳は「ああ、無理なんだな」と判断し、行動するためのエネルギーを止めにかかる。でも、「うまくいく」と語りかければ、脳は「じゃあ、どうしたらうまくいくか?」と動き始める。

    これは科学的にも証明されていて、脳には「プライミング効果」というものがある。プライミング効果とは、先に受けた刺激(言葉)が、その後の行動や思考に影響を与える現象のことだ。例えば、「赤」という言葉を聞くと、無意識にりんごや消防車、情熱といったイメージが頭に浮かぶように、私たちが発する言葉は、脳に特定のアクションを促すシグナルを送っているのだ。

    ネガティブな言葉は、脳に「危険」「停止」のサインを送る。すると、脳はリスクを回避するために、行動を起こすことをやめさせようとする。

    逆にポジティブな言葉は、「Go!」のサイン。
    脳は目標達成のために、新しいルートを探したり、必要な情報を集めたり、モチベーションを上げるためのドーパミンを分泌したりしてくれる。脳をあなたの味方につけることで、驚くほど簡単に思考も行動も変わっていくはずだ。この「言葉」による自己へのインプットは、あなたの潜在意識にまで影響を及ぼし、行動を後押しする土台となる。これが、私たちが無意識的に「自己受容」を築き上げていくための、最も基本的な仕組みなのだ。


    行動変容の鍵:知は力なりという哲学

    変われないと思っている人にこそ、気づいてほしい。脳の潜在意識を呼び覚ますのは、いつだって自分自身だ。自分の発する言葉が、あなたの未来を創っていく。誰かに言われた言葉ではなく、あなたがあなた自身に語りかける言葉で。

    子どもの頃、何かに挑戦しようとするときに、親や先生から「あなたならできる!」と言われた経験はないだろうか?あの言葉が、私たちに勇気を与えてくれたように、今度はあなたが自分の脳にとっての「親」や「先生」になる番かもしれない。

    あなたの「思考の整理」や「行動の習慣」は、すべて自分に語りかける言葉から始まっていく。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。 それは、イギリスの哲学者フランシス・ベーコンが遺した、こんな言葉だ。

    「知は力なり。」

    この「知」は、知識だけじゃない。自分の心をコントロールする術を知ることだ。脳の仕組みを知って、それを味方につけること。そして、言葉が思考を変え、思考が行動を変えるという「知」こそが、真に人生を切り拓く力となる。

    あなたが今、「どうせ」「私なんか」という言葉を口にしているとしたら、それは本当に心から思っている言葉だろうか?もしかして、諦めるための言い訳にしているだけじゃないだろうか?

    もしそうだとしたら、少しだけ言い換えてみてはどうだろう。「どうせ無理だと思ってしまうが、考え方ややり方次第でうまくいくかもしれない」「私なんか無理だと思うけど、もしかしたら私なんかでもできるかもしれない」と。

    この意識的な「言葉の修正」こそが、ネガティブな思考パターンを断ち切るための正しい行動になる。

    vol.27 仕事と育児に追われるあなたへ。脳のゴールデンタイムを見つける方法
    vol.27 仕事と育児に追われるあなたへ。脳のゴールデンタイムを見つける方法 HAKU

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    「時間がない。」

    「自分の時間」なんて、今の私には夢のまた夢。 子育てや仕事に追われ、そう諦めていた私でも、この数ヶ月で人生を変える習慣を見つけることができた。

    それは、朝に時間を「創る」こと。 最初から完璧を求めたわけじゃない。何度も試して、ようやく私にとって一番心地いい「朝4時」という時間を見つけ出したのだ。

    夜9時にはベッドに入り、朝4時に起きる。

    たったこれだけのシフトで、私の日常には驚くほど穏やかな余裕が生まれた。

    時間の作り方:朝のゴールデンタイムを「見つける」思考法

    「時間がない。」が口癖になっていた頃、私は少しずつ変わろうとしているタイミングだった。そんな私は時間を少しでも作ろうと、家事の効率を上げたり、移動時間を減らしたり、必死になってスキマ時間を探していたが、いつも何かに追われている感覚から抜け出せなかった。

    しかし、ある時、考え方が180度変わった。
    時間は誰かに与えられるものでも、苦労して捻出するものでもない。すでにある時間の中から、自分の意志で「見つける」ものなのだと悟った。

    その答えが、朝だった。子どもが寝静まり、夫も眠っている早朝。誰にも邪魔されない、私だけの静かで穏やかなひととき。

    この静寂こそが、私にとっての「思考の余白」だった。誰のためでもない、自分だけの時間。その価値を、私は今まで知らなかったのだ。この自己投資の時間こそが、日々のイライラを解消する武器となった。

    脳科学が証明する朝活の力と感謝の習慣

    「早起きのメリット」は、科学的にたくさん証明されている。
    私が何より実感したのは、ストレスが減ったことだ。これはもう、お金では買えない価値だと悟った。

    リチャード・カールソン氏の『小さいことにくよくよするな』という本を読んだ時、「人間はどれだけ忙しくても、毎日自分の時間を取らないと不満を感じる生き物だ」といった内容に、深く納得した。朝の2時間が、まさにその不満を解消してくれる余白の時間になっていたのだ。

    また、朝は脳が一番クリアな状態だと脳科学でも言われている。朝起きてから3時間は、脳のパフォーマンスが最も高い「ゴールデンタイム」である。この時間に何をインプットするかで、その日の集中力や生産性が決まる。

    さらに、ひすい こたろう氏の『人生が変わる朝の言葉』には、「朝起きると時間を有効に使えるようになって、人生の目的が明確になる」と書かれている。まさにその通りで、朝の時間は私に心のゆとりと、次にやるべきことを明確にしてくれた。

    毎日、世界では10万人以上が亡くなっているという。
    そんな中で、目が覚めて一日をスタートできるのは、奇跡のようなことだ。そう思うようになってから、朝早く起きること、そしてその時間で何をやるか目的を決めること、そして毎日感謝して起きることを習慣に取り入れた。感謝の気持ちで一日を始めると、その日一日がポジティブな気持ちで過ごせるようになった。

    「なんとなく」から「本気」へ変わる習慣化戦略

    仕事と育児を両立する中で、自分の時間を作るなら朝しかない。やらなければいけない家事ではなく、自分にとって意味のあることに朝の時間を使いたかった。

    最初は漠然とした目的だったと思う。5分のストレッチが習慣化した後に、運動、脳科学、朝の習慣など興味のあることをひたすらノートに書き込み、調べてインプットし続けた。

    しばらくすると、この「なんとなく」の行動がだんだん「本気」に変わっていった。朝勉強しないと、なんだか一日が物足りなく感じてしまい、「ちょっとでいいから勉強しようかな」と、体が突き動かされるようになった。

    なぜ、これほどまでに続けられたのか。 それは、朝を義務ではなく「純粋な楽しみ」として、最優先の予定に入れていたからだ。

    寝る前に「明日の朝に楽しむリスト」を予約しておく。 「第1位、2位、3位」と順位をつけ、ワクワクしながらリストを書き出す。

    「明日の朝、これが待っている」 そう思いながら眠りにつくことで、朝、布団から出るのが「辛い行為」ではなく、「楽しみへの入り口」へと変わったのだ。

    楽しみがあるから朝起きられる、起きる目的があるから毎日続く。
    行動と習慣の作り方は、誰かに教えてもらうものではなく、結局のところ自分の中にしか答えがない。

    この「楽しみ」を仕込む戦略こそ、行動経済学における「プロスペクト理論」の応用だ。人は損失回避を強く望むため、寝る前に「楽しい時間」という報酬を確保しておくと、朝寝坊による「報酬の損失」を避けようと体が自然と動くようになる。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    それは、フランスの哲学者ベルクソンが遺した、こんな言葉だ。

    「行動は、思考を形にし、習慣は、その行動を不動のものにする。」

    「時間がない」と悩んでいるなら、まずは自分のための時間を「見つける」ことから始めてみてほしい。それが次第に習慣となり、やがてその時間がとても有意義なものへと変わるはずだ。

    vol.29 感情の波を鎮める利他行動:自己肯定を築く脳科学的習慣術
    vol.29 感情の波を鎮める利他行動:自己肯定を築く脳科学的習慣術 HAKU

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    毎日を自分らしく、幸せだと感じられるような日々を過ごしたい。

    そう思っていても、なぜか気分が沈んでしまう日がある。メイクをする気力さえ湧かず、鏡に映る機嫌の悪そうな自分を見てはため息が出る。

    そんな日は人と会うのを避け、下を向いて歩いてしまう。
    スーパーのレジの店員さんが丁寧すぎることにさえイラついてしまい、一日の質が音を立てて崩れていく。

    そんな「気分の波」に振り回されるたび、お気に入りの音楽やポッドキャストを聴くのだが、それでも気分を紛らわせられない時は、とことん全てがどうでも良く思えた。

    けれども、今ならわかる。その「不調」は、私自身が自分を受け入れられていないサインなのだ。 誰かに気分を上げてもらおうと期待する受け身の姿勢では、本当の意味で人生を乗りこなすことはできない。

    自己肯定感の真実:利他行動が世界で好かれる理由

    星友 啓氏の『全米トップ校が教える自己肯定感の育て方』という本を読んで、私はハッとさせられた。この本には、「優しくて相手を許容できること」が、世界中のどの文化圏でも最も好かれる性格だと科学的に証明されていると書かれていた。さらに、「人に優しくしている自分は、周囲から受け入れられている」ということに気づくという話も印象的だった。

    正直に言うと、私は利他的なマインドを1%も持ち合わせていない、完全に自己中心的な人間だ。その日の気分で感情がコロコロ変わるため、常に自分の感情を優先し、人に優しくできない。できたとしても、それはたまたま機嫌がよかっただけの話だ。利他的なマインドを持つというのは、かなり辛く厳しい苦行のような考え方だと感じた。しかし、この本を読んでから、意識して実行するようにした。

    クリニックでの習慣化:心のフィルターを外す優しさ

    まず、患者さんへの接し方を意識的に変えてみた。

    1. カルテを見るのではなく、必ず患者さんの目を見て、体調の変化がないか聞くようにした。
    2. 耳が聞こえにくい人にも、わかりやすい挨拶や相槌を心がけた。
    3. 話しかけやすい雰囲気を作るようにした。

    たったこれだけのことだが、驚くべき変化があった。「診察室では言えなかった不安」や「家庭の事情」を、患者さん自ら打ち明けてくれるようになったのだ。 私が心のフィルターを外し、柔らかな雰囲気を纏うだけで、閉塞していた人間関係の空気が一気に解き放たれていく。

    誰かを救おうとして始めた行動が、実は、誰よりも私自身の凍りついた心を救っていたのだ。利他とは、自己犠牲ではない。 それは、自分自身を深い愛で満たすための、最も理にかなった「戦略」だった。検査中に話せる時間は限られているが、それでも、患者さんの言葉の端々から、彼らが抱えている悩みを拾い上げ、医師にスムーズに伝わるようカルテに記入した。

    いつも怒っているように見えた人が、私が丁寧に接するだけで、絞り出すように「ありがとう」と言ってくれた。その時、彼の中にあった「誰かに大切にされたい」という痛いほどの渇望に、私は初めて触れた気がした。

    また、いつも上の空だった人が、私の真摯な眼差しを感じた途端、家族の介護で十分に眠れていない過酷な日常を打ち明けてくれた。

    私の纏う空気が柔らかくなったことで、彼らの心の重荷が、ほんの少しだけこちらに預けられたのかもしれない。

    この経験は、私自身の心を大きく揺さぶった。 それまで私が世界に向けていた「不機嫌」という名のフィルターが、いかに歪んでいたかを思い知らされたのだ。

    優しい行動がオキシトシンを呼び、自己肯定感という栄養になる

    「人に優しく接する」という行動を続けた結果、嫌な人にもそれぞれ理由があったことを知った。そして、悩みを打ち明けてもらったことで、「人に優しくしている自分は、周囲に貢献できている」と実感できるようになった。その結果、自分は相手に受け入れられているのだと確信できた。

    利他的なマインドは、「私はあなたの味方です」というメッセージを相手に送る行為なのかもしれない。実際、そのメッセージを受け取った相手が心を開くことで、自分は社会の中で受け入れられているという感覚が生まれ、それが自己肯定感に繋がることがようやくわかった。

    こうして自己肯定感が上がると、仕事中の対応がとても楽になった。他者への優しさが、巡り巡って自分の心を軽くしてくれたのだ。朝嫌なことがあって仕事前に気分が乗らない日でも、誰かに優しくするという行動が、自分自身を喜ばせることにつながった。

    心理学では、「利他行動(altruistic behavior)」が幸福感や自己肯定感を高めることが広く知られている。誰かのために行動することは、脳内で幸福ホルモンであるオキシトシンやセロトニンを分泌させ、ストレスを軽減する効果があるという。つまり、誰かに優しくすることは、自分の心を満たし、人生の質を底上げするための、極めて合理的で科学的な方法でもあるのだ。

    継続のメタ認知:感情の波を鎮めるための科学的習慣

    もしあなたが、今人と関わることに難しさを感じているなら、まずは小さな行動から始めてみてはどうだろう。職場で人に優しくする、電車で席を譲るなど、どんな些細なことでも構わない。

    「自分は優しい人間だ」と意識して行動してみる。

    その思考が、いずれ大きな自信となってあなたを支えてくれるだろう。ストレスを管理し、自己成長を促すための「優しさ」を実践できるような習慣を身につけること。大切なのは、個人の性格や相性を責めるのではなく、健全な行動習慣を築けるような環境を自分自身で整えることにある。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    これは、古代ローマの哲学者セネカが遺した言葉だ。

    「善を行う者は、それ自体が報いである。」

    誰かのために行う親切は、見返りを求める必要がない。
    なぜなら、その行為そのものが、あなたの心を満たし、自己肯定感を育む最も確実な方法だからだ。誰かの心を温めることが、巡り巡って自分の心を温めてくれる。優しい行動が、あなたの心の基盤を豊かにし、揺るぎない自己肯定感を築き上げてくれるだろう。

    vol.30 「自分を愛する」セルフケアが思考の余白と自信を創る方法
    vol.30 「自分を愛する」セルフケアが思考の余白と自信を創る方法 HAKU

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    朝の時間を活用し、運動が習慣化して自分を客観視できる余裕が生まれてきた頃。カズレーザー氏による「見た目がいい人は中身もいい」と語るショート動画が、ふと目に留まった。

    そのフレーズは、驚くほどストンと私の腑に落ちた。 クリニックで日々多くの患者さんと接する中で、私自身も同じことを肌で感じていたからだ。

    外見に「品」や「余裕」が漂っている人は、内面も驚くほど優しく、穏やかであることが多い。 それは、造形が整っているとか、高価なブランドを纏っているということではない。

    自分の心身を丁寧に扱い、大切にしているという「自愛」の姿勢が、その人の佇まいとして外側に溢れ出しているのだ。

    自己報酬系の強化:「愛すべき部分」を磨く自己投資習慣

    私は気分が乗らない日があると、とことんネガティブの沼に沈んでいくタイプだった。そんな時、田中 克成氏の『自分をよろこばせる習慣』という本で、「自分の顔の1パーツを溺愛しよう」という言葉に出会った。

    最初は、そんなことだけで変わるのかと半信半疑だったが、試してみることにした。私が実践したのは、「コンプレックスだったパーツを、愛おしい部分へと変える」ことだ。私の場合は、顔の中ではダントツ「歯」がコンプレックスだった。長年のコーヒー習慣と赤ワインで着色した歯は、鏡を見るたび落ち込むほど黄ばんでいた。

    当時、子供に読んでいた長谷川 摂子氏の絵本『めっきらもっきら どおんどん』に、「もんもんびゃっこ」というキャラクターがいた。その妖怪は、顔は真っ白なのに歯は真っ黄色という、目をひく姿だった。読み聞かせている最中に、子供がその妖怪を指差し、「これお母さん!」と言われた時は、リアルにショックだった(ひどい)。

    仕事中はマスクの着用が欠かせないが、プライベートでは基本的にマスクはしないようにしている。だからこそ、歯に自信をつけるため、ホームホワイトニングと年一回のオフィスホワイトニングを試すことにした。その結果、周りから「歯が白いね」と言われるようになり、笑顔の写真を見返すと明らかに過去の私とは表情が違っていた。

    「友達と心から笑うための下準備」「赤いリップをつけたい」のように、自分を喜ばせるための行動として捉える。この習慣を続けると、驚くほど心が上向きになり、自分を認める力が強まっていくのを感じた。ストイックになりすぎず、「たまにはホットコーヒーもいい」「今夜は赤ワインを楽しもう」と、ゆるく考えることも大切だ。

    完璧主義を捨て、柔軟な「余白」を持つ。
    これこそが、行動を軽やかに続け、自分を好きでいられる秘訣なのだ。

    脳科学が証明:ドーパミンとセロトニンの習慣化

    では、なぜこうした「自分を喜ばせる行動」が、これほどまでに心を上向きにさせるのだろうか。

    それには、脳科学的な理由がある。私たちの脳には、何かを達成した時に「ドーパミン」という報酬系のホルモンが分泌される。歯が白くなったり、二の腕が引き締まったりといった変化を鏡で確認するたびに、脳は「頑張ったね、偉いね」とご褒美をくれるのだ。

    このドーパミンが、やる気を引き出し、自己肯定感を高めてくれる。

    さらに、自分を大切にすることは、「セロトニン」という心の安定に関わるホルモンの分泌も促してくれる。好きな香りのボディクリームを塗る、お気に入りの歯磨き粉を使う、そういった五感を満たす行動は、脳に安心感を与え、穏やかな気持ちにさせてくれるのだ。

    つまり、コンプレックスを愛おしい部分へと変える行為は、単なる美容習慣ではなく、脳の「自己報酬系」を能動的に強化するトレーニングなのだ。これこそが、気分の波に振り回されない、揺るぎない自信を育む土台となる。

    未来の自分を創る:自己肯定感の積み重ね

    この習慣が身につけば、気分の波に振り回されることは減るだろう。鏡に映る自分を見て、ため息をつく代わりに、小さな自信を積み重ねることができる。

    メイクをしていない日でも、深く被った帽子やマスクに頼らなくても、あなたは堂々と歩けるようになる。なぜなら、人からどう見られるかではなく、自分が自分を愛せているという確信が、あなたの内側から輝きを放つからだ。

    この自己投資は、やがてあなたの「思考の余白」を大きくしてくれる。

    外からの評価を気にしたり、自分を責めたりするネガティブな思考が減り、本当に大切なことにエネルギーを使えるようになる。例えば、新しい趣味に挑戦したり、大切な人とじっくり向き合ったり。自己肯定感が低いと、これらの行動に踏み出せないことが多い。しかし、自分を大切にすることで、その一歩を踏み出す勇気が湧いてくるのだ。

    誰かの正解を生きるのではなく、自分で自分を喜ばせる術を知っている人は強い。毎日を豊かに生きるための、自分だけの「自己投資メソッド」を手に入れたあなたは、これからどんな人生でも創り出していける。

    習慣化の第一歩:ソクラテスに学ぶ行動

    本書とは異なるが、それは顔のパーツでも、身体のパーツでも、どこだっていいはずだ。
    コンプレックスだった部分でも、元々好きだった部分でも構わない。「ここを育てれば、私は気分が上がる!」と、自分の本心がワクワクする場所を見つけることなのだ。

    まずは鏡を出して、自分をみつめてみよう。
    一番最初に、あなたが「ここを育てたら最高かも」と思うのは、どこなのだろう?

    そのために、自己投資したい場所を見つけ、一歩を踏み出してみよう。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    それは、古代ギリシアの哲学者ソクラテスが遺した、こんな言葉だ。

    「自分を愛せない者は、他者を愛せない。」

    誰かを喜ばせるためには、まず自分自身が満たされている必要がある。
    そして、自分を愛するための第一歩が、日々の小さな「行動」という習慣で作られる。自己肯定感を高めることは、自分を大切にすること。それが、他者への優しさ、そして自分らしくありたい生き方へと繋がっていくはずだ。

    vol.32 行動が続かないを克服!たった5分で始めるハードルを下げる習慣
    vol.32 行動が続かないを克服!たった5分で始めるハードルを下げる習慣 HAKU

    目次

    • ハードルを下げる習慣がくれた自己肯定感
    • 作業興奮の科学:意味や結果は後からわかる
    • 行動が続かないを克服:小さな一歩の行動戦略

    • 思い返せば学生の頃、世間で大流行した「ビリーズ・ブート・キャンプ」に入隊したときから私の挫折歴は始まっていた。「毎日がんばる!」と意気込んでみたものの、あまりのハードさに3日も続かず、「坊主」にすらなれぬまま除隊。筋肉どころか、残ったのは「続かない自分」という冷酷なセルフイメージのみ。3日も続けられないダメな自分へのレッテルを、自ら強く貼り直しただけだったのだ。

      そんな理由で、大人になっても動画で行うエクササイズ系を避けていた。
      ビリーの時のように、自分は絶対に続かないと強く思っていたからだ。

      そんな時、たまたまYouTubeでおすすめに上がってきた竹脇まりなさんの「5分間ストレッチ」を観る機会があった。整体に行く時間さえ無かった私は、「5分だけなら」と、恐る恐るやってみることにした。すると、固まっていた身体がスッキリし、辛くないのに心地よい感覚が残った。「このくらいなら、できるタイミングでやってみよう。」そう思えたことが大きな一歩となり、初めて3日以上行動が続いたのだった。

      1ヶ月経つ頃には、動画を観なくても体が動くようになっていた。当時住んでいたテラスで、毎日朝日を浴びながら、ぐーっと身体を伸ばして5分だけのストレッチを日課にする。この「自分を喜ばせる時間」を持つことで、スッキリした気持ちで一日をスタートできるようになった。

      ハードルを下げる習慣がくれた自己肯定感

      1日5分の継続で、1ヶ月合計150分(2時間半)になる。
      1ヶ月で2時間半と言うと、少ないと思うか、それとも多いと感じるだろうか。 これは人それぞれだろう。

      しかし、私はたった5分を毎日続けたことで、「朝から良い気分になる」というマインドセットと、「継続できる」という2つの確かな自信がついた。

      彼女の人柄も、可愛らしくてとても好きだ。明るく元気な人を朝イチで見ていたことは、良い影響だったのかもしれない。例えば、朝の5分間ベッドの中でネガティブなニュースを見ながら身体が目覚めるのを待つより、元気な人を観ながらストレッチをした方が、身体にも脳にも良いと感じられた。

      これは、脳科学でいう「プライミング効果」に似ている。
      朝一番にポジティブな情報や活発な映像をインプットすることで、その日一日の気分や行動が影響を受ける。彼女の明るい笑顔と「今日も1日頑張ろう」という最後の声かけは、無意識のうちに私の心を前向きにしてくれていたのだった。

      作業興奮の科学:意味や結果は後からわかる

      井上 新八氏の『続ける思考』にもあったが、意味や目的を深く考えず、「何でもいいからやってみる」ことがとても重要なのだ。

      毎日できそうな軽いストレッチ、筋トレ、散歩など、身体のために良さそうな運動を見つけたら、とりあえずやってみるのがいい(持病がある人は、医師や服用中の薬など制限のある行動について確認が必要だが)。

      たった5分でも朝から良い気分になれるし、毎日続けていることに成長を感じるはずだ。見た目の変化は少ないかもしれないが、心の変化はかなり大きいだろう。最初のスタートはゆるく、そして短いものがいい。意味や結果は後からわかる。

      嫌いなことを嫌々続けるのではなく、「好きなことを続けられている」という感覚を大切にすること。 その結果、継続できたという事実と自信を、自分自身で作り上げていくのだ。

      この小さな行動がなぜ効果的なのかというと、脳の仕組みが関係している。
      私たちの脳は、急激な変化や大きな目標を苦手とする。しかし、たった5分という短い時間なら、「これくらいならできそう」と感じ、行動への抵抗が少なくなる。この小さな成功体験が、脳に「報酬」を与え、次の行動へのモチベーションを高めてくれるのだ。

      これは脳を騙して習慣化させる、賢い戦略なのだ。

      行動が続かないを克服:小さな一歩の行動戦略

      私たちは、生まれ持った性格や運命に縛られる必要はない。

      自分に合ったやり方で、小さな成功体験を積み重ねていく。
      その積み重ねこそが、やがて「自分は変われる」という確信に繋がっていく。

      かつて、何をやっても三日坊主で終わっていた私。そんな私を救い出し、変えてくれたのは、驚くほど小さな「たった5分」の行動だった。この経験は、私に大きな自信を与えてくれた。そして、この「自信」こそが、新しいことに挑戦するための燃料になるのだ。

      「たった5分のストレッチを毎日続けられたのだから、他のことだってできるはず。」
      そう思えるようになったことが、私にとって小さな成功体験となり、最大の収穫だった。


      最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
      古代中国の哲学者老子が遺した、こんな言葉だ。

      「偉大な行為は小さな始まりから生まれる。」

      私たちはつい、最初から大きな目標を立ててしまいがちだ。しかし、本当に大切なのは、完璧なスタートではなく、小さな一歩を踏み出す勇気だ。そして、その一歩を継続すること。まずはそこから考えてみてほしい。

      大きな目標の前に、まずは今日できる「たった5分」のこと。いや、1分でも1回でも構わない。その小さな一歩が、やがてあなたの行動を変える大きな流れに変わるのだ。

    vol.33「時間の投資」で実現する人間関係の断捨離と自己成長
    vol.33「時間の投資」で実現する人間関係の断捨離と自己成長 HAKU

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    私は今まで、ほとんどの物事を「好きか嫌いか」で判断してきた。自分を信じることは難しくても、自分の中にある「好き」や「嫌い」という感覚にだけは、常に揺るぎない確信を持って生きてきたのだ。

    だからこそ、私が何を愛し、何を拒むのかを理解してもらえない相手とは、基本的に深く関わることができない。

    自分の繊細さを自覚しているからこそ、境界線を無視して土足で踏み込んでくるような、無遠慮な言動には人一倍敏感に反応してしまうのだ。

    いわば「取り扱い注意」な自分を理解しているからこその、防衛策。表面的なだけの立ち話や、惰性で続くママ友付き合いは、私の世界には存在すらしない。

    大人になって「この人と友達になりたい」と思う瞬間はあっても、その関係が長く続くことは稀だった。相手に「つまらなさ」を感じた瞬間、繋がりを維持する努力をやめてしまう。それは冷淡さというより、自分自身の感覚に嘘をつけないという、不器用な誠実さの裏返しなのかもしれない。

    時間の資産:「好き」に縛られていた過去

    星 渉氏の『神時間』という本を読んで、改めて立ち止まって考えた。「好き嫌い」と同じくらい、「時間」について深く考えるきっかけになったのだ。
    「人生とは時間の投資。自分に与えられた24時間を何に投資すれば、自分の欲しいものが得られるかを考える」と書いてあった。今の私が欲しいものは、「自分を信じる力」。そのために、小さな成功体験を作る行動として、まず運動を最優先にすると決意していた頃だった。

    最初、24時間あるうち、たった30分筋トレする時間を捻出することさえとても難しかった。それでも、必ず無駄な時間があるはずだと疑って、私は自分の時間を洗い出した。出勤前に15分見ていたスマホをやめて腕のストレッチをしたり、昼休みにはスクワットをしたり。そうして、隙間時間を使いながらトータル1時間、1日の中で運動する時間を捻出することができた。

    本には「ゴールに関係のない頼みは断る」という徹底した戦略が記されていた。私はこれを、人間関係に適用した。大好きな友人であっても、「今はその時じゃない」と感じれば、迷わず自分の時間を優先した。もともと誘う側の人間だったこともあり、断ることへの罪悪感は驚くほどなかった。

    私の性格は「猫」そのものだ。
    甘えたい時は自分から寄っていくが、そうじゃない時は放っておいてほしい。

    幸い、私の数少ない友人たちは、その気まぐれさを無言で受け入れてくれた。数ヶ月会わなくても、「きっと何かで忙しいんだろう」と察してくれる。その静かな理解に、今は心から感謝している。

    時間の投資戦略:人間関係の価値を問い直す

    私たちは皆、平等に24時間という資産を持っている。
    この資産を何に投資するかで、未来の自分が決まる。私はこのシンプルな事実に気づいてから、時間に対する意識が大きく変わった。

    友人と会って楽しく過ごす時間は、もちろん貴重だ。しかし、今の私にとって最も価値のある投資先は、「自分を成長させるための時間」だった。筋トレや勉強、自分の内面と向き合う時間。これらは、すぐに目に見える結果が出ないかもしれないけれど、未来の私を強く、自信に満ちたものにしてくれる希望の時間である。

    この「時間の投資」という考え方は、人間関係にもそのまま当てはまる。友人と会う時は基本的に飲みの場なため、「その人との時間に、週末の睡眠時間や翌朝のランニング、または勉強の時間を引き換えにするだけの価値があるか?」私はそう問うようになった。

    価値のない関係を断つという選択は、もしかしたら冷淡に映るかもしれない。だが、私の周りにはそう思う友人はいないので、安心していいだろう。これは友人を信じ、愛しているからこそ思うことかもしれない。離れていても、全く気まずくない関係性をかれこれ20年近く続けている。

    人からどう思われるかではなく、今は自分がどうなりたいかを最優先にすること。それが、この時の私にとって一番大切なことだと確信していた。

    断捨離と行動原理:「猫」と「価値」の基準

    私は人間関係において「お互いを高め合えるか」を絶対的な基準にしている。 尊敬する人からの言葉は、私の心を輝かせる宝物になる。

    けれど、互いに高め合えない関係から発せられる言葉は、私の大切な「心の余白」をただ曇らせるだけのものに感じてしまうのだ。

    だから私は、自分の資産(時間)を投じるべき相手を、静かに、けれど確信を持って厳選することに決めた。

    それは誰かを切り捨てるためではなく、私が私らしく、前を向いて歩き続けるために。 互いの熱量を共鳴させられる「尊敬の念を抱ける相手」を、丁寧に選び取る。その作業こそが、私の人生をより鮮やかに、そして豊かにしてくれるのだと確信している。

    試行錯誤の末、友人とは3ヶ月に1回の頻度で誘うようになった。以前は毎月会っていたほどの仲なので、久しぶりに会った時はハグするほど嬉しかったし、話すことが止まらなくて結果的に二日酔いになるほど楽しめた(翌日二日酔いというのもスケジュールに入れておく)。そんな、爆発的な質を伴う再会こそが、今の私には必要な「投資」なのだ。

    今の自分にはやりたいことがあり、そのモチベーションは高い状態が続いている。故に、付き合う人を洗い出し、その関係性に価値があるのかどうか確認することは、時間という資産を使う上で極めて重要だと知った。

    会った時間が「自分に必要な投資だった」と思えるためには、お互いの進歩やモチベーションを高め合える対話が不可欠だ。その前提があるからこそ、友人との時間を最大限に活かそうとする事前の準備や、日々の努力の質も爆発的に上がるのだった。

    自己成長:人生は、自分で選ぶ時間でできている

    投資先を厳選すれば、当然、失われる関係もある。
    常にネガティブな言葉を吐き、自らを「うまくいかない場所」に置き続ける人。変化を拒む人。以前の私なら、相手に合わせて自分の感情を殺してお酒を飲むこともできた。けれど、今の私はもうそこにいない。他人を変えるエネルギーがあるなら、それは自分のために使いたい。不満だらけの友からは、そっと、そして静かに離れればいいのだ。

    友を失うことは怖かった。けれど、自分が変われば、住む世界(コンフォートゾーン)も、そこに集まる人々も変わるのが道理だ。相手を攻撃したり、傷つける必要はない。ただ、静かに、優しく離れればいい。今の私には、新しい関係を築く余裕はないかもしれない。けれど、それでいい。「今はこれで良い」と割り切ることも、立派な戦略なのだから。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    古代ギリシアの哲学者ソクラテスが遺した言葉だ。

    「人生は選択の連続である。」

    私たちは、どんな人と時間を過ごし、何に時間を投資するか、すべて自分自身で選択できる。その選択一つひとつが、未来のあなたを創るのだ。今日から「時間の使い方」に意識を向け、未来の自分のために選択していこう。

    自分を大切にするとは、心地いい空間と前向きな人を選ぶことと同義だ。この自己決定と自己探求こそが、あなたの人生をより深く、より強く、そして何よりも揺るぎない充足感で満たしてくれるだろう。

    vol.34 「一人になりたい」の裏にある真実:不幸の反転でウェルビーイングを見つける方法
    vol.34 「一人になりたい」の裏にある真実:不幸の反転でウェルビーイングを見つける方法 HAKU

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    「1人になりたい」

    大型連休や長期休暇が来るたびに、私はずっとそう強く願ってきた。家族との旅行や外出を楽しむよりも、ただ一人で静かに過ごしたい。その欲求が人一倍強いことを、半ば逃れられない性分のように自覚していたのだ。

    旅行に行くとなれば、夫は直前まで仕事に追われ、子供の荷造りから帰宅後の大量の洗濯、荷解きまで、そのすべてが私の肩にのしかかる。

    さらに、結婚前から10年以上続く夫の大音量のいびき。扉扉3枚分も離れた部屋に寝ているはずなのに、耳栓越しに聞こえてくるその騒音のせいで眠れず、イライラを募らせることは今の家に引っ越してからも日常茶飯事だ。

    旅行先ともなれば、そんな大音量のいびきを真隣で聴かされることになる。最高に嫌な気分で朝を迎え、一日中イライラして過ごす時間は、もはや休息ではなくただの「罰ゲーム」でしかなかった。

    せっかく旅行に行っても、私だけ休めない。
    どこへ行っても、私だけがイライラしている。
    そんな旅行なら、行かない方がいい。

    私がイライラしてしまうことで、家族との思い出を壊してしまうくらいなら、最初から旅行を避けるべきだと判断するようになった。

    そのため、基本的には長期休暇などは、夫の両親や兄妹、従兄弟たちと水入らずの旅行を楽しんできてもらうことにしている。こういう時の私は、心なしか哀愁が漂う顔をしつつも、心の中はニッコニコで夫と子供を車まで見送っていたのだった。

    「一人になりたい」という不満の正体

    「家族旅行は嫌」――そんな風に考える人は、きっと私だけではないだろう。

    温泉では子供の目が離せないため、ゆっくり入ったことは家族旅行で1度もない(サウナなんて論外だ)。帰宅後はというと、荷解きと山積みの洗濯物が待っている。せっかくのリフレッシュのはずが、結局は別の何か(労働)にすり替わっているような感覚だった。

    旅行から帰った日は、決まって疲れとイライラで心がいっぱいになり、余裕がない。
    楽しかったはずの記憶も、帰宅した途端に「疲労」で黒く塗りつぶされてしまう。だから、私はいつも「一人になりたい」と心の中で叫んでいた。家族に「旅行に行こう」と誘われるたびに、面倒くさいという気持ちが先行し、「仕事で忙しい」だったり「あなたのいびきがうるさくて眠れないから無理」と言い、毎回断り続けた。

    カナダの研究が示す、ウェルビーイングと時間の要求

    だが、私が感じていたこの「一人の時間」への渇望は、多くの母親が共有するウェルビーイング(幸福)を維持するための、科学的な要求であることがわかった。

    長時間、育児やタスクに集中すると、ストレスホルモンであるコルチゾールが上昇し続ける。この状態が慢性化すると、脳は思考力を維持できなくなる。そのため、誰にも邪魔されない休息時間は、脳の機能を正常に戻すために不可欠なのだ。

    カナダの親を対象とした調査データによると、母親の半数以上(50%超)が「もっと一人で過ごす時間が必要だ」と報告しているのに対し、父親ではその割合が約3分の1にとどまった。母親が育児や家事にかける時間が増えるほど、「一人でいる時間」への欲求が高まることが示されており、これは単なる個人の感情ではなく、脳機能を維持するための資源として切実に必要とされていることを示している。

    このデータを知って、私は安堵した。自分の疲労を回復させ、脳に「思考の余白」を取り戻すための、極めて人間的な欲求だったのだと論理的に理解できたからだ。

    ちょうどその頃、全力で一人になろうとしていたお盆休みがあり、星 渉氏の『99%は幸せの素人』という本を読んだ。その中に「絶対になりたくない不幸な状態を書いてみる」という、ユニークな思考実験が紹介されていた。

    思考実験:絶対になりたくない不幸の反転

    正直に言うと、最初は「?」だったが、物は試しと思い紙に書き出してみた。

    • 仕事を嫌いになること
    • 忙しいこと
    • 太っている状態
    • 一人になること

    このリストを見て、私は心底驚いた。いつも「一人になりたい」と願っていたのに、絶対になりたくない不幸な状態に「一人になること」が含まれている。これはどういうことだろうか?自分の内面が完全に矛盾していることに気がついた。

    私は、家族が自分から絶対離れないと勝手に思い込んでいたのだ。だから、偉そうにしたり怒りを撒き散らし、ぞんざいな扱い(特に夫に対して)をしても、平気な顔をしていた。しかし、もしそんな私にうんざりして、家族がいつか離れてしまったとしたら?

    そんな状態に私は耐えられるはずがなく、心底後悔することだろう。
    この事実に気づいた途端、もの凄く怖くなった。

    本によると、この「絶対になりたくない不幸な状態」を反転させると、自分が本当に求めている「幸せな状態」がわかるらしい。

    • 仕事が嫌いなことが嫌→ 仕事を楽しめるように工夫すること
    • 忙しいのが嫌 → 時間の使い方を工夫すること
    • 太っているのが嫌 → 筋トレやランニングで引き締まった身体を作ること
    • 一人になるのが嫌 → 家族と一緒にいること

    これが自分にとっての幸せであり、取るべき行動なのだと、明確な答えが出た。これは、目標や課題(イシュー)を定めるのとはまた違う、自分の本心にたどり着くためのアプローチである。

    メタ認知:本心と行動が導く自己受容

    この気づきを得て、私は自分の行動を反省した。

    私にとっての幸せは、一人になることではなく、家族と過ごすことだったのだ。

    もちろん、たまには一人の時間を作ったり、遠方ではなく近場を選んで旅行するなど、自分の負担を減らすことも必要だ。宿泊時にいびき対策として部屋を二つおさえるといった工夫は、自分を守るための必要な行動である。しかし、「心まで家族から離れてはいけない」と痛感した。

    この経験を通して、私は大きな真実を発見した。自分が本当に欲しているものは、不満や怒りといったネガティブな感情の奥に隠されている。これは、私たちが「メタ認知」の視点を持つことで初めて発見できる真実なのだ。感情的な「一人になりたい」の裏には、論理的な「一人になるのは怖い」という、より深い本心が隠れていた。

    家族がいてくれる安心感に甘えて、わがまま放題だった私は、この理由に気づいた時、自分の身勝手さが恥ずかしくなったのだった。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    古代ギリシアの哲学者ソクラテスが残した言葉だ。

    「真実を見つける唯一の方法は、自ら探求する旅に出ることである。」

    誰かから教えられるのではなく、自分自身で探して初めて、本当の答えにたどり着くことができる。 もしあなたが「何か」に不満を抱いているなら、その不満を紙に書き出してみてほしい。そして、その感情を反転させてみよう。

    あなたの「絶対になりたくない不幸な状態」は、なんだろう?
    それを反転したら、思いも寄らない真実が、心の奥底の扉が開かれたかのように見えてくるかもしれない。

    vol.35 集中力は資産 : デジタル断食で思考の余白を創る時間術
    vol.35 集中力は資産 : デジタル断食で思考の余白を創る時間術 HAKU

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    自分のやりたいことが見つかると、スマホでの連絡が途端に億劫に感じるようになった。今までは全く気にしていなかったはずの通知が、届くたびに私の平穏を乱し、かすかな苛立ちを連れてくる。

    母からのメールにさえ、「朝から猫の写真、送ってこなくていいんですけど」と、またしても沼地からライフル銃をかまえた自分が、ぼそっと耳元で囁くようだった。

    1日の中で、私には朝しか自由に使える時間がない。
    そのため、この時間で最大限の活動をする必要がある。

    誰にも邪魔されたくないという「朝」への執着が増すにつれて、私の決意はより強固なものになっていった。

    「今」に集中:スマホの通知は時間を奪う敵

    しかし、自分のやりたいことが明確になってからは、時間に対する考え方が180度変わった。「今」という一瞬一瞬が、未来の自分を作っている。そう考えると、スマホの通知は、私から大切な時間を奪おうとする「敵」のように感じるようになった。

    特に朝の時間は、私にとって最も重要な時間だ。
    この「思考の余白」は、外部情報に支配されない、自らの意志で使うための静かな空間だ。そんな貴重な時間を、スマホの通知に邪魔されたくないと思うのは、ごく自然なことだった。

    集中力は現代の資産:メールストレスの科学

    よく「成功者は返信が早い」と言われる。 けれど、その言葉を鵜呑みにして自分に当てはめれば、私も彼らに近づけるのだろうか。

    思考を止めて盲信する前に、私は一瞬、立ち止まって考えた。

    私は比較的メールの返信は早い方かもしれないが、LINEで仕事の連絡をすることはない。それならば、家族の緊急性のある連絡に対してだけ素早く返し、その他は自分のタイミングで良いのではないかと結論が出た。仕事ができる人は、それが「仕事」だから早いだけ。 あるいは、成功者と呼ばれる人たちは、プライベートの境界線が仕事と溶け合っているだけなのかもしれない。

    そうした仕事で人間関係が回っている人たちの真似を、今の私が貴重な朝の時間を使ってまで無理してやる必要があるのだろうか。自分にとって本当に大切な人との関係は、通知の速さで決まるわけではない。むしろ、質の高いコミュニケーションを、お互いが心地よいタイミングで取る方が、ずっと豊かな関係性を築けるはずだ。

    グロリア・マーク氏の『アテンションスパン デジタル時代の集中力の科学』という本には「私たちが1日に使える集中力は限られている」と書かれていた。メールに費やす時間が長ければ長いほど、人々が受けるストレスは増大するという。多くの現代人は、メールの処理だけで一日の集中力のタンクを使い切ってしまっているのだ。この事実を知り、私はさらに警戒を強めた。朝の貴重なタンクを、緊急性のない連絡で枯渇させるわけにはいかない。

    デジタル断食:ゴールデンタイムを守るための賢者の孤独

    夜は21時までに寝てしまうので、その間に届いていたメールは朝一で返信した方がいいとは思うが、私の起床時間(4時)に連絡を返すのは気が引ける。結局、よほどの緊急性がなければ家を出る前か出勤中に返信する程度で十分なのだ。

    朝のゴールデンタイムは、試行錯誤しながらも自分のために作り出した大切な時間である。
    このわずかな時間に使える集中力を、緊急性のない連絡に削る必要はない。必要な情報と、そうでない情報は見る時間をはっきりさせる事が重要だ。本当に緊急で連絡がほしい時は、相手に電話をすればいいだけの話なのだ。このルールは、相手にもあらかじめ伝えておくことも大切である。

    これは、自分の時間を守るための「デジタル断食」のようなものかもしれない。不必要な情報を遮断し、本当に大切なことにだけ注意を向ける。そうすることで、心にゆとりが生まれ、集中力も高まのだ。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    それは、ドイツの哲学者ショーペンハウアーが遺した、こんな言葉だ。

    「賢者は孤独を愛し、凡人は孤独を恐れる。」

    私たちは、つい孤独を避け、他者とのつながりを求めがちだ。しかし、本当に大切なのは、一人になる時間の中で自分と向き合うことなのだ。そうすれば、他人の評価や連絡の速さに振り回されることなく、自分の時間を自分のためだけに使えるようになるだろう。

    vol.36 40代への投資 : 時間の使い方と家族との黄金時間
    vol.36 40代への投資 : 時間の使い方と家族との黄金時間 HAKU

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    10代の頃に「20代の頃にしておきたい17のこと」を読み、20代では30代版、そして今、30代の終わりに「40代にしておきたい17のこと」を読み終えた。

    振り返れば、これまでの私は文字通り「今」を生きていなかった。頭の中は常に先の未来を読み、不安を先回りさせていた。それなのに、実行に移す勇気はなく、多くの時間とお金を無駄にし、東京の街で大した経験も積まずに遊び呆けていた。「あの時、もっとちゃんとしていれば」。そんな後悔が頭をよぎることもある。

    けれど、ふと思うのだ。 当時の私は、今ほど高いモチベーションや明確な目標を抱けるほどの「器」ではなかった。

    あの時の私には、あの生き方が、あの選択が、精一杯だったのだ。

    過去は変えられない。 過ぎ去った時間を惜しむよりも、その未熟だった自分さえも「必要なプロセス」だったと抱きしめてあげたい。

    器が足りなかった過去を認める強さを持てた今、私はようやく、40代という新しい器を、自分の意志で、自分の意志で、より鮮やかに描き出していける気がしている。

    過去の呪縛を断つメタ認知:DMNと「しょうがない」

    「あの時」の後悔の念に囚われるのは、脳の「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」が活発になっている証拠だという。DMNは、脳が休んでいるときに過去の反省や未来の不安といった思考を巡らせる機能だ。しかし、過去は変えられない。だからこそ、その思考のループから意識的に抜け出すメタ認知が大切になる。

    私は過去の自分を「しょうがない」と受け入れた。

    これは諦めではなく、当時の自分には今の情熱が備わっていなかったことを冷静に認める戦略的受容なのだ。そうすることで、過去への後悔に費やされていたエネルギーを、すべて「今」と「未来」に振り向けることができる。

    過去を肯定し、思考を「実行モード」へ切り替える。この土台があって初めて、新しい習慣を受け入れるための「思考の余白」が脳内に生まれるのである。

    40代への自己投資:健康と時間の価値

    「40代にしておきたい17のこと」から抜粋した、今の自分にできていることがある。

    本「40代にしておきたい17のこと」から、今の私が全力を注いでいるテーマがある。それは「健康と時間への投資」だ。40代からは生き方の差がはっきりと外見に現れる。顔のたるみ、シワ、体型。これらはすべて、これまでの生活習慣や人間性が蓄積された「人生の履歴書」のようなものだ。

    生き方が表情に表れるからこそ、健康への投資は未来の自分という「資産」を育てる行動経済学的なアプローチと言える。朝の運動で分泌されるセロトニンがストレスを軽減し、内面的な安定をもたらす。この地道な努力が、40代以降の「表情の明るさ」という形で見事に還元されるのだ。

    自己投資は早く始めた分だけ、そして年齢が上がるほどそのリターンは大きくなる。私は今、未来の自分のために最も価値ある資産を積み立てている最中なのだ。

    家族との時間:経験への温かい投資

    もう一つ、本から学んだ大切なこと。
    それは、「家族と繋がる最後の10年を大切にする」ということだ。

    この本を読むのが遅かったこともあるが、私の場合はあと5年と考えた方が良さそうだ。私は母親が35歳の時に産んだ子なので、両親ともに同じ学年の子の親と比べて年齢が高い。さらに子供の年齢も考えると、あと10年も共に楽しむことは難しいかもしれない。

    「私には自分のやりたいことを実行する時間だけでなく、家族と過ごす時間も作らなければならない」と思い直すことができた。今まで一人で過ごしたい欲が強かったので、少し反省した。

    誕生日やイベントを企画し、久しく疎遠だった兄や姉も含めて集まる場を作る。兄弟仲が良いとは言えない期間が長く続いていたが、せめて母が楽しそうに笑い、集合写真を撮るその瞬間だけでも、私たちは家族として協力してもいいのではないだろうか。

    親の喜ぶ顔を見ることは、自己中心的な私の中にも温かい感情を呼び起こす。これは単なる消費ではなく、自分自身の心の土台を安定させるための「精神的な投資」だ。もちろん、無理をしてストレスを溜める必要はない。「無理のない範囲」での調整こそが、良好な関係を長く続ける秘訣なのだから。

    行動こそが未来:ジェームズに学ぶ自己成長

    色んな思い出の形がある中で、私はやはり、自分の両親の喜ぶ顔を見るのが好きなのだと思う。

    旅行先でお土産を買っても、素敵な洋服をプレゼントしても、体験という思い出ほど人の記憶に残るものはないだろう。これは、経験(時間)への投資が、物質的なものへの投資よりも大きな幸福をもたらすというポジティブ心理学の原則とも一致している。モノはすぐに価値が減るが、経験は記憶として残り、幸福度を増し続けるのだ。

    あと少しの間、30代でできる最大限のことを実行しよう。
    そのために、自分のための運動であり、勉強であり、そして家族との時間を作り、思い出を増やしていくのが良いかもしれない。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    それは、アメリカの哲学者ウィリアム・ジェームズが遺した言葉だ。

    「未来は、今、あなたの手の中にある。」

    年齢やステージが変わるたびに、人生の設計図も変化する。
    その変化を傍観するのではなく、自ら主体的に行動し、未来という設計図を描き続けることが大切なのである。過去を気に病むのではなく、今、目の前の経験に全力を尽くそう。あなたが今投資した健康と時間が、これからの人生を豊かにしてくれる確かな資産となるだろう。

    vol.37 プラトーを乗り越える「内発的動機」の習慣化戦略
    vol.37 プラトーを乗り越える「内発的動機」の習慣化戦略 HAKU

    正直な話、私の小学生時代、宿題をやった記憶はほとんどない。

    「宿題ってあったっけ?」というレベルだったが、1時間目が始まる前に急いで問題を解いた記憶はあるので、おそらく宿題自体はちゃんとあったのだろう。夏休みの宿題も、最終日に答えを写しながらなんとか終わらせるのが常だった。

    両親から「宿題をしろ」と言われた記憶も、そういえばなかった。最初こそやっていたのだが、家でわからないことを聞こうとしても、私の理解力が乏しいため父は教えながらイライラし始め、いつも家の仕事で忙しい母には時間的な余裕もなかった。子供心に「親には頼れない」と判断した私は、いつしか学ぶことを放棄していた。

    中学生になっても宿題をやった記憶は皆無だった。部活動や放課後の遊びに明け暮れる生活は、高校時代も続いた。姉から推薦枠にギリギリ入る点数で良いと言われていたので、一応赤点は取らずにはいたが、できる範囲の勉強しか行わなかった。そうしたできる範囲の努力だけで、大学までを泳ぎ切ったのだ。

    大学に入っても全ての教科に興味がないため、授業内容はさっぱり理解できず、周りの友達に助けてもらってやっと卒業できた。しかし、唯一極度の緊張を覚えた瞬間が一度だけあった。それは卒業者発表の掲示板を見に行った日のことだ。掲示板を見に行く直前まで、自分の番号があるか不安すぎてずっとソワソワしていたことを覚えている。当時の私は、この不安が「自分を信じるに足る努力を積み上げていないこと」から来ているのだとは、微塵も気づいていなかった。

    私の学生時代は、最後の最後まで、真剣に努力をすることなく、ただ「運」だけで通り抜けてきてしまっただけなのだ。

    こんな風に大学を卒業するまで、一度も勉強が好きだと思ったことや、自ら学びたいという意識もなく生きていた私だが、運動習慣や朝の勉強時間を始めてもう半年以上になる。その中で、脳科学、認知行動療法、哲学、習慣化の方法など、沢山の本を読み、ノートに書き写し、インプットとアウトプットを繰り返しながら学ぶようになった。

    あの頃の私が今の私を見たら、一体何と言うだろうか?

    プロが実践する:プラトーの停滞期と思考の再構築

    学びの中で出会ったジョージ・レナード氏の『達人のサイエンス』には、真の成長を遂げる人の共通点が記されていた。それは「プラトー(停滞期)」における振る舞いだ。

    • 「プロになる人はプラトーがきても練習をやめない」
    • 「プロになる人はその物事が好き」
    • 「プロになる人は学び続ける」

    プラトーというのは、成長する過程で壁にぶつかっても、その壁を乗り越えて繰り返しどんどん上達していくことを指す。つまりは「停滞期」のことだ。ダイエットでも何でも、うまくいった時こそ、その後の停滞期をどのように乗り越えるかが鍵となるだろう。まさにそれだ。

    私も勉強、筋トレ、ランニングを継続するうちに、プラトーにさしかかったタイミングがいくつかあった。成長を感じられるタイミングの後にいつも、「この方法をこのまま続けていいのだろうか」という不安感が出てくる。もっと良い方法があるのでは無いかと、頭を悩ませながら進めていくことも少なくなかった。

    この不安感は、「思考の再構築」が必要なサインだ。
    脳は同じ作業を繰り返すと効率化しようとするが、停滞期は「現状のやり方では次のレベルに行けない」という警告である。だからこそ、私は行動の質を変えることにした。具体的には、得た知識を別の視点から見直すために「専門外の本を読む」ことや、「やり方を変えてみる」という行動に切り替えた。これは、認知心理学でいう「問題の再定義」に他ならない。

    それを少しずつ、色々な本を読みながら模索して行動し、今に至る。
    その間に確認し続けていたのは、ノートの1ページ目に書いた自分の目標だった。ふと悩んだらそれを目で見て、「今私がやっていることは、何の為にしていることなのか?この先には何があるのか?」と、その都度思い起こしながら勉強や行動を続けた。

    結論は明確になっていたものの、プラトーにさしかかると立ち止まりそうになるため、目標をこまめに確認するようにした。

    覚醒:「好き」が習慣化の最強エンジンとなる理由

    今の私は、「プロになる人はプラトーがきても練習をやめない」、「プロになる人はその物事が好き」「プロになる人は学び続ける」この三つの行動を続けられている。

    その事がわかると、「自分は今やっていることが心から好きで、変化を学びに変えながら実行していて、プラトーの中で時間を過ごしていても辛くない」と感じるようになった。この事実は、私にとって大きな自己認識(メタ認知)の転換だった。かつて勉強が大嫌いだった私が、今は「学び」を楽しんでいる。自分でも信じられないような変化だ。

    実際、このブログを書いたところでお金が発生するわけでもない。 何なら今、読者はゼロ。プレビュー数が「0」という冷厳な数字を前に、私は淡々と文章を紡いでいる。

    むしろ手元にあるのは、早起きによる仕事中の強烈な眠気や、週末の夜更かしという甘い誘惑だけだ。

    客観的に見れば、割に合わない投資かもしれない。けれど、私の中に湧き上がる「学びたい、伝えたい」という衝動は、どんな報酬よりも私の心を充足させてくれる。それが自分にとって最高に意味のある「好きなこと」だとわかっているから。

    報酬がなくても、観客がいなくても、プラトーという停滞期が来ても。 私はもう、自分の意志で選んだこの道を、立ち止まることなんてできないのだ。

    本を読み、気づきを得たこの真実は、自分の中で自信となり、より力強いモチベーションとなっていった。

    この「楽しい」という感情は、単なる気分ではない。
    心理学でいう、内発的動機づけによる幸福である。外的な報酬(給料や評価)に依存せず、活動自体から得られる喜び(フロー状態)が、私を幸せにし、結果として継続を可能にしている。

    人生のテーマ:幸せに生きるための継続の哲学

    プラトーの中で淡々と継続し、その状態をさえ楽しいと思えることを見つけた人。そんな人こそが、最も充実した人生を送っているのかもしれない。プロを目指すかどうかではなく、報酬がなくても続けられる「何か」を持っていること自体が、人生の幸福度を決定づけるのだ。

    最低限の努力で生きていた頃の私は、常に自分を信じることができなかった。しかし今、自分の「好き」を燃料にして行動し続けることで、不透明だった未来は、確かな手応えを感じる自信に変わりつつある。

    あなたが今、無償でも続けていること。
    誰にも見られていなくても、熱中できること。

    それこそが、あなただけの人生の目的そのものなのだ。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェが残した言葉だ。

    「苦しみなくして、力ある情熱は生まれない。」

    これはニーチェの言葉の中でも、私が最も大切にしている意識である。
    停滞期(プラトー)という名の苦しみを乗り越え、それでも続けることができるのは、その先にある「好き」という情熱があるからこそ。その情熱こそが、あなたを本当の意味で強くするのだ。

    vol.38 ストレス解消の自然療法:「畏怖の念」が思考の余白を創る
    vol.38 ストレス解消の自然療法:「畏怖の念」が思考の余白を創る HAKU

    私が育った場所は、いわゆるコンクリートジャングルだった。視界を遮るようにマンションが立ち並び、植物は限られ、川のせせらぎさえも遠い世界。夜空の星には点滅する飛行機の光が混ざり、強度近視の私にはその区別さえつかなかった。
     
    虫も動物も、カラスや鳩、蟻やセミといういわゆる定番の生き物しか目にすることはなかった。図鑑で見るような宝石色の虫は、もはやファンタジーの産物。ホタルに関して言えば、ツチノコと同じくらい、非現実的な生き物のように感じていた。田んぼにいる鷺を見た時は「通報しなければ」と思うほど、カラスや鷹よりも大きな鳥を、30歳になるまで自然界で見たことがなかった。

    東京に住んでいた頃は、四方八方にマンションやビルが多く建っていたため、遠くから雨雲が迫っていることも気付くことはなく、洗濯物を干したあとに土砂降りの雨が降ることも多かった。仕事が休みの日、窓を開けてベッドから見上げた空は、建物の隙間に切り取られたほんのわずかな断片。やりたいこともなく過ぎる毎日と、その隙間から流れるように消えゆく鱗雲は、どこか似ているような気がしていた。

    そして地元に戻った今の家も、空の広さは東京ほどではないにせよ、コンクリートに囲まれている環境はさほど変わっていない。早朝に帰宅する酔っ払いが喚く声や、カラスの鳴き声が響くマンションの一室で、夫と子供と静かに暮らしている。

    都会の脳疲労:「自然への投資」が欠けていたピース

    常に人工的な情報とノイズに囲まれてきた私の脳は、「自然に触れることがストレス解消になる」という概念自体を知らずに生きてきた。

    そんな中、フローレンス・ウィリアムズ氏の『自然が最高の脳を作る』という本を読んだ。自然に触れるとストレスが解消されて脳が働くようになるのだという。都会を歩いている時と比較して、森の中を歩いている時の方がストレスホルモンの値が下がることがわかっているらしい。

    この本が提唱する「自然への投資」こそが、私の生活に欠けていた1つのピースだとハッとした。脳科学的に見ても、人工的な環境は絶え間なく注意を引くため、脳の集中力を使い果たしてしまう。自然の中に身を置くことは、その疲弊した注意力を回復させるための最高のリカバリーだったのだ。

    長年、都会の喧騒や人工的な情報に晒されてきた私の脳は、無意識のうちに疲弊しきっていたのだろう。その疲労は「イライラ」や「不満」という形で表現されていたに過ぎなかった。

    畏怖の念の科学:20分間の魔法と思考の余白

    この本の中には「1ヶ月に5時間は自然の中で過ごすと良い」と書かれている。そして年に一回は、大自然に畏怖の念を抱く経験をすることを勧めている。

    人は畏怖の念のような大自然を見ると、謙虚になり、他者への思いやりや視野の広がり、寛大な行動や好奇心が高まるようだ。この「畏怖の念」は、ネガティブな感情や自己中心的な思考を一時的に棚上げし、心を解放してくれる効果があるという。

    コンクリートと人工物ばかりの環境で育った私が、地元に帰ってきて初めて、思いがけず「畏怖の念」を感じた場所があった。それが、河原沿いのランニングコースだった。

    走り始めてすぐ、沿道に様々な植物が植えられていることに気づいた。7月だったので、ネムノキのピンクの花、美しく咲く紫陽花、民家の庭に生えているラベンダーなど、走っているだけで、季節の豊かさや生命の息吹を感じ、目でも楽しめた。

    ランニングコースは、往復2kmの距離。Uターンして日の出の方向へ向かった瞬間、赤い太陽とどこまでも澄み切った青空のコントラストに、私は言葉を失い立ち止まった。

    富士山の山頂まで行かずとも、河原の上に無限に広がる雄大な空だけで、私は十分に「畏怖」を感じることができたのだ。その瞬間、内側から希望が溢れ出すような感覚に包まれ、抱えていた悩みのスケールが驚くほど小さく見えた。

    これこそが、メタ認知的な「視点の転換」を強制的に引き起こす、自然の魔法なのだ。

    幸福度を高める:経験への投資がもたらす長期的リターン

    この体験は、科学的データとも一致している。

    ミシガン大学の研究では、都市生活を送る人々が自然の中で20分から30分過ごすだけで、ストレスホルモンである唾液中のコルチゾール値が有意に低下することが示された。これは、自然との接触が自律神経系のリラックス(副交感神経の活動)を促していることを裏付けている。

    畏怖の念を感じる経験をすることで、「あぁ、今抱えている悩み事なんて大したことではないのかも」と、物事のスケールが小さく感じられたり、「今日も一日やりきろう!」と前向きな気持ちが湧いてくることがわかった。自然の力は本当にすごい。怖い側面もあるけれど、その中に身を置くことで、心は確実に前向きな思考へと変わる。毎週走り続けたことで、日常で起きたストレスがだんだん小さなことに思えた。

    ストレス解消と称して爆食いするよりも、モノを散財するよりも、定期的に自然の中に身を置き、畏怖の念を感じられるような経験をすることが、どんなストレス解消にも負けない方法になることを行動により実感できた。

    これは、モノを使ってドーパミンを即座にドバドバだす快楽よりも、「経験への投資」が持続的な幸福をもたらすというポジティブ心理学の原則と完全に一致している。衝動買いで一時的に気分を上げても、その幸せはすぐに消える。自然の中でセロトニンやオキシトシンを出した方が、脳と心にとって遥かに幸せなのだ。

    そして、私の心と体を本当に満たすのは、モノの所有ではなく、時間と場所の使い方にあるということが、この体験を通して改めてわかった。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    古代ギリシアの医師であり哲学者であるヒポクラテスが残した言葉だ。

    「自然は、もっとも偉大な治療家である。」

    高価なセラピーや一時的な快楽に頼るのではなく、自然との調和こそが、私たちの心と体のバランスを整える本質的要素なのだ。あなたの疲れた心を癒すために、自然という名の「癒やし」に意識的に時間を投資してみてほしい。

    vol.39 「ネガティブな口癖」が人生を止める:一言で思考を整理する習慣術
    vol.39 「ネガティブな口癖」が人生を止める:一言で思考を整理する習慣術 HAKU

    口癖に関しては、正直、私は厳しい方かもしれない。

    「疲れた」「どうせ」「私なんか」

    この3大ネガティブワードを無意識に垂れ流していないか、私は常に自分自身の意識を律しながら過ごしている。子供に対しても、これらの言葉が出たときは「自分を傷つける言葉はやめようね」と即座に注意してしまうほどだ。

    その背景には、姉の存在がある。
    姉は「疲れた」「めんどくさい」「時間がない」「運が悪い」という言葉を連発する人だった。

    スマホを眺めている時や歌のアプリに熱中している時はあんなに生き生きとしているのに、仕事の話になれば途端に「時間がない!」とイライラを募らせる。家族であっても、本人の意志がなければ人は変えられない。だから私は、負の言葉を撒き散らしながら自らを「可哀想な人間」へと追い込んでいく姉の姿を、ただ横目で見て見ぬふりをするしかなかったのだ。

    「疲れた」という度に疲れるし、「運が悪い」と思うほどに運が悪くなってしまう。そんな暮らしの中で、姉に対して「口癖だけなら変えられるのに」と、ずっと思っていた。結局のところ、本人の意志でしか、行動や思考の舵を切り替えることはできないのだから。

    思考のストッパー:3大ネガティブワードとの決別

    私たちは、自分が発した言葉を、一番近くで、そして一番多く聞いている。脳科学的に見ても、自分の言葉が「先行する刺激がその後の行動に無意識の影響を与える」セルフ・プライミングとなり、思考や感情、行動を方向づけてしまう。ネガティブな言葉を繰り返すことは、自分で自分の脳に「私は不幸だ」「私は無力だ」という呪いをかけているようなものだ。

    姉の姿を見ていて痛感したのは、ネガティブな口癖は「思考のストッパー」になるということだ。「疲れた」からやらない、「時間がない」から諦める。これでは現状を打破するための「思考の余白」など生まれるはずがない。

    性格を変えるのは時間がかかるが、口癖だけなら今この瞬間の「一言」で変えられる。行動が続かないと感じたなら、まずはこの一言を変えることから始めるのが最も簡単な自己改革になるはずだ。この「一言の習慣」を変えるだけで、脳は行動への抵抗を減らし始める。

    セルフ・プライミング:脳をサクサク動かす独り言

    さらに、アンガーマネジメントの視点からも「言葉」の重要性を学んだ。安藤 俊介氏の『心がラクになる言い方』という本には、怒りをコントロールし、脳をポジティブな方向へ誘導する「魔法の独り言」が紹介されている。

    その中に、「ポジティブになれる独り言」が紹介されていたので、一部をシェアする。

    • 「ま、いっか」
    • 「終わりよければ全てよし」
    • 「こう言うこともある」
    • 「大したことではない」

    私はよく「ま、いっか」を使う。許容範囲を広げることで脳の疲れを防ぐためだ。
    思い返せば、私の母の口癖は「大したことじゃない」だった。父や姉がイライラするたびに、母のその一言が家庭内の不穏な空気をニュートラルに戻していた。あれは無意識のアンガーマネジメントだったのかもしれない。

    母の言葉が家庭内の「イライラ」を鎮めるように、職場にも同じような「魔法の独り言」があることに気づいた。

    Dr.が仕事中によく言う「よし、よし!」という言葉だ。
    私も一つ一つの作業の終わりに、先生のように決意を表す感嘆詞を真似するようになった。これを口にすると、サクサク作業が進み、次もちゃちゃっと終わらせてしまおうという気持ちになる。これは、脳科学でいう「ドーパミン報酬系」の仕組みを利用している。脳が「よし!」をトリガーに小さな報酬(達成感)を認識し、次の行動へのモチベーション(ドーパミン)を分泌させている状態だ。自ら小さなご褒美を与え、効率を上げているのである。

    言葉と思考:ポジティブ心理学的セルフ・コントロール

    言葉に関する多くの本を読んで、さらに気づいたことがある。口から出る言葉は全て自身の行動に繋がっており、怒りと思考と言葉の点は、全てつながって自己が形成されていることがわかった。

    ネガティブな言葉を吐く人の頭の中には常に悪い思考が渦巻き、ポジティブな言葉を吐く人は自分を肯定しながら生きている。

    だからこそ、ポジティブな言葉を意識的に使うことで、脳は現実の中からその言葉を裏付ける事実を探し始める。例えば、「大したことじゃない」と言えば、脳は本当にその問題が些細なものである理由を無意識に探し、ストレスレベルを下げようとする。これが、ポジティブ心理学に基づいた、脳のセルフ・コントロール術なのだ。

    行動の舵:一言が人生を決める哲学

    もしあなたが自分を変えたいと願いながらも、ソファから立ち上がるのさえ億劫に感じるなら、まずは口癖だけを変えてみてほしい。一歩踏み出すよりも、一言発するほうがずっと楽なはずだ。その小さな一言から、あなたの思考の舵は確実に回り始める。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    それは、古代ギリシアの哲学者アリストテレスが残した言葉だ。

    「言葉は、思考の道具であり、行動の舵である。」

    あなたの発する一言が、あなたの人生を左右する。今日から、意識的にその舵をポジティブな方向に向けてみよう。その小さな言葉の選択こそが、あなたが望む未来へと進むための、パワフルなスイッチとなるだろう。

    vol.40 「筋の悪い努力」をやめる質問力:最短距離で自己投資を加速する方法
    vol.40 「筋の悪い努力」をやめる質問力:最短距離で自己投資を加速する方法 1024 1024 HAKU

    私はよく、人に質問するタイプの人間である。
    特に専門職の人には積極的に話しかけて、その知識をわかりやすく教えてもらうことが大好きだ。

    新しいことをスタートする時は、まず自分で軽く調べて行動することが多いのだが、それだけでは途中で行き詰まる。現在、身体や筋トレについては信頼できるクリニックのDr.に、髪や頭皮のケアは担当の美容師さんに、そして骨格やストレッチのことは通っている整体師さんに質問すると決めている。

    こうしたプロフェッショナルが身近にいる環境は、私にとって計り知れない幸運だ。わからないことを曖昧なままにしておくのは絶対に嫌だし、何より「筋の悪い努力」で時間を浪費することだけは避けたい。信憑性のある「答え」を持つ人に一度聞いておかなければ気が済まない、これは私の譲れない性分なのだ。

    専門家の幸運:思考のショートカット戦略

    自分で調べてやったことを継続していても、必ず壁にぶち当たる時や、停滞するタイミングが訪れる。そんな時に頼りになるのがプロたちだ。

    そんな時、齋藤 孝氏の『本当に頭のいい人の思考習慣』で紹介されていた「専門家から話を聞く」という教えに触れたとき、「自分の直感は間違っていなかったのだ」と背中を押され、これまでの試行錯誤を優しく肯定されたような気持ちになった。

    私たちは日々、情報過多の時代に生きている。スマホを開けば、筋トレの方法も、最新の美容法も、仕事の効率化テクニックも無限に出てくる。しかし、その情報が自分に合っているか、正しい順番なのかはわからない。試行錯誤は避けられないが、何が自分に合っているかを確認するタイミングが必ず出てくる。それをせずに時間だけを浪費し、疲弊してしまうのが、「筋の悪い努力」である。

    筋の悪い努力を続ければ、なかなか成果が出ず、何が自分に合うかを見つけられずに苦労するだろう。その点、プロのアドバイスは、その人が何年もかけて培った知識と経験の集大成だ。これをたった数分の質問で得られることは、計り知れない価値があり、自己投資に対する大きなリターンとなる。

    脳科学的なメリットとして、専門家に聞くという行動は、自分の「思考のショートカット」を可能にする。脳が膨大な情報を処理する手間を省き、最短距離で目標達成に必要な情報だけをインプットできる。これは、「集中力(アテンション・スパン)」を無駄に消耗させない、賢い戦略である。「思考の余白」を確保するためにも、不要な情報収集は避けるべきなのだ。

    最短距離の知識:筋の悪い努力vs.確実なリターン

    私たちが求めているのは、納得感のある成果だ。
    最も非効率なのは、間違ったフォームで努力を続け、体を壊したり時間を失ったりすること。プロのアドバイスは、そうした「失敗のリスク」を劇的に減らしてくれる。

    例えば、筋トレのフォームをDr.に相談したとき。「その角度は腰に負担がかかるから、この方法がいい」と即座に修正案をいただいた。もし一人で続けていたら、私は今頃腰を痛めて運動を中断していただいろう。医師としての医学的知見と、自らもパーソナルジムを掛け持ちする実践的な知識。その融合から生まれる一言は、数ヶ月分の試行錯誤と怪我のリスクを回避させてくれたのだ。

    インターネットの情報は玉石混交だが、「信頼できる専門家」が選んだ情報は、まさに選りすぐりの宝石である。この「信憑性」に基づいた知識を実践することこそが、目標達成への速度を劇的に高める。これは、自己成長の確信につながるのだ。行動経済学的に見ても、確実なリターンが見込める場所に時間という資源を投資するのは理にかなっている。

    メタ認知とドーパミン:成功体験を積み上げる質問術

    これを継続していくと、自分にとっての解けない問題は一瞬で解決し、その後の動きがスムーズになる。この継続が深まると、「アドバイスを実践した結果、成果を感じられた」と実感し、よりポジティブに変わる。

    プロのアドバイス通りに行動して得られるのは、知識だけではない。それは「成功体験」である。

    成功体験を通じて成果を感じると、「私は正しい道を選んだ」あるいは「結果が出た」という確信が持てる。この確信が、ドーパミンを分泌させ、次の努力へのモチベーションになる。筋の悪い努力をしていた頃の不安感やイライラから解放され、心に「思考の余白」が生まれるのだ。

    専門家に質問することは、決して難しいことではない。媚びを売る必要もなく、ただ誠実に聞けばいい。プロフェッショナルほど、自分の培った知識を共有することに喜びを感じるものだ。

    あなたの身近にいるそのプロたちが、あっという間に問題を解決してくれるだろう。これは、自分の脳を最大限に活用し、最短距離で目標を達成するためのメタ認知的な習慣である。

    賢者の行動:なぜ質問こそが最高のスキルなのか

    人間は、「知らないこと」を恥と捉え、プライドを守ろうと無意識に防衛する。これは社会的な評価を気にする心理が働くからだ。しかし、本当に賢い人は、その瞬間のプライドを守るコストよりも、学習による未来の利益を優先する。

    知らないことを知っているふりをして、間違った努力を続けることほど、時間と金銭の無駄はない。プロたちの知識を引き出す「質問力」こそが、現代の自己投資における最高のスキルなのだと私は実感している。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    古代の知恵を教えるユダヤが遺した言葉だ。

    「賢者は質問をする。愚者は知っているふりをする。」

    知らないことを恥じるのではなく、その事柄に関して相手に「わからない」と質問することこそが、あなたが成長への一歩を踏み出した証拠となる。

    わからないことがあったら、まずは自分で調べて行動した上で、あとはプロの力を借りてみよう。その質問は、あなたを正しい道へと導く究極のショートカットとなる。

    vol.41 会話力を覚醒。「伝わらない」をなくす脳科学的思考法
    vol.41 会話力を覚醒。「伝わらない」をなくす脳科学的思考法 HAKU

    私は、話すことが大の苦手だ。
    特に物事を順序立てて論理的に説明するのが、最も苦手である。

    そんな私に対し、夫はいつも容赦なかった。「何が言いたいのか伝わってこない」「一体なんの話をしているの?」。以前の私は、その言葉を聞くたびに「文脈から察する能力が足りないからわからないんでしょ」と、伝わらない原因のすべてを相手に押し付け、心の扉を閉ざしていた。

    しかし、医療関係で働くうちに、話が相手に伝わらないのは、自分に原因があるのではないかという、残酷な真実に気づき始めた。

    伝わらない原因:会話のボトルネックと論理構成

    「言葉の使い方が美しい人」として一番最初に思ったのは、過去に総合病院で働いていた時に会った消化器外科のN医師だった。 患者さんが途切れた診察室から漏れ聞こえる彼の話し方は、驚くほど整理され、流れるように綺麗だった。

    医師という立場から、患者さんに説明するスキルが求められるのは当然だが、そうではない医師も多いのが現状だ。

    自分の知識だけで完結しているような説明では、患者さんの理解度が極端に低くなり、医療における情報格差を生む。実際、勤務医の約3割がトラブルを経験し、医療事故の約7割近くがコミュニケーションエラーから発生しているというデータもある。このようなデータからも、医師の真のスキルは経験年数ではなく、患者への想像力に依存すると強く感じる。

    結局、「伝わらない」のは相手の理解力が低いからではなく、「伝える」側の論理と構成が甘いからだと、この時期に痛感したのである。

    共感の鍵:「例えば」が作る想像力

    消化器外科のN医師は、専門用語は一切使わず、とにかくわかりやすく話していた。そして話の度に「例えば」を使って、誰にでも思い浮かべられるイメージを作り、相手に柔らかくボールを投げるように言葉を発していた。

    同じ空間で聞いていた私にもよくわかる内容のもので、ずっと喋っていて欲しいと感じるほどだった。

    現在の職場であるクリニックのDr.も、まさにその話し方をする医師だ。子供からお年寄りまで、本当にわかりやすく話している。

    例え方のレパートリーも多く、難しい言葉は一切使わず、相手のための言葉を選びながら説明している姿を見ると、心から尊敬する。

    難しいことを、難しそうな顔で話すのは簡単だ。しかし、本当に知性が高い人は、相手に合わせて言葉を「翻訳」することができる。知識の量や語彙の豊富さをひけらかすのではなく、相手が今何に困り、どんな言葉なら受け取れるのかを徹底的に想像する。コミュニケーションの質とは、語彙力の多寡ではなく、相手への想像力の深さに比例するのだ。

    メタ認知:頭が良い人の「話す前の思考」

    安達 裕哉氏『頭の良い人が話す前に考えていること』という本で、今話題に出した2人のDr.のことが多く書かれていた。彼らの話し方は、まさに「頭が良い人の話し方」を体現していたのだ。

    • 相手のために言葉を使う
    • 相手のレベルに合わせてわかりやすく伝える
    • 感情的にならず冷静に話す
    • 話す前に相手の求めている結論を考える

    これらの要素が一致していたからこそ、多くの患者さんが「先生に診てもらいたい」と訪れるのだろう。信頼と影響力は、言葉の選び方に多く含まれている。

    私も近くで勉強させてもらいながら、その影響を強く受けている1人である。
    伝えるべき内容を「相手の視点」で考えることは、メタ認知(自分の思考を客観視する力)の訓練にもなる。話す前に相手の頭の中を想像し、「この人は何に一番困っているのか?」「どんな結論を求めているのか?」を先回りして考えることで、会話の無駄を極限まで減らせるのだった。

    この「話す前の思考」を習慣化することは、認知行動療法の観点から見ても、コミュニケーションの不安を軽減し、冷静さを保つことにつながる。感情的にならずに論理的に話すことで、相手の脳に負担をかけずに情報を受け渡すことができるのである。

    行動変容:ロールプレイングで会話力を習慣化する

    もし、あなたも私と同じく説明が苦手で、人との会話が億劫に感じるとしたら、一つ視点を変えてみてはどうだろう。

    身の回りで話の流れが綺麗な人がいないか見て、もしいたら少しずつ真似をしてみる。なりたい人をイメージして、その人が言うように自分もやって見る。まずはそこから始めてみよう。

    意識するのは「あの人ならどんな風にこの内容を相手に伝えるだろうか?」という視点だ。イメージが湧くと、それを演じるような振る舞いができてくることだろう。

    これは、自分の脳を「伝わる話し方」モードに切り替えるための、最も簡単な認知行動療法である。あなたの周りにいる「話し方が綺麗な人」こそが、あなたの自己成長を加速させるための最高の教材になるはずだ。


    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    20世紀ベルギーの哲学者、ハイム・ペレルマンが遺した言葉だ。

    「話し手は、話しかけようとする相手に順応しなければならぬ。」

    あなたの言葉の伝え方を変えることは、人間関係の質と仕事の成果を劇的に変える、最も強力な自己投資となる。今日から、相手の「聞く準備」に合わせて、話し方を設計してみよう。相手のために言葉を選ぶ習慣こそが、あなたの信頼と影響力を高める。どんな言葉を選ぶか考えることから、あなたの世界はゆっくり変わり始めるはずだ。

    vol.45 「アハ体験」を呼ぶ思考法:習慣化で人生の設計図を創る
    vol.45 「アハ体験」を呼ぶ思考法:習慣化で人生の設計図を創る HAKU

    目次


    私は今まで、「幸せになりたい」と本気で意識したことがなかったのかもしれない。

    なんとなく過ぎゆく日々。行きたくない仕事や、負担に感じる子供の学校行事。それらを乗り切るための「ご褒美」として週末のイベントを設定していた。あの頃は、楽しい予定を入れることだけに囚われ、その本質については考えることさえしていなかった。

    私にとっての幸せとは、大好きな友人たちと会って遊ぶことだと勘違いしていたのだ。確かに会えば楽しい。しかし、それが「真の幸せか?」という問いに対し、心は静かにNOを突きつけていた。

    この漠然とした違和感は、私の内面にある問題が引き起こしていた。

    自分を信じられず、怒りに支配され、新しい一歩を恐れる自分。
    そこから抜け出すために、私は貪るように本を読んだ。

    話題の人気本だけでは足りないことはわかっていた。
    興味のなかった分野、ありとあらゆるカテゴリーを片っ端から読み漁ってみた。かつて私の本棚に並んでいたのは「怒りの鎮め方」の本ばかりだったのだが、今は違う。脳科学、行動経済学、そして認知行動療法。自分の「行動」を責めるのではなく、その背景にある「脳の状態」をメタ認知する視点を得たとき、私の中に変化が訪れた。

    覚醒のメカニズム:アハ体験と思考の再構築

    「勉強して考え続ければいつか答えが出る」と、金森 重樹氏の『借金の底なしで死ぬまで知ったお金の味』という本に記されていた。思考は、ある一つのことを継続し、深掘りし続けた先に、突然の「解決」を連れてくる。

    「洞察(アハ体験)」とは、脳内の情報が一気に再編成され、解決策が突如として現れる現象だ。ノースウェスタン大学などの研究によれば、この「ひらめき」による解決は、論理的に一歩ずつ考えた場合よりも正答率が高いことが示されている。限界まで考え抜いたあとの「中断」が、脳内の再編成を促し、劇的な「覚醒」を呼び起こす。この「思考の再構築」こそが、解決への道を明るく照らす最短ルートとなるのだ。

    幸せの設計図:内発的動機による習慣化

    脳科学、認知行動療法、哲学、人間についての本を、これほど集中的に読んだ経験はない。

    点と線がつながり、ようやく一つの設計図が見えてきた。
    自分を信じる技術、目的の定め方、習慣化の作り方、脳に支配されない生き方が。

    それらをうまく自分に取り込むことで、常に幸せな状態を作り出そうと今も動き続けている。

    この「覚醒」は、決して特別な才能ではない。なりたい自分になるために、あるいは技術を習得するために、極限まで熱意を持って調べ尽くし、考え抜く。報酬がなくても、観客がいなくても、歩みを止められない「内発的動機」こそが、習慣化の最強の燃料となっていたのである。

    行動変容の第一歩:考える努力を止めない哲学

    最後に、私自身がこの習慣を続ける上で大切にしている言葉を一つ贈りたい。
    アメリカの実業家・思想家であるヘンリー・フォードが遺した言葉だ。

    「考えるのをやめた時、人は老いる。」

    答えが出なくても、考え続けるその努力こそが、あなたの脳を活性化し、人生に新たな「覚醒」をもたらすはずだ。

    あなたの「今」の行動は、無意識に集めた知識を繋ぎ合わせ、人生の設計図を完成させる。
    今日から意識的に思考する習慣を日常のルーティンに取り入れよう。その継続こそが、未来の新しい自分を創り出す、力強い源泉となるのだから。